第162話 緋奈藍李はブレない
そろそろ帰省も終わる頃。今日私はしゅうくんのお婆様、真紀さんと親睦を深めるべく一緒にいなり寿司作りに挑戦していた。
「そうそう。具材を均等に。満遍なく酢飯と混ぜるようにするんだよ」
「こんな感じですかね?」
「うん。とっても上手だよ」
奮闘する私の後ろで、感嘆とした吐息が聴こえてくる。
「藍李さんはまだ高校生なのに手慣れてるのぉ」
「そりゃ藍李さんの作る料理はどれも絶品だからな。一度藍李さんの料理食べたらもう二度と他の料理じゃ満足できない」
「しゅうくん恥ずかしいからやめて⁉」
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、和義さんと真紀さんの前で豪語されると私の方が恥ずかしくなる。
羞恥心のあまり顔を真っ赤にしてしゅうくんを睨めば、彼は「うぃっす」と委縮してまた和義さんとの雑談に戻った。
「雅日の男は愛情表現に富んでるから、気を付けないといけないよ」
「十分承知しております」
本当に身を以て体験しているので、真紀さんの忠告に私は深く頷いた。
お互いに雅日の男に惚れた者同士でその苦労を共感しつつ、私は引き続き真紀さんからいなり寿司の指導を受ける。
「全体に混ぜたら最後はいなりに詰めていくだけ」
「これで完成ですか。作る前は難しそうだと思ってましたけど、実際に作ってみたら意外と一人でも作れそうですね」
油を抜く工程や味の染み込ませ方は家に帰ってから何度か試す必要がありそうだけど、真紀さんの説明が丁寧で理解しやすかったおかげでそんな自信が持てた。
練習を重ねればメモも見なくてもできそうだな、なんて胸中で思っていると、スムーズに酢飯を油揚げに詰めていく真紀さんがくすくすと笑いながら言った。
「結局どんなことも慣れてることが重要なんだよ。初めは何も分からなくて四苦八苦するけれど、一つ、二つと地道に練習や経験を積んでいけばレシピなんか見なくても作れるようになる。それに、ただ
「――くすっ。ですね」
にやりと、不敵な笑みを浮かべたお婆様に真雪の笑顔が似重なって、私は思わず失笑してしまった。
やっぱり雅日家は皆個性豊かだ。真紀さんは淑やかな女性なのかと思ったけど、全然そんなことはなかったみたい。彼女もまた雅日の人間。そして和義さんが惚れ込んだ女性。その人物は、淑やに見栄て存外アグレッシブな人で。
流石は真雪と真織ちゃんのお婆ちゃんだと、こうやって彼女と会話して思い知る。
そんな真紀さんと和義さんを筆頭にした個性豊かな面々。そして温かな家族の一員に将来加われることが、今から待ち遠しくて仕方がなくて。
「私も早く『雅日』になりたいな」
「焦らなくても大丈夫。私たちはもう、藍李さんのことをちゃんと『雅日』の人間だと思ってるよ」
「――っ!」
ぽつりと、零れ落ちた焦燥。けれどそれは私を見つめてくる温かな目に一瞬で溶かされて。
「この四日間。アナタとしゅうを見てたら二人がどんなに想い合っているかなんて聞かなくて分かる。――藍李さんのしゅうへの接し方は、好きな人を幸せにしたいと思ってる接し方だ」
「……はい。しゅうくんは私が責任を持って幸せにします」
「ふふ。そういう矜持は雅日の女全員が持ってる気質なんだよ。つまりね……」
お婆様は一拍継いでから、優しく、穏やかな声音で私に言ってくれた。
「藍李さんがしゅうを幸せにしたいと思ってくれるなら、しゅうもアナタの想いに全力で応えてくれる。それが雅日家の夫婦の在り方」
「――――」
「そして、私と爺さんの自慢の孫は、絶対に相手を泣かせるような真似はしない。もし藍李さんを泣かせるようなことがあったら、その時はしゅうを家族全員で叱ってあげる」
「しれっと恐ろしいことを……はぁ。心配すんなよ婆ちゃん。裏切り気は一生ないから。俺はもう、藍李さんを『幸せ』にするって決めてるから」
「ふふ。言うようになったねぇ」
「当然だ。俺は藍李さんに
お婆様の言葉を継ぐように覚悟を吐露したしゅうくんに、お婆様は微笑んでお爺様はそんな可愛い孫の頭を嬉しそうに乱暴に撫でた。
「しゅうは人の心に寄り添える優しい子に育ってくれた。でもこんな風に自分の想いをちゃんと伝えられるようになったのは、きっと藍李さんのおかげなんだろうね。だから、ありがとうね。しゅうを一人の男として立派に育て上げてくれて」
「――いえ。私のほうこそ、しゅうくんに自分を変えてもらいました」
しゅうくんと出会っていなかったら、こんな優しい温もりに触れることなんて一生なかったと思う。
他人のご機嫌を
そんな人生を変えてくれたのはしゅうくんだ。
しゅうくんが、私の全部を変えてくれた。
人を好きになる喜び。
本音を
それに何よりも、私の手を離さないで握ってくれる幸せが、今の私を作ってくれた。
私のほうが、しゅうくんにたくさんのものを貰ってる。
だからこそ、私はしゅうくんを幸せにしたい。
全力で、なりふり構わす、自分の生涯を捧げてでも、私はしゅうくんを幸せにするんだ。
「人はずっと変われる。でも、お婆ちゃんから藍李さんにお願いしたいのは一つだけ」
「はい。何でしょうか」
「しゅうをよろしくね」
「――はい。お婆様の可愛い孫は、緋奈藍李が責任を持って幸せにします」
生まれて初めて知る。お婆ちゃんの優しさと、その温もりを。
それと同時に、雅日家の硬く築き上げられた家族の絆、その片鱗に触れることができた気がして。
いつか『雅日藍李』になる自分に、誇りと自負を抱いて頷いた。
【あとがき】
藍李さんとお婆ちゃんの微笑ましい会話の中で、しれっとイケメンムーブを決めるしゅうくん。これにはお爺ちゃんにも思わず鼻高になっちゃいます。
爺ちゃん「これがワシの自慢の孫じゃ! わっはっは!」
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