第176話  禁断の恋

 キミの苦しそうな吐息だけが聴こえる。


「す、すずらんっ」

「ん? どーした?」

「そ、それやば……だめ」

「ふーん。ここが気持ちいいんだ?」

「あぐっ⁉」


 夏のじめじめとした夜は互いの肌に雨粒ほどの汗を拭かせ、呼吸を激しく、熱っぽい息を吐かせる。


『あぁぁ。心寧。可愛いなぁ』


 蕩けた顔に困惑を混ぜて私のことを見つめてくる。


 縋るような瞳がこのたぎるような感情を更に煽ってきて、この子を満足させないいけいない。なんて変な使命感にカラダが突き動かさられる。


「どう? 心寧。元カレとするより、女の子とする方が何百倍も気持ちよくない?」

「はっ……はっ……これ、だめっ……頭おかしくなる」

「それが気持ちいいってことだよ」


 真っ赤にする顔を両腕で隠す心寧。


 心寧が知りたくて知りたくて、味わいたくて仕方がなかった未知の快感。それを今まさに体験中の心寧は、その未知と波のように押し寄せよせてくる快感に終始困惑している様子だった。


 渇望する心に欲望を満たしていく様は、まるで乾いた土壌に水を与えるように。


「心寧」

「はっ、はっ――?」

「キスしていい?」

「…………」


 もう自分でも理性のタカが外れて、本音が口からぽろぽろと零れ落ちてしまう。


 熱っぽい吐息に縋るような切なさを込めて問いかければ、心寧はほんの少しだけ逡巡しゅんじゅんをみせたあと、


「や、優しくしてね」

「――うん」


 ぎゅっと瞳を閉じて唇を差し出してくれた。


 不安と好奇心が入り混じって震える顔にそっと手を添えて、私に全てを委ねてくれた心寧に感謝するように唇を押し付けた。


「――ん」


 柔らかくて甘い香り。


 一瞬だけ触れてすぐに顔を彼女から離すと、キスを終えて閉じていた瞼をそっと開けた心寧が「うそ」と小さく呟いた。


「なに、これ」

「どうしたの?」


 心寧は狼狽えながら告げた。


「……すごくドキドキする。なにこれ」

「――ふっ。元カレとのキスより心地いいでしょ?」


 彼女が今立っている境地は境界線。普通か普通じゃないかのその真ん中に佇んでいる心寧の手を引くように問いかけると、心寧は悔しそうに、でも、新たに知った未知の感覚にたしかに感動で打ち震えかのように頷いた。


「うん」


 認めてしまえば、もう一度その禁断の果実に触れたくなる。


「……すず、もう一度、して」

「……いいの?」

「うん。もっかい。すずの唇に、触れたい」

「――うん。心寧が望むなら、何度だってしてあげる」



 それが人間の性で、どうしようもなく醜くて傲慢な私たちの欠点。

 相手に自分の醜悪を受け入れられたが最期、もう堕ちるところまで落ちていく。


 数秒。私と心寧は見つめ合って。


「んんんっ」


 互いの吐息が頬を掠めて、唇の前に鼻と鼻がこつんとぶつかる。それを合図にするようにまたぎゅっと目を閉じた心寧を愛おしく感じながら、私はもう一度彼女の柔らかな桜色の唇を奪った。


 さっきはお試し程度の軽いキス、でも、こっから本番。


「んぁ。んむぅ……す、すず……」

「ふふっ……あたま、おかひくなってくるね」


 心寧が元カレとどんなキスをしたのか分からない。でもこんな風に情熱的なキスされたことはないんじゃないかな。私だってこんな〝愛し合うようなキス〟は心寧が初めてだけど。


 十分にカノジョの唇を堪能して、苦しかったのか息継ぎのタイミングで小さな穴を空けた口唇に舌をねじ込んだ。一瞬びっくりした心寧は閉じていた目を大きく見開くも、しかし拒絶するような反応はみせず、恐怖に肩を震わせながら私を受け入れてくれた。


 そのお礼に、私は心寧が一度も味わったこともないような濃密なキスをプレゼントする。


「ろぉ、ここね……きもひい?」

「あたま、くらくらする……しんぞう、ばくはつしちゃいそう」


 執拗に。愛情深く。蛇のように絡みついて決して心寧の舌を逃がそうとしない。滑らかな舌の感触と、女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐって欲望が掻き立てられる。もっと、と息継ぎするもなく猛攻する私に、心寧が精一杯食らいついている。


 そんな心寧をうっすらと開ける瞳に捉えた瞬間。彼女に対する愛着がより一層深く胸に根を張った。


「ひゅ、ひゅずら……」

「へへ。きもひいね、ここねぇ」


 ――バカな元カレ。


 心寧のこんな可愛い表情を一つも引き出せなかったとか正気かよ。今すぐ心寧の元カレに見せつけたいくらいだ。


 心寧を満足幸せにできなかった男を胸の内で嘲笑しながら、私たちはさすがに息が苦しくなって長いキスを終えた。


 最後にもう一度だけ。心寧の熱を味わって、


「――ぷはぁ。いい表情カオしてるね、心寧」

「はぁはぁ、激しすぎだよ、鈴蘭」

「でも気持ちよかったでしょ?」


 小悪魔のような笑みを浮かべて問えば、心寧はぽっと頬を朱に染めて視線を逸らした。けれどその数秒後に、蚊の鳴くような声で答えてくれた。


「今まで一度も味わったことがない、最高のキスだった」

「ならよかった」


 私も元カレとこんなエッチなキスしたことない。というより私の場合、キスすること自体抵抗があった。そうなると必然的にアレも抵抗があったわけで……まぁ、その話は今はいいや。


 今はこの、超絶可愛い親友心寧との満たし合いに全神経を注ぎたい。


「――心寧」

「な、なに?」

「今からもっと満たしてあげるから、意識飛ばさないように気を付けてね」

「い、意識飛ぶの⁉」


 驚愕に目を剥く心寧に、私は「冗談だよ」と白い歯を魅せて笑った。


 ほっと安堵する心寧。そんな彼女の唇に私は人差し指を当てると、「でーも」と凶悪な笑みを浮かべて、


「でも、元カレとじゃ味わえなかった快楽を教えてあげるから、それは覚悟してね」

「~~~~っ⁉ ……ほ、ほんと意識飛んじゃいそう」


 あぁ。ほんと、心寧は可愛いな。


 不安に揺れる瞳。けれどその中に未知への好奇心と高揚を湛える彼女に、私は失笑を堪えきれずに吹き出してしまった。


「心寧。私と一緒に満たし合おう」

「――うん。私も、鈴蘭のこと気持ちよくできるように、頑張るよ」

「はは。その気持ちだけで私は十分満足だよ」


 それは禁断。


 頭ではしてはいけないと分かっていながらも、けれど、お互いに確かめたくて仕方がなくて。


 そして確かめてしまってはもう戻れない。


 もう戻れない――そう思ってしまうくらいには、私たちは熱にうなされていた。


『心寧。心寧。心寧――大好き』

『――ダメだ、私。こんなことしたら、こんな満たされる感覚なんて覚えちゃったら、もう一生鈴蘭から離れられなくなる』



 失恋に傷ついた心を満たしたのは、時間でも次の恋でもなく、ずっと自分の隣に居てくれた親友だった――。





【あとがき】

土曜日5/11も2話更新……になると思います。はい。改稿頑張ります。

日曜日5/12は3章完結ということで近況報告のみです。その後は予定通り、3・5章に突入します。


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