第158話  写真には収まり切れない思い出

「ふぃー。ざっとこんなものか」

「どうじゃ真織! 爺ちゃんとしゅうの最高傑作を!」

「うわぁ! お爺ちゃんもお兄ちゃんもすごい!」

「ぬっはは! そうじゃろそうじゃろ!」

「本当に立派な砂のお城だねぇ。……でもちょっと大きすぎない⁉ これもうアートだよ⁉」」


 無事にナンパから救出されて(俺がナンパされないように腕に絡みつくように抱きつかれながら)テントに戻ったあとは昼食を取り、その後も家族と海を思いっ切り満喫していた。


「真雪姉ちゃん見てみて! 前のしゅう兄ちゃんの真似―!」

「ぎゃはは! 翔天才! めっちゃ似てる!」

「許さねぇぞこのクソ野郎どもー!」

「「逃げろー!」」


 砂浜に堕ちていた海藻かいそうを拾って根暗だった頃の俺を再現する翔と、それに腹を抱えて笑う姉ちゃん。馬鹿にしてくる姉と従弟に怒りを爆発させた俺は重火器(水鉄砲)を持って二人を追いかけた。


「……楽しそうにはしゃいじゃって」

「あはは。いいじゃないか。元気な子どもたちの姿はいつ見ても見飽きない」

「久遠くんはずっとあの子たちに甘いわね」

「ふふ。子どもたちよりも俺は李乃を甘やかす方が好きだけどね」

「――っ! ……ばか」


 両親も何年経っても変わらずお熱いようで何よりだ。


「一真くーん。ジュース取って~」

「はい。……それにしても朱音。海に来てからずっと義母かあさんとテントに引きこもりっぱなしだけど、泳がなくていいのか?」

「だってテントでごろごろしてた方が気持ちいいんだもーん。それにしゅうたちが翔たちの相手してくれるから私は気兼ねなくのんびりできるしぃ」

「はぁ。母親になって少しは直ったかと思ったけど、朱音のこういう所は昔から何も変わってないな」

「苦労させてばかりで申し訳ないねぇ、一真くん」

「いえいえ。もう慣れっこですから。それに、なんだかんだ言って俺も朱音とのんびり過ごせるのは好きですし」

「熱いねぇ」


 雅日家の男は全員。もれなく相手に甘い。……人前で堂々と妻の頭を撫でるとか、見せつけてるなぁ。それをこっそり隠し撮りする婆ちゃんも海を満喫しているようで何よりだ。


 家族たちの和やかな景色。それに一瞬だけ気を取られていると、


「ぶへっ!」

「あはは! よそ見禁止だぞ!」


 いつの間にか忍び寄っていた姉ちゃんに水鉄砲を奪われた挙句、水弾を顔面にぶっかけられてしまった。


 弟を弄んで心底愉快そうに笑う姉ちゃんの挑発に、俺は止めていた足をまた走らせた。


「のやろっ……待てこらー!」

「きゃー! 逃げるぞ翔―!」

「にしし! しゅう兄ちゃん追い付てみろよ!」

「元陸上部舐めんじゃねえぞ!」


 こうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていく――。



 ***



「翔。どっちの線香花火が長く持つか勝負だ!」

「いいぜ! ぜってぇ姉ちゃんに負けないからな!」

「真織も負けない!」


 海で遊びつくしたというのに二人とも夜になってもまだ元気で、庭でのバーべーキュ後に線香花火を片手にバチバチと火花を散らしていた。


 二人の勝負に珍しく真織も参戦していて、微笑ましい夏の光景に自然と口許が綻んでいると、


「しゅうくんは参加しないの?」

「はい。今日はもうあの二人と遊ぶ気力ないです」

「あははっ。しゅうくん。海で二人に散々揶揄われてたもんね」

「途中で藍李さんもしれっと参加したくせに」


 というより、全員に揶揄われた。


 ジト目で睨めば藍李さんはくすくすと笑いながら「ごめんね」と舌を出して悪びれもなく謝った。俺もそこまで気にしてることではないし「いいよ」と笑って済ませたあと、藍李さんは静かに手を重ねてきた。


「――楽しいね」

「……うん」


 ぽつりと、呟くように胸裏に秘める想いを吐露した藍李さんに、俺も静かに頷く。


「しゅうくんと二人でいる時も楽しいけど、でも、こうして皆で夢中で遊びつくす時間がこんなに楽しいなんて知らなかった」

「藍李さん。意外と外に出るより家にいる方が好きだもんね」

「だって家の方が気楽でしょ?」

「あはは。たしかに」

「でも、真雪と出会って、心寧や鈴蘭と友達になって、そしてしゅうくんと付き合って知った――誰かと触れ合う日々が、こんなにも胸を満たしてくれることを」


 紺碧の瞳が、羨望と憧憬を湛えて揺れている。


 彼女が『楽しい』と思える光景を、その瞳越しから共有して。


「俺も知らなかったです。好きな人とこんな風に、大切だと思える時間を共有できることがこんなに嬉しいなんて」

「――――」

「藍李さん。俺の好きを『好き』になってくれてありがとう」


 翔も真織も、父さんも母さんも、姉ちゃんも――皆、俺にとっては大事な家族で、大切な人たちだ。


 俺の好きな人たちを好きになってくれた彼女には、感謝が尽きなくて。


「こちらこそ。私に雅日家と出会わせてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 重ねた手のひらに。交わす言葉に。見つめ合う瞳に。相手への恋慕と感謝が募っていく。


「こういう時、いつもならキスする流れなんだけどね」

「ふっ。そうだね。でも、今は家族が目の前にいるので、キスは家に帰ってからのお預けで」

「我慢できる?」

「できるかできないかではなく、我慢しなくてはいけませんから」

「くすっ。また前みたいに暴走しないといいね」

「あれはっ……あの時は藍李さんが散々俺のこと焦らしてきたからでしょ。過度なボディタッチされなければ、俺はちゃんと我慢できますよ」

「えぇ。そう言われる暴走させたくなっちゃうなぁ」


 全くこの小悪魔は。


 いつもいつも、俺を振り回してくれる。


 でも、それが愛おしくて愛おしくて、俺に夢中になってくれていることが嬉しくて仕方がなくて。


「藍李さん」

「なに?」

「好き」

「――っ」


 そんな想いが溢れて抑えきれず、不意打ちを暮らせるように彼女へ恋慕を伝えると、紺碧の双眸が大きく見開いて。


 淡い微笑みを象る藍李さんは俺と同じ想いを、同じ熱量で返してくれた。


「しゅうくん」

「はい」

「愛してる」

「――うん。俺も」


 家族には聞こえないように、縁側に座る自分たちだけに聞こえる程度の声で、俺たちは愛情を確かめ合った。


 帰省中は限られている恋人との甘い時間。故にこそ、こうして二人でいられる時は思い切っりカノジョカレシがくれる温もりに浸る。


 そんな束の間の甘い時間を邪魔するのは、いつもこの人で。


「二人とも何イチャイチャしてんの! 早くしないとしゅうの分の花火全部使い切っちゃうよ!」

「はぁ。俺のは最悪いいけど藍李さんの分は絶対取っておけよ」

「何言ってんの。藍李の分はちゃんと取ってあるに決まってるでしょうが」

「もう少し弟に優しくしろよ」


 腹立たしい催促をしてくる姉ちゃんに盛大なため息を落とす。そんな俺の隣では、藍李さんが笑うのを必死にこらえていて。


「本当に、雅日家は皆仲良しだね」

「……やかましいだけですよ」


 羨ましそうにそう言った藍李さんに、俺は照れくささを誤魔化すようにそっぽを向いたのだった。





【あとがき】

恋愛経験0の人間がこの作品書いてる度に思うよ。

「あ、こんな青春送りたかったな」って。

しゅう。お前が本当に羨ましいよ。(ノД`)・゜・

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