第3ー6 【 同棲再開と禁断の恋 】
第164話 行ってらっしゃい。おかえり
「――こんな朝早くからカノジョのお家に行くなんてねぇ」
「いいだろべつに。同棲期間は続いてるんだし、それにやかましい姉が起きる前に行かないと。面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁だ」
爺ちゃんたちと別れ、実家に戻って来てたその翌日。
早朝に藍李さんの家に向かおうとする俺に、母さんは呆れた眼差しを向けて嘆息をこぼしていた。
「真雪なら疲れて午後まで起きないでしょうし、もう少し
「なに? 寂しいの?」
「そんなはずないでしょう。己惚れないで」
「じゃあいいだろっ!」
一人分の昼食が減って楽よ、と欠伸を掻きながらそう言う母さんに俺は嘆息をこぼす。
やはり帰省の疲労はまだ抜けていないようで母さんは気怠そうな面持ちだった。今日は父さんも珍しくまだ寝室のベッドで眠っているので、もしかしたらこのやり取りが終わったら母さんも二度寝しに寝室に戻るかもしれない。
「……藍李さんも既読つかないし、たぶんまだ寝てんのかな」
「むしろなんでアナタは元気そうなのよ」
「俺だってまだ疲れ残ってるわ。でも一刻も早く藍李家に戻りたくて目覚めちゃったんだよ」
「そう。本当の家族よりも恋人を優先するのね」
「当たり前だろ」
「あら可愛げのない返事。お母さんしゅうをそんな子に育てた覚えはないわよ」
「めんどくせぇな! 特に引き留める理由がないならさっさと藍李さん
悪乗りがすぎる母親にしびれを切らして怒鳴れば、そんな反抗期の息子を愉しむように母さんはケラケラと笑った。
「冗談よ。しゅうの言った通り同棲期間はまだ続いてるんだし、引き続き夏休み満喫してきなさい」
「はぁ。……ん。一応聞いておくけど、母さんからの注意事項ある?」
「避妊はちゃんとしなさいね。お爺ちゃんが言ってたこと鵜呑みにしちゃダメよ」
「行ってきます!」
付き合ってられるかと言わんばかりに乱暴に会話を終了させて、俺は玄関扉に手を掛けた。
少し顔の朱い息子に、母さんは満足げに笑いながら、
「しゅう」
「――なに?」
「行ってらっしゃい」
「……うん。行ってきます」
「帰って来る時は藍李ちゃんも一緒にね」
「分かってる。でも藍李さんを振り回すなよ?」
「嫌よ。だって私たちも藍李ちゃんのこと大好きなんだから」
「はは。えらく気に入られたもんだな」
「それはしゅうより可愛げがあって素直な子だもの。気に入るに決まってるわ」
「可愛げがない悪かったな」
「冗談よ。だからしゅうもいつでも
「ん。……藍李さんのこと、受け入れてくれてありがとう」
「今更何言ってるの。当然でしょ。しゅうが選んだ子で、真雪の親友の子を、親が認めないはずないでしょ」
「はぁ。やっぱまだガキだな俺」
「――?」
実家の安心感ってすげぇや。それと、母さんはやっぱり偉大な存在だ。
それを全身全霊で感じながら。
「ふぅ――それじゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
深呼吸のあと。笑顔で元気よく、たぶん、今までの人生で一番大きな声で挨拶すれば、母さんは嬉しそうに微笑みを浮かべて俺の背中を見送ってくれて。
そんな母親に見守られながら、俺は力強く玄関扉を開けた――。
***
「……まだ寝てる」
藍李さん家に着くも出迎えはなく、合鍵を尻ポケットに仕舞いつつ藍李さんの寝室をこっそり覗くと、静かな寝息だけが聴こえて俺は音を立てないように扉を閉めた。
「さてとどうするか」
リビングで仁王立ちしながら次の予定を考える。
藍李さんの様子はひとまず確認した。朝食を用意しておくのもいいけど、要らない可能性を考慮すると迂闊に手をつけるわけにもいかない。
洗濯物は溜まってないし、爺ちゃん家から帰って来たばかりだからキッチンに洗い物もない。
掃除は、藍李さんの安眠を妨げたくないから控えておこう。
となるとやることがない。
「うーん。藍李さんが起きるまで大人しく待つか」
忠犬はご主人様の起床を待つが、俺は藍李さんの忠犬兼恋人なのでできれば午前中のうちにやれることをやっておきたい。
「そうだ。今から買い出しに行って、午後は二人でゆっくりしよう」
そうと決まれば早速行動だ。
冷蔵庫の中身を確認して、脳内メモに必要な物を記憶していく。
「うし。アイスと飲み物は買うの確定だな。お茶とコーヒーはあるけど……映画には不向きだな」
家でまったりするなら映画は最適だ。午後の予定もなんとなく方針を固めていきつつ、家時間を楽しむ為の準備も同時に進める。
メールの着信音で起こしても申し訳ないので、書置きだけ残して俺は家を出た。
「今日のお昼。それと夕飯はどうするか」
そんなことを考えながら、俺は近くのスーパーへ。
「お昼はうどんにするか。でも藍李さん食力あるかな」
きっと疲れているだろうし、家に帰っても起きてるとは限らないか。
「ヨーグルトとビタミン系の飲み物も買っておこう。うどんは……まぁ夜でもいいか」
藍李さんの体調も考慮しつつ、カゴに商品を入れていく。
疲労回復に効くもの。シンプルに美味しいもの。作り置きできるもの。それからお家でまったりするのに重要なお菓子やアイスといったものをひたすらカゴに入れていけば、
「うっ……重」
商品を清算して買い物袋に詰めた時は買い過ぎたと頬を引きずる羽目になってしまった。
午前中だろうが八月の猛暑は凄まじく、うだるような暑さに汗が滝のように流れてくる。やっと思いでどうにか無事マンションへと帰還を果たせば、同じマンションの住人である親子と短い挨拶を交わして214号室へと着いた。
「ただいまー」
藍李さんが起きているか怪しいので、帰宅の報せは声を抑えてした。
ぱたぱたとスリッパの足音を立てながらリビングに戻ると、
「おかえりしゅうくん」
「あ。起きてたんだ」
「うん。少し前に起きました」
俺の思惟は杞憂だったようで、買い出し中に起床していた藍李さんが淡い微笑み浮かべて俺を迎えてくれた。
「書置き見たよ。ごめんね寝てて」
「ううん。疲れてるだろうし起こさない判断をしたのは俺ですから。っとすいません。話す前に冷凍庫にアイス仕舞っちゃっていいですか?」
「溶けたらマズイね。そうしよう」
二人で冷蔵庫に向かい、そこで買ってきたものを冷蔵庫に仕舞っていく。
「けっこう買い込んできたんだね」
「冷蔵庫に何もなかったので。それに、今日はどこも行かず家でまったりした方が身体も休められるでしょ?」
「しゅうくんが気が利くカレシ過ぎて幸せ」
込み上がる感情を爆発させるように大仰な吐息をこぼす藍李さんに俺は苦笑い。
「もうお昼近いですけど、どうしますか? 朝食食べる?」
「んー。あまりお腹は空いてないからなぁ」
「ふふふ。それも考慮してヨーグルト買って来ました」
「え嬉しい! 実はヨーグルト食べたい気分だったの」
「ビタミンドリンクも買ってきておいたので、ヨーグルトと一緒に飲んでください。少しは疲労回復に効くと思うから――うわっ」
エコバッグから藍李さん用に買ったものを色々と取り出していると、不意に後ろからぎゅっと抱きしめられた。
どうしたのかと顔を抱きしめてきた藍李さんに向けると、前髪からわずかに覗く口唇が綻んでいるのが見えて。
「そんな思いやられると、好きって気持ちを抑えられなくなっちゃうよ」
「カノジョを
「――うん。そうだね。私も、しゅうくんにはずっと元気で健康でいて欲しい。そのためにたくさん美味しいご飯を作るし、しゅうくんが私の傍にいて幸せだっていつも思えるように尽くす」
「それならもう間に合ってます。藍李さんの傍に居られることが、俺の一番の幸福ですから」
お互いに、相手の傍にいることが一番の幸せ。それをこれからもずっと続けていくために、相手にはずっと元気でいてほしい。
その為に必要なのは。美味しい物をたくさん食べることと健康。しっかり寝ること。それから休息だ。
「今日は一日ゆっくりして、ずっと一緒にいましょう。その為に必要なもの買ってきたから。藍李さんの好きなものもね」
「ほんと、しゅうくんは優しくて頼り甲斐のあるカレシだね」
「見直した?」
「ううん。更新した」
「ふはっ。その感想は超嬉しいな。モチベーションめっちゃ上がります」
好きって気持ち。優しさ。頼りになる人。彼女の中で俺の評価が更新される喜びは、きっと俺以外誰にも分からない。
俺以外は分からなくていい。この喜びは独り占めする。
感嘆に思わず笑ってしまいそうになりながら、俺は身体の向きを変える。
変えて、それから真正面から藍李さんを抱きしめ返した。
「ふふ。甘えん坊なしゅうくんも大好き」
「甘えさせ上手な藍李さん大好きです」
こうして人目を憚らず思いっ切り抱きしめ合うのも五日ぶりで、その空白期間を埋めるように俺と藍李さんは強く抱擁を交わした。
「――おかえり。しゅうくん」
「……うん。ただいま」
かくしてまた、俺と藍李さんの同棲生活が再開した。
【あとがき】
3章ラストはしゅうと藍李の同棲再開と心寧、鈴蘭がメインの回になります。
全10話ほどの予定ですので、今週から始まる6幕【同棲再開と禁断の恋】をお楽しみください。「マジで⁉」が連続するひとあまから目を離すなよぉ?
そして作者のほうから一つ物語において修正がありまして。修正内容は柚葉のバイト先についてです。
調べたところ、どうやら柚葉の務める先は【高校生NG】だったみたいで、本作を読んでくださる読者様に誤解を招かないようそちらを勝手ながら修正させていただきました。
柚葉のバイト先は【スタパ】から【喫茶店】に変更になります。もう読者全員覚えてる内容か怪しいけど、今後の展開で必要になるので前もってご報告させていただきました。
今後の展開、とはつまりそういうことです。柚葉大好きな読者さん。作者から一言だけ「――超お楽しみあれ」です。
ではまた次回の更新で~
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