第170話  憧れはほど遠く

『――私ら別れよう』


 初めてできたカレシと上手くいく方が運がいいんだと、自分の恋愛を通して思い知った。


 元々、カレシ――いやもう元カレか。元カレとはソリが合わなかったというか一緒に居てもあまり楽しくなかった。


 べつに相手が悪いわけじゃない。どっちが悪いわけでもないけど、強いていえば私に非があるのかもしれない。


 端的にいえば、憧れと現実のギャップに私がついていけなかったんだ。


 藍李と弟くんのような、お互いに惹かれ合うような恋が自分にもできると思っていた。


 まゆっちとカレシくんみたいな、お互いに好きなこと、好きな時間を過ごしながら、会いたいと思った時に会えるそんな恋ができると思っていた。


 それが憧れ。

 でも、現実は違った。


 私と元カレは好みが合わないものが多くて。

 私と元カレの予定は地味に合わず。

 私と元カレは身体の相性が全く合わず。


 私と元カレは、結局何もかの相性が悪かったのだ。


 愛想笑いを浮かべるのが息苦しかった。話題を無理に共有しようとする自分に嫌気が差した。


 彼のことを好きになろうとすればするほど本来の自分からどんどんかけ離れていくことが、嫌だった。


「私、夢見過ぎてたのかなぁ」


 相手は所詮17歳の思春期真っ只中の子どもだということをもっと自分に言い聞かせておくべきだった。


 話つまらないし食べかた汚いし自分の髪型ばかり気にして私の変化なんてこれっぽちも気付いてくれない。


 それに何よりも――私を尊重してくれるような行動を全然見せてくれなかった。


 仕方がないんだ。さっきも言ったけど、相手はまだ17の子ども。楽しいことにしか興味が沸かない、それしかやりたくない人に紳士的行動を求める方が難題だ。


 藍李の恋人が例外すぎるんだ。あれほどまでに一途で相手を尊重して行動してくれる男性なんてこの世にどれ程いるだろうか。藍李は本当にいい男を捕まえた。


 雅日柊真という男の子の偉大さを、自分の失恋を通して痛感させられる。


「あぁぁ。藍李が羨ましいぃぃ」


 私はあぁいうのが欲しかった。


 自分をいつまでも尊敬してくれる存在が。お互いに譲り合って、でも尊重してくれる存在が。自分の気持ちを真正面から受け取ってくれて、めんどくさがらず応えてくれる存在が。


 自分が相手にあげた愛情を、それ以上にして返してくれる存在に私は出会いたかった。


 はぁ。どうりで藍李が惚れ込む訳だよ。優良……ううん。弟くんは超優良物件だ。


 優しくて思いやりがあってどこまでも一途で相手に尽くす――そんな男、女が惚れないわけがない。おまけに料理も出来て家事もやってくれるイケメンとか、弟くんはなんだ。ラブコメ主人公か? 全人類の女を自分のものしてハーレム築く気か? まぁ、それは藍李が絶対に阻止するか。どんな手を使ってでも。


 ていうか身近にそんな存在がいるなんて知っちゃったら自分のカレシに求めるハードルがもっと上がっちゃうでしょうが!


「……八つ当たりしても意味ないのに」


 頭では分かってる。でも、感情のコントロールが効かない。


 二人のことを妬んだって意味もなければそれは自分を苦しめるだけの愚考だ。


 なのに。

 なのに。

 なのに。


 二人がずるくて仕方がない。


 相思相愛で硬い絆を結ぶ二人が、眩しくて仕方がない。


 妬めば妬むほど、その眩さは脳裏に焼き付いて離れなくなって。


「あぁぁぁもう! 止めだ止めだ! ネガティブ思考ストップ! 私らしくない!今日はとことん食べて全部忘れよ!」


 カレシに興奮してもらいたくて身体を絞ってたけどもうそんなことは気にしなくていいんだ。私はしばらく恋愛しない! 


 こういうのはうじうじ引き摺っても仕方がない。元カレも私と相性がよくないって薄々気付いてたから別れようと言った時にすんなり頷いてくれたんだ。


 あれも地味に傷ついたけど、それも全部忘れるために今日は好きな物食べまくる!


 そんな風に強引に気持ちを切り替えて席を立とうとした瞬間だった。


「――お隣いいですかお嬢さん」

「ぇ」


 空いてる席の中でわざわざ私の隣にやってきたその人物は、フラッペとワッフルが乗っているトレーをわざとらしく音を立ててカウンター席に置くと、演技じみた問いかけをしてきた。


 聞き慣れた声と香水の香り。それと見覚えのある洋服に目を見開いて顔を上げると――水色髪の少女が白い歯を魅せながら私のことを見つめていて。


「鈴蘭⁉」

「よっ。こんなところで遭うなんて『奇跡』だね。心寧」


 平日のたまたま寄ったカフェで、私は唯一無二の親友と『奇跡』的な邂逅を果たした。





【あとがき】

他の女子から見てもしゅうは羨ましいと思えるカレシに成長してるみたいですね。まぁ、しゅうのように恋人に尽くせるほうが稀有なのは間違いない。しゅうは元から藍李に憧れていたことも尽くす要因に含まれてますが。


さて、本話ラストに心寧の無二の親友である鈴蘭が登場しましたね。しゅうと藍李が付き合った直後に鈴蘭もいい相手が見つかったとのことでしたが、果たしてどうなったのか。


目まぐるしく状況が回る心寧編。引き続きお楽しみあれぇぇぇ。

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