第172話  トクベツ

「私って不感症だったのかなぁ」

「ずず……そんなことないんじゃない?」


 こんな猥談カフェでできるはずもなく、現在、私と鈴蘭は場所をカラオケに変えて真顔でカフェでの会話を続けていた。


「でも、元カレとして一度も気持ちいいって感じたことなかったんだよ? いや、一度もないは大袈裟だな。たまに感じることはあったな」

「それを言ったら私だって同じだよ。ぶっちゃけるとヤッてる時にスマホ弄れるくらいの余裕はあった。まぁ、ムードぶっ壊れるからやらなかったけど」


 カラカラと笑う鈴蘭を見てると自分の悩みはちっぽけに見えるから不思議だ。鈴蘭にとってはきっともう元カレとの性事情なんてどうでもいいことなんだろう。私のように罪悪感に駆られている様子もなければ、もう過ぎたことだとけろっとしている。


 そんな鈴蘭はストローに口唇をくわえながら、こんなことをぽつりと呟いた。


「私のセックスは大体相手が一方的に満足するまで付き合うみたいなセックスだったなー」

「私もそんな感じ」

「なんかこう、もちろん最初は私にもあったんだよ。相手とする喜びっていうかドキドキ感ってやつ? あぁ、私の身体で喜んでくれてることに嬉しさ自体はあったわけで。ただ慣れた結果、こっちはもっと激しくしてほしいのに相手が持久力ないせいで毎回不完全燃焼で終わっちゃうんだよね」

「そうそれ! こっちはこれからなんだけど⁉ ってめっちゃ冷めるパターンね!」


 鈴蘭に完全同意して何度も首を振る。


「そもそもお互い同時に最高潮になるというのがムズイ。あれはフィクションでしか成立しない現象だわ」

「藍李はそんなことないみたいだけどねぇ」

「あの二人はもう存在そのものがフィクションみたいなもんじゃん。愛し合い方が私たちとは別次元なんだよ。はぁ、あちらは夜もさぞかしお熱いことなんでしょうなぁ。前戯もめっちゃ多そう」

「…………」


 ――その通りですよ鈴蘭さん。


 藍李に「口外したら始末する」と脅迫されちゃってるから鈴蘭にも言えないけど、あの二人、思った以上に関係が進んでいるし、愛し合い方が尋常じゃない。それはもう、聞いてる私が顔を真っ赤になるくらいだ。


 ちなみに、この前私が藍李にどんなことを聞いたかというと、


『……ねぇ、不躾ぶしつけな質問なんすけど、藍李ってその、弟くんのアレ、くわえたりするの?』 

『他言無用にするなら答えてあげてもいいわ』

『うっす! 絶対誰にも言わないっす!』

『――そうね。よく咥え……こほんっ。食べてるわ』

『~~~~っ⁉ ま、マジ⁉ 冗談じゃなくて?』

『冗談なわけないでしょう。大変美味しくいただいております』

『あ、あんなグロテスクなもの食べられるっすね』

『さっきから語尾がちょいちょい気になるのは触れないことにして……他の男のものなんてお願いされても絶対に御免だわ。心寧の感覚もよく理解できる。私は大好きなしゅうくんのだから理性が抑えられず無性に欲したくなるの』

『抵抗とかなかったの?』

『ふむ。自分でも気づいてたら咥えてたからそういう意味ではあまりなかったわね。あれを食べてる時に可愛い顔見せるしゅうくんが本当に堪らなくてね! 見下ろされてるのに征服感が沸き上がってきて、犯したいって気持ちがどんどん膨張していくのよ!』

『藍李パイセンマジぱねぇっす』


 ね、顔真っ赤にするでしょ? しかもこれはほんの序の口なんだから、同じ高校生とは思えないほどあの二人はエグい進展の仕方をしてる。


「鈴蘭も気になるんだったら今度藍李先生から聞いてみれば。他言無用って契約書にサインすればわりと簡単に口開くよ」

「はは。カレシとのラブラブ具合を他人に自慢したいんだろうなぁ」

「内容としてはラブラブよりもメラメラって感じだよ。聞いただけで興奮できる」

「聞くだけで興奮できるってどんな猥談なのさ」

「鈴蘭が想像してる百倍は濃密で特甘でただれた話を聞けるって保証してあげるよ」


 ずずず、とオレンジジュースを飲みながらそう言えば、鈴蘭は好奇心とちょっとの恐怖心を混ぜたような苦笑を浮かべた。


「でも、あの二人はやってることが次元が違うとはいえ、お互いめちゃくちゃ愛し合ってるんだよね。だからきっと、気持ちよくて幸せだって感じられるセックスができるんだろうなぁ」

「あー。やっぱそう思う……というか実際感情に左右される所あるんだろうね。本当に好きな人とするって、満たされかた半端ないと思うわ」

「私たち、躊躇半端に相手選んじゃったね」

「だなー。まゆっちも藍李にもカレシができて、ちょっと焦ったことはこの際認める」

「私も鈴蘭と同じ。周りに置いて行かれるって焦っちゃった」


 べつにとりあえずで相手を決めたわけじゃない。


 クラスではよく話す男子だったし、それなりに仲良かった。理科の実験でも同じ班になったことがあるくらいだし、一年生の林間学校ではペアにもなった。


 好きって気持ちよりは一緒にいて楽しかったほうが強かった。


 そんな彼に――高嶺の花が落ちた結果――告白されて、自分はやっぱり・・・・二番目だったんだと少しショックだったけど、でも受け入れた。


 ここで受け入れなきゃまゆっちにも藍李にも置いて行かれる――そんな焦燥が、私の判断を狂わせたんだきっと。


「告白は気軽に受け入れちゃダメなんだね」

「はは。担任の「焦りは禁物」って口癖、内心で小馬鹿にしてた自分がバカだったわ」

「それな。身を以て思い知らされたよ」


 相手にも、そして自分にも最悪なことをした。それに、私の処女を妥協した相手に捧げちゃった。初めての相手は本当に、心の底から好きになった人と――なんてものは所詮創作物の中だけの話なんだって、この軋む胸に痛感させられる。


「死ぬほど好きな人に初めてをあげられた藍李が羨ましいな」

「ね。弟くんも羨ましいよ。藍李の初めてを貰えたんでしょ。しかも一生藍李を独占できるとか、そんなのもう人生勝ち組じゃん!」


 妬ましい! と本気で羨ましそうに奥歯を噛みしめている鈴蘭に私は苦笑を浮かべて同情する。


 あんな二人みたいになれると思って始めた恋。


 けれど根幹が間違っていたその恋は、つぼみを芽吹かせることもましてや花ビラを咲かすこともなく枯れ朽ちてしまって。


「――恋愛って難しいなぁ」

「ほんっとそれな!」


 失恋して初めて思い知る。


 恋愛の鬼畜ゲー感。あの二人相思相愛に至るまでの道のりが、どれほど困難で険しいものなのかを。


 ――きっと自分じゃ、あの二人のようにはどうやったって成れない無力さを。



【あとがき】

ひとあま70万PV突破しました。だからといって何が起きるというわけでもないけど、着実にミリオンに近づいてます。完結までに達成できることを願いつつ、今後もひとあま更新続けていきますっ。


あ、あと本作のフォロワー数もあと少しで4000に到達しそうです。おぉ。いつの間にかそこまで来たか。感慨深けぇ。


改めて、いつもひとあまを応援してくれてありがとうございます。皆様に吉報をお届けできるよう頑張っていきます!


Ps:あ、今日5/8は2話更新になりました。17時更新です。



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