第160話  夏祭りデート

「くっそあの姉。俺に金だけ渡してパシリやがった」


 一度姉の言う事を聞いてしまったが仇だった。「あれを買ってこい、これを買ってこい」と次々に要求されて、せっかくの楽しい夏祭りなのに屋台を駆け回る羽目になってしまった。


「ちっくしょぉ。もう二度とあの姉の言うことなんか聞いてやらん。もう絶対にだ」


 弟をパシリにした姉は今頃親友と従姉弟たち足を休めている頃だろうか。全く以て遺憾いかんだ。姉ちゃんの分のたこ焼きだけロシアンルーレットに変えてやりたい気分。


「藍李さんと夏祭りデートもできないし、踏んだり蹴ったりだなこれは」


 帰省も三日目終盤。なんだかんだ藍李さんといい思い出は作れたが、でも二人きりでいられた時間はやっぱり少なくて、同時にそれが少しだけ惜しかった。


 藍李さんを爺ちゃん家に連れてきた目的が、彼女を婚約者として紹介する為で恋人同士の思い出を作る為に来たわけじゃないのは分かってる。


 でも、決して器の大きくない俺は、どうしたって焦がれてしまうのだ。


 せめてほんの一時。一瞬でもいい。


 憧れの先輩と、夏祭りデートしたか――


「――しゅうくん」

「っ!」


 不意に、周囲の喧噪けんそうを上書きするような、銀鈴の鈴のような声音が俺の名前を呼んだ気がして、足が地面から離れなくなった。


 通り過ぎていく人々。賑わう世界が静止するような感覚を味わいながら声のした方へ振り返れば――そこには淡い微笑みを浮かべる彼女だけを黒瞳が捉えて。


「私と一緒に夏祭りデート、しよ」

「――――」


 それはカゲロウが見せた幻影でも、妄想が生んだ幻でもない。


 緋奈藍李という女性は、どこまでも大好きなカレシの下へとやって来る。


 それは彼女の習性であり性質であり。そして、一人の気が利く姉からのプレゼントだった。



 ***



「もぐもぐ……いいのかよ姉ちゃん」

「はにが?」


 石垣に腰を下ろして焼きトウモロコシを従姉弟たちと食べていると、不意に翔が主語のない問いかけと懐疑的な眼差しを向けてきた。


 こくりと首を傾げた私に、翔は口に入れたトウモロコシを飲み込んでから、


「藍李姉ちゃんをしゅう兄ちゃんの所へ行かせてさ」

「あー」


 たった数日ではあるが、翔は私が藍李のことを大好きなのを看破した。まぁ、あれだけ藍李にベタベタくっ付いてたら誰でも分かるか。


 そんな翔はどうやら私が取った行動に疑問を感じているらしく、「いつもしゅう兄ちゃんと藍李姉ちゃん取り合ってるのに」と地味に心に刺さる感想を添えて住姉を見つめてくる。


 私は翔の問いかけに頬を引きつらせながら、


「私は寛大なお姉ちゃんなので、たまにはしゅうに藍李を譲ってあげないと可哀そうだと思って」

「? でも藍李姉ちゃんってたしかしゅう兄ちゃんの婚約者だよな? その場合って譲るのは姉ちゃんの方なんじゃないの?」

「ぐぬぬ!」


 小三に論破されると精神的ダメージが凄い!


 一言一句その通りで、私は小三の従弟にぐうの音も出ない。


「真雪お姉ちゃん。藍李姉ちゃん独り占めするのよくないよ」

「こっちもか!」


 兄の意見に同調して追い打ちを掛けてきた純真無垢な真織に、私は今度こそノックダウン。


 すっかり意気消沈した私を見かねてなのか、ボコボコにしてきたのは二人なのに労わるように背中をさすってきた。


「うぅぅ。すいませんね我儘わがままな姉で!」

「大丈夫! 姉ちゃんがワガママなのは俺たち昔から知ってる!」

「フォローになってない!」

「元気出して真雪お姉ちゃん。藍李姉ちゃん、可愛いから独り占めしたい気持ちは真織もよく分かる」

「真織!」

「……でも、しゅうお兄ちゃんのじゃまするのもよくないと思う」

「ごもっともで!」


 どちらかといえば真雪お姉ちゃんよりもしゅうお兄ちゃんが好きな従姉弟たちはしゅうの味方をする。特に真織はしゅうと藍李のことを気に入っている様子だ。理由はこの三日間、二人がずっと自分に構ってくれたからだろう。


 しゅうは元から真織には甘かったけど、藍李も庇護欲を刺激されたせいか自分の妹のように真織を可愛がっていた。流石は雅日家の天使だ。我が校一の美人と評される女の心を奪うとは中々やりおる。


 共に惹かれ、認め合い、今では二人ともすっかり仲良しだ。まるで私と藍李のよう。え、しゅうはどうかって? ふんっ。知るかあんなヤツ。


 やっぱり、私から大好きな親友の一番を奪った弟は気に食わない。認めてないわけじゃないし、二人が付き合って一番嬉しいのは私だけど、でも、複雑な気持ちはやっぱり変わらなくて。


 それでも私はしゅうのお姉ちゃんだから。


 いつもはワガママで、弟を振り回すダメダメなお姉ちゃんだけど、


「あぁ! やっぱり私も藍李と夏祭りデートもっと楽しみたい~!」

「まぁまぁ。真雪姉ちゃん。そんな悔しがるなよ。せっかくのいい女が台無しになるぞ」

「本当に小三かアンタ」


 不覚にもドキッとしちゃったじゃん。私カレシいるけど。やはり雅日の血筋は伊達じゃないな。


 翔に慰められ、


「今回の真雪お姉ちゃんはすごくいいことをしたと思うよ。真織がいいこいいこしてあげる」

「真織~」


 小一の幼女に励まされ、


「うぅぅ。そうだよね。お姉ちゃん。今回は英断だったよね」


 自分で自分を肯定する。


 これが私。雅日真雪の立ち直り方なのだ。


「「うん! 姉ちゃんは偉いよ!」

「ありがとう二人とも~!」


 そうやって可愛い従姉弟たちから元気をもらって、私は悶々とする気持ちを爆発させるようにトウモロコシにかじりついた。


 齧って、齧って、齧りまくる。


 そのまま豪快にコーンを歯で噛み砕いて、ゴクンッ、と音が鳴るほど勢いよく飲み込む。


 そうすれば、胸に湧き上がった悔しさが少しだけ晴れて――しゅうの姉として、藍李の親友として、また胸を張れる自分に戻れた気がして。


「今回だけなんだからね」


 そう今回だけだ。


 だから。


「――お姉ちゃんがセッティングしてあげた夏祭りデート。しっかり楽しんできなさいよ、二人とも」


 従姉弟たちの面倒はこの頼れるお姉ちゃんに任せて、存分に満喫してこい。

 



【あとがき】

たまにはいい所見せるのがお姉ちゃんらしい。いつもワガママで好き放題やる真雪姉も俺は大好きだけど。


あ、昨日もひとあま☆レビューいただけました! あざっす!

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