第171話 憧れと嫉妬と
「へぇ。そっちも別れたんだ」
「うん……って、え? そっちもってまさか……」
「うん。私もつい最近別れた」
「嘘でしょ⁉」
「これがマジなんだなぁ」
カフェで偶然出会った鈴蘭と合流して、そのまましばらくお互いの近況を話していると、いきなり耳を疑うような告白が聴こえて息を飲んだ。
大仰なリアクションを取る私に、鈴蘭は澄ました顔で続けた。
「付き合った最初がピークだったみたいな? 期待してた分拍子抜けだったというか、私が想像してた恋愛と違ってショックだったんだよね」
「もしかして、鈴蘭も
「……心寧もなんだ」
その返事だけで理解できた。鈴蘭も、私と同じ、あの二人に羨望して、それのようになれると思った盲者だった。
「つか、私の場合はもっと根本的なやつで別れるきっかけになった」
「え、え、知りたい。聞いていいやつ?」
「いいいけどここじゃ明かしづらいからちょい耳かして」
「うぃっす」
と鈴蘭の指示通り彼女の口許まで耳を寄せた。
鈴蘭は一瞬だけ告白を躊躇ったけど、やがて腹を括ったのか私に吐露した。
「――実はさ、相手がセックスちょー下手だったんだよ」
「うあぁ」
マジか。
ちょっと気恥ずかしそうに頬を赤らめる鈴蘭を愛しく思いながらも、私は彼女の別れる最大の要因となってしまったそれに深く同情した。
「実は私も鈴蘭と同じなんだよね。それが直接的原因になったわけじゃないけど……何度やっても藍李が言う『満たされる』って気分にならなくてさ」
「あー。めっちゃ分かるわ」
お互い死んだ目になってひたすら相手に共感する。
「いや、あのね。先に言っておくけど決して相手をバカにしてるわけじゃないんだよ?」
「どした急に」
「ちょっと今からいうことに罪悪感がありまして……その、私の元カレ、早漏だったんだよね」
「おおぅ」
藍李の前では配慮して『満足するのが早い』と取り繕っていたけど、もう別れたしそれに最後の一回の行為でハッキリしたからぶっちゃける。
「ちなみに最短何分?」
「正確な時間なんて計ってないから体感だけど、初めてした時で三分くらい?」
「カップラーメンじゃん。ちな私の元カレは二分だった」
「カップラーメンもできないじゃん!」
どんぐりの背比べじゃん。と私と鈴蘭は揃って肩を落とす。
「ちなみになんすけど、藍李さんのところは最長で半日くらいするらしいっすよ」
「マジで⁉」
「しかも一回の行為は一時間は余裕で越えるらしい」
「弟くん持久力ヤッバ! 超タフじゃん!」
「しかも弟くん、する時にめっちゃ「好きだよ」とか「愛してる」とか言ってくれるらしい。耳元で」
「羨ましいを通り越してもはや藍李が妬ましい⁉」
本当にね。
お互いに親友の恋愛の順調っぷりに盛大にため息を落とす。それから私らは少し逸れた話題を戻して会話を続けた。
「この間さ、藍李さんからどうしたらお互い気持ちよくなれるか伝授してもらったんだよね」
「へぇ。前向きじゃん」
「まぁ一応は好きな相手だったからね。それで、藍李に教えてもらったこと試したんだけど……ダメだった」
「え、なんで?」
「そもそもの話だったんだよお! 相手二回戦もできる男ほどタフじゃなかったし! 自分だけ満足すればいいやってタイプで、こっちのことなんてお構いなしだったんだよ!」
ドン! と悔しさのあまり思いっ切りテーブルを叩いてしまった。
ちょっと赤くなってしまった右手を鈴蘭が「痛いの痛いの飛んでけー」と優しく労わってくれたことに感謝しつつ、
「私のことは全然気持ちよくしてくれないで腰振り始めるし、行為中のキスだって全然でしてくれなかった。なのに胸はめっちゃ触ってきてさ。正直不快感の方が強かった」
「分かる。器用じゃないからめっちゃ腰振るの雑になってない?」
「ほんとそれ! 雑で早漏とか、言いたくないけど終わってない⁉」
「心寧の感想が正しい。終わってる」
うんうん、と鈴蘭は何度も相槌を打ってくれて同情してくれる。
こうして鈴蘭と話すだけでも心が救われるけど、寄り添ってくれると鈴蘭と親友でよかったと心底そう思える。
「ありがどね鈴蘭~」
「泣くな泣くな。可愛い顔が台無しだよ。ほら、ワッフル食べな」
「ギリ泣いてないよぉ~!」
「はいはい。分かったから。ワッフル美味し?」
「めちゃ美味しいぃ」
親友って素晴らしいなぁ。
鈴蘭だってカレシと上手くいかなくて辛いはずなのに、それでも先に限界を迎えてしまった私をこうやって慰めてくれる。
背中をさすってくれる優しい手の温もりが荒んだ心に染みわたっていく感覚にまた涙が零れ落ちそうになっちゃったけど、いつまでも鈴蘭にみっともない姿を見られたくないから涙は力づくで引っ込める。それにここはお店の中。急に泣き出すお客も店員もぎょっとしちゃう。
「鈴蘭食べさせてぇ」
「お。開き直ったなこのやろー」
「今日だけ。一生のお願い」
「アンタ、そう言って夏休み前も私にコンビニのカフェオレ奢らせたよね?」
「……てへっ」
「てへっで誤魔化そうとするんじゃないよ全く」
視線を泳がせる私に、鈴蘭はやれやれと呆れた風に肩を落とす。そのあとに、「仕方ないやつ」と微苦笑を浮かべて。
「ま、食べさせるのはタダだから特別にしてあげる」
「やった! 鈴蘭大好き~!」
「私も大好きだぞ」
辛いときに誰かが寄り添ってくれるだけで心は救われる。
それを教えてくれるのは、私の唯一無二の親友で。
ありがと、鈴蘭。
ありがとう心寧。
やっぱり彼女といる時間が何よりも心地いいと、自然と浮かび上がった笑顔がそれを物語っていた。
【あとがき】
出番ないのに株が上がり続けるしゅうくん。しゅうが可愛いせいで常時発情中のカノジョを鎮めるために彼は自然とタフになりました。
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