第169話  自分を満たす『存在』

「今日はありがとうね! 夜ご飯もちょー美味しかった!」

「どういたしまして。いつでも遊びに来てね」

「うん! それじゃあ……いい報告期待してて」

「ふふ。えぇ。楽しみに待ってるわ」


 心寧へ私が知りうる限りの性知識を授けて、少しだけ自信のついた顔を玄関で見送ったあと、リビングに戻った私は動画を視ているしゅうくんの隣に座った。


 そのタイミングで動画を止めて、しゅうくんは私に視線を向けてくる。


「心寧さん。大丈夫そうでしたか?」

「どうだろうね。最大限相談には乗ったけど、解決できるのは本人同士次第だから」


 しゅうくんは心寧が家に来た理由は知らないものの様子が変だということは気付いていたようで、帰る頃には元気になった心寧を見て安堵していた。こういう誰にでも優しい所が彼の美徳で、彼が私の恋人でよかったと思える瞬間でもある。


「相談内容は俺が聞いてもいいやつですかね?」

「まぁざっくり言うと相性の問題だよ」

「誰との?」

「カレシとの」

「あぁ」


 相談内容を全て明かすのは流石に人としての信用性に欠けるので噛み砕いて答えると、しゅうくんは「相性かぁ」と難問を解くような渋い表情を浮かべた。


「それは、一筋縄ではいかない問題ですね」

「そうだね。好みとか趣味とか性癖は人それぞれあって、それが合う相手を見つけるのなんて奇跡にも等しい確率だと思うよ」

「なんで性癖が出てきたかはさておき……そういう話なら俺と藍李さんはけっこう相性が良いものが多いですよね?」

「んー。私たちは良いというより、譲り合いが上手なんじゃないかな。もちろん食の好みとか、お互いインドア派な所とか共有できるものが多いのはたしかだけどね」


 うんうんとしゅうくんが力強く相槌を打つ。


「そう考えると俺と藍李さんは最初から仲良くなれる要因はたくさんあったのか」

「くすっ。そうだね。しゅうくんが中学生の頃に私から思い切って話題を振れば、もっと早くから付き合えたのかもしれないね」

「くあぁぁ。惜しいことをした!」


 心底悔しそうに唸る恋人を見て、思わず笑ってしまう。


「後の事を後悔しても仕方がない。お互い距離を測っていた時間は、今から取り返していこうよ」

「――じゃあ早速甘えていい?」

「たーんと甘えてどうぞ」

「…………」


 目の色を変えたしゅうくんの問いかけに淡い微笑みを浮かべて頷けば、しゅうくんは間もなく有言実行に移る。


 手に持っていたスマホをカーペットに置いて、そのまま流れるように私の頬に手を添えてきた。


「憶測だから間違ってたらごめんなさい。でも、なんとなくだけど、藍李さんもしたいかなって思って」

「――ふ。ご明察」

「ならよかった」


 わずかに迷いを孕ませる瞳に穏やかな声音で肯定すれば、しゅうくんは大きく瞳を見開いた。それから、小さく笑った。


「――ん」


 唇と唇が触れる。

 数秒程度のキス。交わした口づけよりも瞼を閉じた時間の方が長かったキスをして、私は再び瞼を開く。


「しゅうくん」

「ふふ。はい。もっと、でしょ?」

「よく分かってらっしゃる」

「分かるよ。だって今の藍李さん。俺に甘えたさそうな顔してるもん」


 それってどんな顔なんだろう。考えながらも、またキスをする。


 少しずつ、胸に漠然とあった不安にも似た焦燥が掻き消されていく。ううん。しゅうくんがくれる優しさに、淡く溶かされていく。


「何がったかは聞かないけど、あんまりいい話じゃなかったってことだけは分かる」

「――――」

「心寧さんの悩みを俺がどうにかできるわけじゃない。でも、俺は藍李さんのカレシで、今はこうして傍にいるから」

「……うん」

「だから、俺にして欲しいことがあったら遠慮せずに言ってください。俺は、藍李さんを笑顔にするために存在ここにいるから」

「……ふ」


 ほんと。

 しゅうくんには敵わないなぁ。

 やっぱりしゅうくんは私の王子様で、女の子の理想のカレシだ。女の子の慰め方というものをよく理解している。


「しゅうくんが私のカレシでよかった」

「藍李さんが俺を素敵なカレシにしてくれたんだよ」

「あはは。そうだね。しゅうくんの全部。私が奪ったんだもんね」

「はい。俺の心も身体も、全部アナタのものです。アナタ以外に渡る予定もありません」

「当然でしょ。しゅうくんは一生私のもの。他の女になんて渡すものですか」


 誰にも渡さない。こんな理想のカレシ。生涯私が一人占めしてやる。


 独占禁止法なんて知らない。彼は私のもので。私が認めて惚れ込んだただ唯一の男性。


 そんなカレシが情けなくすがることを許してくれるから――


「それじゃあ、しゅうくんにお願い」

「なんでしょうか」


 ぎゅっとカレシを抱きしめて、そして、耳元で甘く囁く。


「今すぐ私を抱いて」

「――――」

「今夜は、思いっ切り私を乱してほしいな」

「――分かった。じゃあ、すぐにベッドに行こう」

「うん。悩みなんてどうでもいいと思えるくらい、思考なんて放棄しちゃくらい私をめちゃくちゃにしてほしい。しゅうくんの愛情、いっぱい私に刻み付けて」

「仰せのままに。お姫様」

「へへ。やった」


 しゅうくんのカノジョになれたのは奇跡だ。きっとこの先、私にこんな奇跡は二度と起こらない。


 だからこそ手放したくなくて。手放してはいけないもので。手放せば自分が絶望することを分かっているから。


「「――んんんぅ」」


 趣味も好みも、カラダの相性もいい『奇跡』のようなキミを私の愛情で逃がさないように縛り上げる。


 こんな心の底から愛せる人なんて、世界にどれほどいるか分からないし、いつ出会えるとも分からないのだから。


 故に。


「――しゅうくん。しゅうくん。しゅうくん。もっとちょうだい。もっと、しゅうくんの愛情ちょうだい」

「今日の藍李さんすげぇや。……いいよ。俺の全部使って、アナタを満たしてあげる」


 今夜の私は発情している。


 それに引くことも呆れることもなく全身全霊で付き合ってくれるしゅうくんに、私は「ありがとう」と情熱的なキスで感謝を伝えた。





【あとがき】

今日は更新したい気分だったので日曜更新です。たぶん来週のどっかで休みます。

読者に自分たちの関係値を魅せつけていくスタイル。先生ぇ! この二人隙あらばイチャつくのずるいと思います! 

しばらくこの二人と心寧の温暖差が激しいですが最後までお付き合いください。温暖差というより対比で書いてます。

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