第159話 アナタ(キミ)と彩る夏祭り
ピンクを基調とした生地に、モノトーンの百合花が
艶やかで鮮麗な黒髪は掻き上げられて更に
夜にだけ咲く大輪は――今、周囲の羨望を受けながら俺の隣に微笑んでいる。
「おぉ。けっこう賑わってるねぇ」
「そりゃ近所の人たちがこぞって集まって来てますから」
三日目の夜。婚約者と姉ちゃん、そして従姉弟たちともに、俺は近所で開かれている夏祭りに参加していた。
「はふはふ。そういえは私、あいひとまふりくるのはひへめかも」
「食いながら喋るな……つか食うの早ぇよ。まだ着いて一分も経ってないぞ」
いつの間にか手にイカ焼きを持っていた姉ちゃんに俺はやれやれと肩を落とす。
呆れる俺を無視して、姉ちゃんは「んぐ」と口に含んでいたイカ焼きを流し込んでから改めて言った。
「そういえば、藍李と夏祭りに来るのは初めてだね!」
「……言われてみればそうね。去年の夏は真雪と遊んだ記憶ないわ」
「あの頃はまだ私たちも林間学校の時に知り合ったくらいでまだ親しいってほどの仲じゃなかったもんねー」
なんとなく気になる話題で、俺は口を閉じて二人の会話に耳を傾けた。
「そのあとからだったよね。一緒にお昼ご飯食べたり、放課後心寧や鈴蘭と一緒に遊んだり。四人で過ごす時間が多くなったのは」
「そうそう! 休日に遊びに行くようになったのもその頃からだったよね」
「真雪が私にしつこくまとわりつくようになったのもその時期からかしら」
「しつこくって酷くない⁉」
「冗談よ――感謝してるわ。私を振り回してくれて」
「――っ! ふへへ。私も、いつも一緒にいてくれてありがと」
懐かしい思い出に親友同士は微笑みを交わし合い、芽生えた友情が今なお固く結ばれていることを再確認する。
俺が藍李さんへの想いで誰かに負けることはないと自負できるが、けれどこうして同じ瞳に親愛が込められている光景を見ると、やっぱり姉ちゃんも藍李さんのことが大好きなんだと思い知らされて。
「両手に花ならぬ、両手に姉弟ですね」
「――。ふふっ。そうだね。二人とも大好きだよ」
「俺も大好きですよ」
「私も藍李のこと大好き!」
「わぷっ! もぉ。急に抱き着かないでよ。びっくりするでしょ」
俺は言葉で、姉ちゃんは言葉と態度で藍李さんに全力で伝える。
アナタのことを世界で一番『好き』って気持ちを。
俺は異性としての信愛を。
姉ちゃんは友達としての信愛を。
そうやって世界一を二つ、独り占めする女性は嬉しそうに双眸を細めて、
「――幸せすぎて死んじゃいそう」
潤んだ紺碧の瞳が、泣くのを必死に堪えながら久遠の愛情を受け止めた。
***
「すっげぇ真雪姉ちゃん!」
「ふっふーん。東北のガンマンの異名を舐めてもらっちゃ困るね!」
「適当に自分の異名つけんな」
「そんなこと言うならアンタもやってみなさいよ」
「いや俺は姉ちゃんと違って散財する気ないから」
「ぷっふー。自信ないんだ? ダッサー」
「カッチーン。あぁいいじゃねえかやってやるよ! 東北のスナイパー舐めんなよ!」
「アンタも適当に異名付けてんじゃん……」
笑い合える思い出は永遠であれど、こうして家族で揃って笑い合える回数はあとどれだけか。
日々の景色が留まらず巡り続けるように、俺たちの時間が進み続けて変化をもたらすのは止められない。
この世界に不変なものなどない。だからこそ、『今』この瞬間を思い切り楽しんで、胸に刻み込む。
「藍李! 藍李! イエーイ!」
「んむっ⁉ ちょっとまっへ!」
「くあぁぁ! 無防備な藍李も可愛いなぁ! 可愛すぎて早く義妹になってほしい!」
胸に刻み込む思い出と、カメラに残す楽しい時間。
「しゅうお兄ちゃん。真織あの仮面欲しい」
「いいよ。兄ちゃんが買ってあげよう」
「しゅう兄ちゃん俺はこれ!」
「……まぁ、翔も可愛い
そろそろ財布の中身が気になりつつ、可愛い従姉弟たちに財布の紐を緩めていると、
「しゅうお兄ちゃん真雪はわたあめが食べたい!」
「普段横柄な態度取るくせにこういう時だけ調子いいなまったく」
この流れに便乗するように翔と真織の間で挙手する姉に俺は大仰にため息を吐く。相変わらずこの姉は都合のいい女だ。
いつもなら「自分で買えっ」と尻を蹴っ飛ばしてるが……、
「……今回だけだからな」
「いいの⁉」
今日は特別だ。
「たまにはな。いつも藍李さんを笑顔にしてくれてることへの感謝ってことで」
「――しゅうのくせに生意気」
「じゃあ奢ってやらん」
「冗談だよ。こっちこそ、藍李を『幸せ』にしてくれてありがとね。しゅうにしては中々やる」
「……最後の一言余計だっつの」
「にしし」
普段は言えないようなことも、祭りが気分を高揚させてすんなりと感謝の念を吐かせる。
そうして普段喧嘩ばかりする姉と珍しく微笑みを交わし合っていると、
「しゅうくん。私はかき氷が食べたいな」
「藍李さんまで……でも、藍李さんはいいよ。好きなだけ食べたいもの言ってください」
淡い微笑みを浮かべる藍李さんが従姉弟たち、姉ちゃんたちに続くように催促してきた。カノジョがそれをご所望ならと親指を勢いよく立てると、何故か全員が羨ましそうに俺と藍李さんを見つめていて。
「私もかき氷食べたい!」
「何言ってんだ。かき氷は自分で買え。奢るのは綿あめだけだ」
「しゅうのケチ!」
「弟にたかろうとするな!」
「しゅう兄ちゃん俺もかき氷食べたい!」
「真織も食べたい!」
「二人もちゃんとお母さんからお小遣い貰ってるだろ! 少しは自分で買いなさい!」
「「しゅう兄ちゃんが買ってくれたものが食べたい」」
「「なんだその妙な拘りは! だぁぁもう! 全員で俺の財布空にする気か⁉」
満点の星空に向かって嘆く俺に、藍李さんたちはお腹を抱えて盛大に笑う。
夏を彩る思い出は更新していく。
それはいつまでも、この胸に刻み込まれて色褪せることのない大切な思い出で。
【あとがき】
3章もそろそろ完結。そこでちょっと近況報告とか今後の更新内容についてお報せする予定です。
悲しいお報せとかではなく、ひとあまを続けていくためのお報せなのでご心配は無用です。今後もひとあまを応援してくれる読者さまに楽しんで読んでいただけるように努力していきますので、ひとあまを変わらず読んでいただけると幸いです。
さて、今日も一日がんばるぞー!(公開されてる時間は絶対に寝てるけど)
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