第157話  躾けはしっかりと

 客観的に見ると雅日柊真という男の子は中の上……いや、異性から見ればかなりの上物といえるだろう。


 身長は170前半と高校一年生では平均身長以上はあり、体格も中学では陸上部に所属していて最近では愛しのカノジョのために筋トレと運動に励んでいるからか細身のわりにしっかりと筋肉があって身体が引き締まっている。


 藍李が興奮する身体は他の女性も例外ではなく、それに加えて精悍せいかんな顔つきと切れ長の目つきとまだ青年に成り切れていない面貌には高校一年生らしからぬ魅惑的なギャップがある。


 元陰キャ男子。最愛の人の隣に立つに相応しい存在となるべく遂げたその華麗なる転身は――思いもよらぬ形で自分を窮地きゅうちに立たせることになっていた。

 

「ねぇねぇ! キミ一人? よかったらお姉さんたちと一緒に遊ばない?」

「私たちのテントで気持ちいいことしな~い?」

「……いえ。連れがいるので」


 おかしい。こういうのって普通逆だろ。


 休憩したいと言い出した翔と真織を母さんたち保護者のいるテントに送り届けて、飲み物を買いに海の家に向かった藍李さんと姉ちゃんの下へ合流しようと小走りで向かっていた最中だった。


 突如、見知らぬ女性二人組に声を掛けられてしまい、嫌な予感がしたのと的中したのは同時。いつかの再現映像のように、りずにまた女豹ナンパに捕まってしまった。


「連れってお友達? キミの友達もカッコよかったらお姉さんたちに混ぜてあげてもいいよ」

「え~。でもキミ的には私たちを独り占めしたほうが満足度高いと思うよ。賢い選択期待してる」


 なら逃げるが一番賢い選択だ。こんな状況、藍李さんに観られたらと思うと今からでも鳥肌が止まらない。場合によってはその場で調教が始まる可能性がある。俺はナンパよりもそっちの方が百倍怖いんだっ。


「あ、あのすいません。俺ほんと急いでるんでっ!」

「なんでそんなのに急いでるの? あ、もしかしてカノジョ待たせてるとか?」

「えぇ。こんな場所でカノジョ一人待たせてるとか危なくなーい?」

「もしかしたらそのカノジョちゃんもナンパに遭ってるかもね~」


 そうならない為に迅速に駆け付けたいんだよ。早く退いてくれ。


 やんわりと否定し続けているせいでナンパ女子二人は増々調子に乗るばかり。たぶん、このまま攻め続ければいつか俺が落ちるとでも思っているのだろう。


 その思案は全く以て浅薄せんぱくなのだが、しかし俺も相手がか弱い女性という手前強く出れない。今もジリジリと均衡を保っている距離を着実に詰められている。


『あぁもう、なんで俺がナンパされてるんだよ』


 中学までは一度もモテた験しがないのに、高校生に上がってからというもの女性に絡まれる経験が圧倒的に増えた。それも身なりを気にし始めた時からだ。


『他にもイケメンはごまんといるだろうに』


 まぁ、彼女たちからすればその中でも俺は特に捕まえやすそうな獲物だったのだろう。実際、こうして強気に出れず追い込まれている訳だし。


 でも、いつまでもこんな所で道草を食っている訳にもいかないので、


「あのっ。すいません。俺本当にすぐに行かなきゃ――ひえっ」


 このまま不毛な攻防を続けていても両者互いに時間を無駄にするだけ。ならば力づくで包囲網を囲む二人から脱出しようとした、その時だった。


 不意に、前方から只ならぬ殺気を感じ取って、反射的に背中がゾクリと震えた。


『しゅ~~う~~く~~ん?』

「あ、あああ藍李さん……っ⁉」


 うっそいつの間にすぐ近くに来てたの⁉


 しかも、


『超怒ってる⁉』


 ゆっくりと歩きながらこちらに近づいてくる藍李さんに、俺だけでなくナンパ女子たちまでもが「マズッ⁉」と顔面を蒼白にさせる。


「ちょ、ちょっと待って藍李さん! これは誤解! 誤解なんです!」

「言い訳はいいから。そこで大人しくしてなさい」

「わ、わん!」


 こ、怖い!


 にこっと、顔は笑っているが目が笑っていない藍李さんに身体が条件反射で硬直する。


 俺にナンパを吹っ掛けていた二人も恐怖のあまりか、あるいは動けば殺されると分かっているのかその場から身動きできず足をがくがくと震えさせている。


 少しずつ、俺との距離を詰めていく藍李さん。ゆっくりと、しかし力強く砂浜に足跡を刻む彼女の軌跡きせきがナンパ女子二人を通り過ぎて、そして俺の目先で止まった――その直後だった。


「んむっ⁉」


 それはまるで義務行為のように。あるいはまたナンパされた俺を躾けるように。またあるいは――周囲に俺との関係を強制的に目に焼き付けさせるように。


 藍李さんは身構える俺の唇を、何の脈絡もなく唐突に奪った。


「――んっ」

「「――マジでっ⁉」」


 ただ触れるだけのキスじゃない。重なる唇が歪むほどに押し付けてくる、そんな情熱的なキス。


 カノジョに唇を奪われるカレシ。その光景を見ていた誰もが驚愕し、そして釘付けになっていた。


 体感時間でいえば五秒ほどか。ようやく唇を離した藍李さんに、俺は顔を茹だったタコのように真っ赤にした。


「ぷはぁっ⁉ あ、藍李ひゃん⁉ な、なにして……っ⁉」

「私の下にすぐに来ない従僕カレシに躾けしたのよ。言っておくけど私の気はまだ済んでないからね。だからこの続きは私のお家に帰ったらたっぷりしてあげる。……でもその前に」


 愕然とする俺に藍李は鋭い双眸で睨みつけて委縮させたあと、今度は俺を狙っていた女豹たちを睨みつけて、


「それで、お二人はまだ何か私の従僕カレシに用があるかしら?」

「い、いいえ!」

「熱々なお二人の邪魔して大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺の自分の所有物だとでも言うようなキスと、自分がカノジョであることを知らしめるような態度と低い声音。緋奈藍李の激しい独占欲を間近で喰らった女性二人は、全力で頭を下げたあと、尻尾巻いて逃げる犬のようにこの場から去っていった。


 とりあえずこれで一件落着――というわけにもいかず、


「はぁ。またキミはナンパされちゃったんだ」

「や、俺もされたくてされたわけじゃないんですけど」

「知ってる。しゅうくんすごくイケメンだから、他のメスどもが自然と寄ってきちゃうんでしょ。イケメンに惹かれるのは女の習性……キミは中身も立派だから、女からすれば逃がしたくない上物なんだよ」

「でも、俺は藍李さんのものです」

「くすっ。そうだね。しゅうくんは私のもの。誰にも渡さない」


 藍李さんは「でーも」と口の端を歪ませると、


「さっきみたいに愛しのカレシをナンパされたくないから、やっぱり首輪を付けることも検討しておかないとね」

「そ、それだけはマジ勘弁してください。……百歩譲って家の中ならいいけど」

「くすっ。さすがは変態さんだね。それじゃあ、私のお家に帰ったらお望み通り調教してあげる」

「わ、わん」

「いい返事だね。やっぱりしゅうくんのお返事はそっちのほうが似合ってるよ」


 あぁこれ、家に帰ったらマジで監禁されて調教されるやつだ。

 浮かび上がった彼女の怪しい微笑みを見ながら、俺は頬を引きつらせたのだった。


「はぁ。姉の前でよくあんなことができるわ。翔と真織いなくてよかった」




【あとがき】

昨日も☆レビューを付けていただきありがとうございますっ。


海回はずっとこの話を書きたくて原稿進めてました。王道のラブコメならナンパされてるヒロインを主人公が助ける流れだけど、この作品はそれが逆転するのが面白い。


最初の頃は華麗にしゅう(乙女)を助けた藍李ですが、今回はもう恋人ということで好き放題やる藍李が見られましたね。やっぱヤベェ女だ藍李ひゃん。('Д')

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