第173話 トクベツな二人
「うわぁ。いきなり降ってきましたね」
「びっくりしたね。それにけっこう濡れちゃったよ」
買い出し中。その帰り道にそれまで穏やかだった天候が急に崩れ、突如スコールに遭ってしまった俺と藍李さん。
急いで自宅へ戻ったがそれでも藍李の感想通りお互いにかなり濡れてしまった。
ずっと濡れたままでいるわけにはいかないので、とりあえず荷物は廊下に置いて脱衣所へつま先を立てて向かう。
「はい。タオル」
「ありがとうございます」
藍李さんからタオルを受け取って濡れた髪を雑に拭いていると、俺とは対照的に丁寧に黒髪から水分を取っている彼女が訊ねてきた。
「お互いに濡れちゃったしどうする? もうお風呂に入っちゃう?」
「うーん。風邪引いて欲しくないし、藍李さんがシャワーでいいなら先に身体温めて欲しいです。廊下に置いてある荷物はその間に俺が仕舞っておくので」
「風邪を引いて欲しくない気持ちは私も同じだよ。一緒にお風呂で温まった方が効率的じゃない?」
藍李さんの意見にも一理あるけど、
「大丈夫? 本当に風邪引きませんか?」
「しっかり温まってしっかり食べてしっかり寝れば、早々風邪なんて引かないよ」
「まぁ、藍李さんがそう言うなら」
藍李さんが大丈夫って言うならそれ以上は食い下がる理由もない。それに、こんな風に問答を繰り返してることが最も時間の無駄だ。
合理的な判断に従って藍李さんの意見に従うと、「それじゃあ決まり」と声音を弾ませた藍李さんが意気揚々と風呂場に向かっていく。
お風呂の準備は藍李さんに任せて、俺は髪を拭いていたタオルを肩に掛けると廊下に置いてある荷物を取りに戻った。
数日分の食材が詰まったエコバッグを持ち上げて、
廊下を通り過ぎる途中。ご機嫌な藍李さんの鼻歌に思わずくすっと失笑がこぼれてしまった
「昨日も一緒にお風呂入ったんだけどなー」
というより同棲してるからほぼ毎日のように一緒にお風呂に入っている。おかげで藍李さんの美しい裸体にも少し見慣れて風呂場では息子も平常心を保ってくれるようになったが、不思議なことに『アレ』になると一気に元気になるのだ。
生命って不思議だな、とナニの現象を食材を冷蔵庫に仕舞いながら感慨に耽っていると、
「うわっ」
「ぎゅぅ」
食材を仕舞い終えたと同時に、藍李さんが後ろから抱きついてきた。
「……もぉ、急に抱き着かないでくださいよ」
「えへへ。湯船が沸くまで、代りにしゅうくんの体温で暖を取ろうと思って」
はぁぁぁ。なにその可愛いすぎる理由。
悶える俺を楽しむように笑っている彼女に奥歯を噛みしめつつ、俺はひとまず体勢を変えて会話を続けた。
「濡れた服同士でくっつくの気持ち悪くないですか?」
「気持ち悪い」
「素直なお気持ち表明ありがとうございます」
あまりにストレートに答えられたものだから思わず吹き出してしまった。
「でも、濡れたまま抱き合うと冷たさの中にしゅうくんの温もりを感じられて背徳的な何かを感じる」
「それはまぁ、俺もちょっと感じてますけど」
ぎこちなく藍李さんの言葉を肯定すれば、「でしょ?」とでも言いたげに彼女は唇の端を歪めた。
「風邪引かないか心配だなぁ」
「お風呂でちゃんと温まれば問題ないよ」
「ちゃんと温まれば、の話ですけどね」
「…………」
強調するように指摘すれば、藍李さんは何も答えないでただ怪しげに口唇を吊り上げるばかりだった。
……はぁ。
薄々そんな予感はしてたんだけど。
「……今日はお風呂でするの?」
「濡れたしゅうくんを見たら興奮しちゃった」
「いつも風呂場で見てるじゃん」
「それとこれとは話が全く別だよ! バッチリセットした髪型が雨で塗れて掻き上げる仕草とか、濡れた服が体に吸着してる姿とか……正直に白状するとすごくエッチなの!」
「だから興奮しちゃったの?」
「欲を言えば玄関で襲いたかった!」
むしろ我慢した私を褒めて欲しい! って言われても困る。
少しだけ
「しゅうくんは濡れた私を見て興奮しなかった?」
「うーん。下着が透けてたらワンチャン……いや絶対してるな」
「でしょ⁉ 今日は黒シャツだから下着透けてなくて申し訳ないけど、でも濡れた制服とか白シャツ越しから下着が見えたら絶対興奮するよね⁉」
そりゃ俺も男ですから。そんなシチュエーションが目の前で起きたら絶対に興奮する自信がある。
それになるほど。ようやく理解できた。たしかに俺も、先程までの時間で藍李さんにドキッとしてしまう瞬間はいくつかあった。
たとえば、髪を拭く動作だったり。
たとえば、凛々しい双眸が急なスコールに苛立って鋭くなった瞬間だったり。
たとえば――今こうして、じんわりと滲むような温もりを濡れた服越しから感じる時間だったり。
こうして述懐してみれば、藍李さんと同様に興奮材料はいくつもあって。
それを全て感じてしまった瞬間。急に顔が熱くなった。
「ちょっと離れてもらっていいですか」
「え、なんで? 嫌だ」
「マジで一旦離れてください! 身体が言うこと効かなくなる前に早く!」
必死になって懇願する俺から何かを悟ったのだろう。
藍李さんはにまぁ、と邪悪な笑みを浮かべると、小悪魔な一面を発揮してきた。
「ははーん。しゅうくん。さては急に
「そうです認めます! だから離れて!」
「なら余計離れてあーげないっ!」
「この悪魔!」
「あ。酷い。傷ついたのでもっと抱きつきます」
む、と頬を膨らませた藍李さんが俺の懇願を無視してさらに密着してきた。
「どぉ? 濡れた服越しに感じる私のカラダの感触は?」
「ちょ、胸押し付けてくるのマジで止めてっ」
「あはっ。しゅうくん顔真っ赤だよ。興奮してるのかな? 興奮しちゃうよね。――まぁ、答えなんてしゅうくんの口から聞かなくても、しゅうくんの息子くんが教えてくれてるからいいんだけどね。太ももに当たってるよ。かた~いナニかが」
「太ももで息子の状態チェックするの反則ですよっ」
「なら手で確認しよっか?」
「もっと制御効かなくなるからダメ⁉」
「むぅ。しなくていいのに」
さてはこの人、湯船が沸くより前に俺の欲望を爆発させて襲わさせる気だな⁉
藍李さんの浮かび上がる笑みがそれを物語っている。如実に。
「あーぁ。早くお風呂沸かないかなぁ」
「……くっそ」
「くすっ。お風呂が沸くまで、しっかりとしゅうくんの欲望貯め込んでおかないとね?」
「……むちゃくちゃにしても文句言わないでよ?」
「あはは。しゅうくんは何も分かってないなぁ。私はしゅうくんにむちゃくちゃにして欲しいからわざと煽ってるんだよ」
「――っ!」
「そうその目! 私を今すぐにでも襲いたくて堪らないって目が大好きなの」
「……変態め」
陶然とした吐息をこぼす藍李さんを睨みながら罵れば、彼女はその罵倒を肯定するような嫣然とした笑みを浮かべて、
「――私を虜にしゅうくんが悪いんだよ。だからキミのせいで疼くカラダを、キミがちゃんと鎮めてね」
「っ。……覚悟してね?」
「うん。激しいの期待してます」
俺のカノジョは欲望に忠実だ。おまけに性欲の化身。
そんな相手を務めるのはやっぱり苦労する。
けれどそれ以上の幸福と快楽を与えられるのも知っているから、故に俺は今日も緋奈藍李という底なし沼に嵌って抜け出せない。
あぁくそ。
「……やべぇ。興奮収まんねぇ」
「だから収める必要ないよ。せっかくの夏休みなんだし、もっと自分の欲望に忠実になっていいんだよ。私は我慢なんてしないし、しゅうくんのしたいことしてあげたい。私ともっと気持ちいいこと、しよ?」
「うぐぐ」
「それとも、今日のしゅうくんは私に気持ちよくして欲しい? 例えば、こぉんな風に?」
んあぁ、とわざとらしく淫靡な音を立てて開けた口の前に手が留まる。その手はまるで
「あはっ。しゅうくんの、もっと元気になったね。今にもズボンから飛び出しちゃいそうだよ。お風呂まで我慢できなそうくらいパンパンに膨れ上がってる」
「……こうなったのも全部藍李さんが挑発してくるせいだからね」
「知ってる。だ・か・ら、その責任を取ってキミのカノジョが気持ちよくさせてあげるよ?」
「~~~~っ! ……この性欲魔人め」
「くす。そうだよ。しゅうくんのカノジョはエッチが大好きな女なの。そんな女は嫌い?」
「大好きに決まってるでしょ」
「ふふ。それじゃあ、受け入れてくれたお礼に今日もたぁっぷり搾り取ってあげる。だからほら、早く私に見せて」
「……マジでここですんのか」
「嫌ならお風呂場に行く?」
「ここまで煽られて我慢できるはずないでしょ。――藍李さん。お願いがあります」
「ふふ。はい。なんでしょうか」
「俺のこと、気持ちよくしてほしいです」
「くすっ。ほんと可愛いなぁ、しゅうくんは。いいよ。しゅうくんの、私のお口でたぁくさんご奉仕してあげる」
「……これ、海星さんにバレたら俺殺されねぇかな」
「ふへっ。お互い我慢できずキッチンでしちゃうの、なんだかとっても背徳的だね!」
「そうなるように煽ってきたの藍李さんだからね⁉」
二人の少女が恋の難しさに立ち止まっているその裏で、俺と藍李さんは今日も今日とて相手の愛を貪りくらうのだった。
「――あはぁ。やっぱりいつ見ても、しゅうくんの立派で素敵だぁ。……はぁむ♡」
【あとがき】
数話ほど今の二人が他者にどう思われてるか描いてからの満を持しての本話です。甘さが限界値を越えている!
Ps:藍李としゅうはもう殿堂入り!!
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