第167話 キミの優しさに満たされて
「ただまー」
「ふふ」
帰省からしばらく経ち、今日は藍李さんが姉ちゃんたちとプールに遊びに行く日だった。
その帰宅を報せる疲弊した声に耐え切れず苦笑を浮かべて、俺はキッチンから彼女を迎えに行く。
のそのそと重い足取りで廊下を歩いている藍李さんをリビングから捉えると、同時に藍李さんも自分の方へ向かってきている恋人に気付いて少しだけ元気を取り戻した。
「ただいましゅうくん」
「お帰りなさい。いっぱい遊んできました?」
「真雪たちに散々振り回されたよ」
「……みたいですね。よく耐えきりました」
「楽しかったけど疲れたぁ」
げんなりしている顔からその凄絶さを察するのは容易で、「お疲れ」と労うことしかできない俺はせめてもの癒しになればと疲弊している藍李さんの頭を撫でた。
「はぁぁ。しゅうくんの匂いと優しさで、減った気力が回復していくよー」
「あはは。藍李さんの疲労を少しでも取れるなら、俺は何でも言うこと聞きますよ」
「それじゃあもう少しこのままでいさせてほしいな」
「リビングに移動しなくて平気? 座った方が休めると思うけど」
「どっちもお願いします」
「ふふ。それじゃあもうしばらく抱きしめてあげます」
ぎゅぅ、と抱きしめれば「ふへへ」と幸せそうな吐息が聴こえくる。
藍李さんのご要望通り廊下でハグと頭を撫でたのち、ほんの少し気力を回復させた藍李さんは持っていた荷物を脱衣所に置いてリビングに戻った。
「すんすん。いい匂いがする」
「メールで夕飯は食べてこないっていってたでしょ。疲れてるだろうし食力無いかもって懸念はあったけど、でも食べなきゃ失った栄気は回復できないですから。なのでカレー作っておきました。あとタマゴスープ。サラダもあります」
「イケメンムーブが過ぎるよしゅうくん!」
「そんなに驚くほどですかね?」
何やら愛しのカノジョが悶えているが、俺としては普通に自分も夕飯食べるし暇だったから作っただけだ。
藍李さんのようにビーフストロガノフを作ったりポトフを追加で作ったりできるほど芸達者ではないので、むしろこんな簡単な料理でも喜んでくれることが俺には嬉しかった。
「いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとうございます」
「こちらこそいつも絶品魚料理作ってくれたり家事そつなくこなしてくれたりいっつも私の気を遣ってくれてありがとうだよぉ」
感極まったように勢いよく抱きついてきた藍李さんが俺の胸で頭をぐりぐりしながら日頃の感謝を言葉にしてくれた。
なんだかいつもより素直な藍李さんに俺はたまらず苦笑をこぼして、それから彼女を抱きしめたままゆっくりとカーペットに腰を下ろしていく。
「しゅうくん。前からずっと気遣い上手だったけど、ここ最近はさらにその質に磨きが掛かった気がする」
「……まぁ、それなりに藍李さんの好みも生活習慣も知れましたからね。知っていれば当然対策ができるし、それに何より、相手がどんなことをすれば喜んでくれるか想像しながら行動するのって楽しくないですか?」
それこそが今の俺の原動力。
褒められたい。笑ってほしい。嬉しいって言って欲しい――実に幼稚な発想だと思う。でも、単調と思える行動理念は時として相手を最も喜ばせる方法だったりする。
そしてその原動力は、きっと彼女も同じだから。
だから、揺れる紺碧の双眸は俺の言葉を聴いて共感するように細まって。
「そうだね。私もしゅうくんと同じ。しゅうくんが喜んでくれることを考えるのが一番楽しい」
「それを実行して相手が喜んでくれると?」
「こんな風に好きが募ってキスしたくなっちゃう」
「してほしい?」
「うん。キスして」
「俺もしたかったです」
「――ん」
募る愛慕を唇に乗せ、俺たちは幸せを噛みしめるように唇と唇を重ねた。
「――藍李さんは頑張るとこんな風にご褒美くれるから、どんどん喜ばせたくなっちゃうんです」
「ご褒美システムってやっぱり偉大だね。相手のやる気を引っ張り出してイチャイチャもできる。まさに一石二鳥。ううん。一石十鳥だ」
「ぷっはは! ……そうですね。これは一生お互いが得する最高のシステムだ」
百害あって一利なしではなく、百利あって一害もない。まさに、メリット尽くしのシステムだ。
それに加えて俺たちは相手を死ぬほど甘やかすから、
「あぁ。今すぐしゅうくんとエッチしたいっ」
「今日は遊び疲れてるでしょ。だから今晩はゆっくり休んでください。入浴剤も買ってあるから。ゆったり浸かって疲労抜いて」
「本当にイケメンカレシ過ぎるよ⁉ 早く結婚しよ⁉」
「俺たち18歳じゃないから結婚したくてもできませんよ」
「むぅ。なんかこう、両家公認なら未成年でも結婚できるような法律になればいいのに」
「まぁまぁ。お互いが結婚できる歳になるまで気長に待ちましょうよ。どうせ結婚してもできなくても、藍李さんとこうして楽しく過ごせる時間は変わらないんだし」
「――ふふ。そうだね。
「そうです。だからさ」
「…………」
「ご飯の前にもうちょっとだけ、藍李さんのこと抱きしめさせて?」
「くすっ。なら私も、しゅうくんともっとイチャイチャしたいな」
「ふっ。ならもっと元気チャージさせてあげる」
「えへへ。ありがと」
結婚はまだできない。
それでも、この温もりが絶えることは永遠にないのだと、
「やば。ムラムラしてきた」
「せっかくのいい雰囲気が台無しです――はぁ。本当に変わらないなぁ、藍李さんは」
ありのままの自分を曝け出して受けいらられる喜びを、俺と彼女は笑い合いながら共有していく。
【あとがき】
ひとあま。無事に☆1200突破しました。
1000は無理だよぉ。1100はキツいかぁ。なんて思い続けて気付けば1200です。
はたして完結までに☆何千いくのか。2000は越えないと思いますが今後も変わらず更新し続けていきます。そして、読者の皆。いつも応援ありがとう。これからも死ぬ気でひとあまと向き合っていくよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます