第174話 尾を引く祈り
――同時刻。
「うっひゃあー。びちょびしょになっちゃったよ!」
「やられたなー」
急なスコールから逃げるように自分の家に帰って来た私と鈴蘭は、嘆きながら脱衣所で服を脱いでいた。
「服、洗濯機に突っ込んじゃっていいからね。爆速で乾かしてあげる!」
最近お父さんがボーナスで買ってきたドラム式洗濯機を自慢げに親友に紹介すると、鈴蘭は「イカすわ」と目をキラキラさせてくれた。
「そんじゃお言葉に甘えて、心寧ん
「任せんしゃい!」
少しずつ元気が戻っていくのを実感しながら、私は鈴蘭と会話を続ける。
「とりま鈴蘭は身体温めて。シャワーでいいならすぐ入っていいからさ」
「いや心寧より先に入るの申し訳ないよ」
「まぁまぁ、私のことは気にせず入っちゃってくださいな」
「……心寧さん。アンタ優しすぎでは⁉」
でしょ、と私を崇める鈴蘭に胸を張ってドヤ顔を決める。
そうして鈴蘭とふざけ合って、笑みを堪えきれずに揃って吹き出す。
ひとしきり笑い終えて、目尻に溜まった涙を拭いながら、
「ほらほら。私様の機嫌が変わらない内に早く入ってくーださい。あ、下着とか着替えは私のでも平気だよね?」
「全然オッケー」
丸を作った手をほっぺに重ねて頷いた鈴蘭。その了承を経て、自分の着替えと鈴蘭の着替えを取りに自室に向かう――っとその前に、一つ鈴蘭に確認したいことを思い出して歩き出した足を止めた。
振り返るとブラのホックに手を掛けている鈴蘭を見てしまったが、私にとっては見慣れた光景になっているので特段慌てふためくこともなく、
「あ、そうだ。どうせだし今日ウチ泊ってく?」
「マジ⁉ いいの⁉」
「うん。お父さん今出張中で家にいないし、それに夏休みはお互いカレシできてどっちかの家に泊る暇なんてなかったじゃん。もうそういうのないし、久しぶりに鈴蘭といっぱい一緒にいたいなって」
「なにその可愛い理由。私が男だったらもうハート射抜かれてるわ」
「にしし。どうっすか? 泊りたくなった?」
あざとい笑みを浮かべながら上目遣いで鈴蘭を見つめれば、その頬がほんのりと朱に染まった。
珍しく照れた鈴蘭は口許を腕で覆い隠しながら、「それじゃあ」と小さな声で呟くと、
「私も、久しぶりに心寧といっぱい心寧と話したり遊んだりしたい――心寧がいいって言うなら、泊ってくわ」
「――。……へへ。りょーかい。それじゃあ、今夜はぱぁーっと二人で遊ぼうね!」
「……うん」
小さく頷いた鈴蘭に、私はとびきりの笑顔で彼女と一緒にいられる喜びを表現したのだった。
***
「かぁぁ! ポテトとコーラの組み合わせマジギルティ!」
「うわぁぁ。絶対太るぅ」
「いいじゃんいいじゃん! お互いもうしばらく体重気にする必要ないんだし、今日は失恋記念日ってことでぱあっとやろうよ!」
「それ記念日にしちゃいけないやつでしょ」
「いいじゃん。何事も楽観的に捉えていこうぜ!」
互いに身体を温めたあと、夕飯は会議の末にウーパーイーツで済ませることにした。
私のスマホで何がいいか慎重に吟味した結果、ピザにすることに決定し、「せっかくだからポテトとかもめっちゃ頼もうぜ!」と鈴蘭の素晴らしい提案により今夜は豪勢な夕食になった。
伸びるチーズに罪悪感を覚えながらも手は止まらず、頬を緩めて楽しい食事を満喫する。
「んむぅ。マジピザ神。手止まらん」
「いい食べっぷりだねぇ。私もめっちゃ食べよー!」
鈴蘭の言う通り、もう体型は気にする必要ないから今日は思う存分食べることにした。もう今日はチートデイだっ。
なんて自分にした言い訳に思わず失笑してしまいながら、
「鈴蘭」
「んむ? どした?」
「今日、鈴蘭と会えて嬉しかった」
「――っ!」
美味しそうにピザを頬張る鈴蘭に、私は募る感謝の念を吐露した。揺れる瞳に意表を喰らって硬直する親友の姿を捉える。
「たぶん。今日鈴蘭に会えてなかったら、この失恋をずっと引き摺ってた気がする。私を励ましてくれてありがとうね。鈴蘭」
少しだけ自暴自棄になりかけた私を救ってくれたのは、同じ失恋の痛みを味わった親友。
失敗を笑い合えるキミと今日出会えなかったら、私はきっとこの痛みをずっと抱えたまま乗り越えることもできなかったかもしれない。
だから、私は鈴蘭にちゃんとお礼を言うんだ。
ネガティブ思考をこうして全力で吹っ飛ばしてくれた親友に私がお礼としてできるのは――鈴蘭がいつも好きって言ってくれるスマイルだ。
ありがとう。万感の感謝を込めた笑顔を鈴蘭に魅せれば、ふ、と小さな笑い声が鼓膜を震わせて。
「んむんむ……ごくっ。へへっ。私も、今日心寧と会えてよかった。上手くいかないことばっかで少しネガティブになってたけど、今すごく楽しいよ」
「それじゃあお互い様ってことだね」
「ぷはは! それな。――やっぱり持つべきは心の友よ」
「だね。これからも落ち込んだ時は慰めてね、心の友」
「へへっ! なら、心寧の隣はずっと私のものだね」
「お。言質取りましたからな。なら鈴蘭の隣はずっと私のものだよ」
「特等席で可愛がってあげよう~」
「やった~!」
「……ふふ。ほんと、可愛いな心寧は」
鈴蘭の言葉に深い意味はないのは知ってるんだ。その場のノリで言ったことなんて私が一番よく分かってる。
でも。
このぽっかりと『穴』が開いた胸は、その言葉を本気で受け入れようしていてしまっていて。
ぽっかりと『 』が開いた胸に、注いではいけない欲望が流れ込んでくる。
『――本当にずっと私の隣にいてくれたらいいのにな』
そんな儚い願いは、すぐに笑顔とともに胸から消し去った。
【あとがき】
本話ラストの『 』だけの部分。あれは穴を表現してます。ちょっと遊んでみたくなりました。
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