第178話   恋人としての『印』を

 あれから数日が経ち――


『――そう。彼とは別れちゃったんだ』

「うん。なんかごめんね。色々と相談乗ってもらったり秘伝技伝授してくれたのに、こんな報告になっちゃって」

『私のことは気にしないで。それよりも今度また一緒に遊びに行きましょ。私の奢りで好きなの食べさせてあげる』

「えほんと⁉ やったー!」

『……案外元気そうね?』

「ん? あー。まぁね。別れたからわりと経ったし、今はもう完全に吹っ切れたよ」

『あらそう。落ち込んでるかと思って心配したんだけど、その分なら食事の件はなしにしようかしら』

「ええ! 一回奢るって言ったんだから奢ってよぉ!」

『ふふ。冗談よ。それじゃあ、また今度どこか遊びに行きましょ。心寧』

「うん! それじゃあまた今度ね、藍李」


 もはや性の師匠といっても過言ではない親友に破局報告を終えて電話を切ったあと、私は肩の力がどっと抜けて深い息をこぼした。


「藍李への報告終わった?」


 そんな私に声を掛けてきたのは、ソファーに腰を掛けてスマホを弄っている鈴蘭だった。


「うん。今度慰労会開いてくれるって」

「やっさし~」


 ひゅ~と口笛を吹く鈴蘭は、微笑を浮かべながら私を招くように手をちょいちょい、と呷った。


 そのハンドサインに促されるように距離を詰めると――おもむろにぎゅっと私のことを抱きしめてきた。


「~~~~っ⁉ らんらん⁉」


 急に鈴蘭に抱きつかれて顔を真っ赤にする私。そんな私の耳に、鈴蘭の甘く、それでいて凛とした声が聴こえた。


「藍李への報告も終わったことだしイチャイチャしよ?」

「~~~~っ⁉」


 ――鈴蘭と一線を越えた日から私と鈴蘭の関係は変わった。


 唯一無二の親友からグレードアップして、今は――女の子同士の恋人関係という、予想の斜め上の関係性に成ってしまった。


 あの日。求めてくる鈴蘭を受け入れてしまった日から、私の中の常識が毎日のように塗り替えられていってる。


 今までもじゃれ合いでこうして抱き合うようなことはあったけど、今はそこに高揚感と背徳的なドキドキを覚えていた。


「そ、それなら私からも、鈴蘭のことぎゅっとしていい?」

「ふ。好きなだけ私に甘えていいよ」

「~~~~っ⁉」


 あ。ダメだやつだこれ。堕ちるやつだこれ。


 鈴蘭が私の理想の『カレシ』に見えて仕方がない。


 元カレとでは味わえなかった高揚、ドキドキ感、心地よさ――私が欲しかった全てを、親友だった彼女鈴蘭が叶えてくれる。


 頭ではこんな関係危ういだけだって分かってるのに、なのに身体が言う事を聞かない。


 鈴蘭がくれる温もりと優しさ、そして女の子が魅せるあどけなさに、私の心が彼女に堕ちていく。


「……ぎゅぅー」

「へへ、甘える心寧、ちょー可愛いね」

「……っ。ばか」


 そんな言葉言わないでよ。嬉しくて堪らなくなる。


 ヤバい。鈴蘭がヤバい。ヤバすぎて語彙が死ぬ。


 心臓が騒がしい。今にも爆発しちゃいそうなくらいバクバクしてる。まだこの関係性に慣れてないのに、なのに、身体と心が次々に湧き上がってくる欲望に焦がされて鈴蘭と過ごせる甘い時間を求める。


 鈴蘭が私を狂わせていく。


「らんらん。頭、撫でて欲しい」

「ふ。こう?」

「ふぁぁぁ」

「あはは。気持ちよさそう」


 お願いすると鈴蘭は微笑を浮べてすぐに応じてくれた。


 細く華奢で、滑らかな指が優しくて丁寧に、慈しむように私の頭を撫でて、そのあまりの心地よさに猫のような撫で声が零れ堕ちた。


 あぁ。今私、鈴蘭の女になってる。鈴蘭の女にされちゃってる。


「鈴蘭。私のこと堕とす気でしょ?」

「もちろん。心寧を満足させるのは男じゃなくて、女の私だって証明しなくちゃならないからね」

「それで本当に引き返せなくなったらどうしてくれるの?」

「どうして欲しい?」


 むぅ。その問い返しはずるいよ。


 だって自分で言うってことはつまり、認めるってことじゃん。


 私が鈴蘭にどうして欲しいか。私が鈴蘭に、どうされたいか。


 言いたくない。言ったら負けだ。


 でも。


 このそんな熱い視線を送られたら、否が応でも答えなきゃいけなくなる。


 彼女の瞳の強制力に屈して、私はか細く唇を震わせた。


「――責任取ってずっと私の傍にいてほしい」

「ふふ。お姫様の仰せのままに」


 だめ。


 もう戻れない。


 鈴蘭の温もりから、この心は逃げ出せない。


 これこそ私が求めていた『熱』なのだと、大好きな人と共有したかった愛情なのだと、そう理解わかってしまって。


「ね、らんらん」

「ん? どうした?」

「私、アレしたい」

「あれ?」


 今なら分かる。藍李と弟くんが、どんな気持ちで恋愛していたか。


 それ故に私も望む。


 私が憧れた二人が、正式な恋人になる前にお互いのものとして刻んでいた真っ赤な印。


 絶対に相手から離れないという――とても素敵な愛情の印を、彼女のカノジョとしてこの肉体に刻み付けて欲しい。


「鈴蘭。私の首筋ここにつけて。もう私は鈴蘭の女だっていう、キスマークを」

「――っ!」


 鈴蘭は一瞬だけ驚いて、けれどすぐに嬉しそうに双眸を細めて。


「うん。心寧はもう私のものだよ。だから付けてあげる。でもその代わり、私の首筋ここにもつけてね」

「いいの?」

「いいよ。心寧の好きなように、どんな強さでもいいから刻み付けて」

「――へへ。うん。消せないくらい強く残してあげる」

「ちょーうれし」


 身体の奥が熱くなってく。これまで味わえなかった高揚を、これまで一度も体感したことのないドキドキを、アナタと共有する。


 その喜びに打ち震えながら――


「――ちゅっ」

「んっ。……へへ。これヤバ。絶対癖になるやつだ」


 あぁ。


 これこそが。


 この胸の昂ぶりこそが。


 本当に好きな人と結ばれってことなんだ。


 鈴蘭カレシに深く、強く刻み込まれた愛情の印キスマーク。それを全身で感じ取りながら、私は嫣然と微笑んだ。





【あとがき】

これにて三章【キミと彩る夏休み】編完結です。


三章が開始してからだいたい二ヵ月? 一ヵ月半くらい掛かりましたが、なんとか無事に完結できてほっとしてます。ほんっとこの章は色々と大変だった! 色々ね!


そして三章ラストはまさかの百合ルートを辿った心寧と鈴蘭で締め括らせていただきました。今後この二人がどんな成長を送っていくのかは今後の展開をお楽しみください。濃密な百合にしてやんよぉ!


予定通り、明日5/12日(日)は三章完結記念の慰労回、ならぬ近況報告回です。そこで3・5章の内容や今後の更新日程についてお報せする予定です。


改めて、読者の皆様。3章最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今後もひとあまをご拝読・応援のほどいただければ幸いでございます。


それでは皆様! 明日の近況報告回で……あぁ。なんか急にキムチ鍋食べたくなってきたな。


Ps.……あれ? 200近くやってまだ3章なの? 長くね?


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