第156話  いつか咲き誇る大輪の華

「ほいパス!」

「おりゃ!」

「おっ。上手いね翔~」

「へっへーん。俺のトスを甘くみないほうがいいぜ真雪姉ちゃん!」

「ほほぉ。それじゃあお姉ちゃんもちょっと本気を出しちゃおうかな。おりゃあ!」

「うわっ⁉ 急に強く打つの反則だろ~!」

「ぷぅくすす! こんなのも取れないなんてまだまだおこちゃまですなぁ」

「くっそぉ~! 高校生のくせに大人気ないぞ!」

「わっはっは! 真雪姉ちゃんの偉大さを思い知るがいい!」


 姉ちゃんと真織と合流して少し時間が経ち、今はざっと2ペアに別れて海を満喫していた。


 1ペアはビーチボールで遊んでいる姉ちゃんと翔。運動神経高い組は俺たちと遊ぶのは少々物足りないようで、まだ海に入って三十分も経っていないのにいきなり全力で遊んでいる。


 もう一方のペア。俺と藍李、真織の三人はというと、泳ぎが得意ではない真織が泳げるように練習に付き合っていた。


「そうそう。上手だよ真織ちゃん」

「ほ、本当?」

「あぁ。これならすぐ翔だけじゃなく真雪姉ちゃんだって追い越せるぞ」

「ま、真織頑張る!」

「「可愛い」」


 兄に追い付くために小さな足をぱたぱたと必死に動かす真織に、俺と藍李さんはその健気さに胸が締め付けられる。


 これぞまさしく庇護欲の化身といったところか。頑張る真織を見るとつい頬が緩んでしまう。そして溢れる親子感に胸中で苦笑い。


「そういえば、今更ですけど藍李さんて泳げるんですか?」

「うん。泳げるよ。真雪ほど俊敏しゅんびんには泳げないけどね」


 真織の練習に付き合う最中、ふと気になったことを質問すれば藍李さんはこくりと首肯した。


 少しだけラブコメ的な泳げないカノジョの練習に付き合うみたいな展開に期待したが、それは残念だが叶わなかった。


「しゅうくんは?」

「俺も泳げますよ」

「雅日家は運動神経いい人が多いねぇ」

「ぷはっ。真織は運動苦手」


 少し息が苦しくなったのか、泳ぐ足を止めた真織がしゅん、とした顔でそう言う。


「真織はまだ小さいんだから苦手でも全然おかしくないよ」

「でも、友達は皆かけっことくい……」

「気にしなくていいと思うよ。真織ちゃんには真織ちゃんのよさがあるし、それに、人にはそれぞれ得意なことと苦手なことがあるんだから」


 藍李さんの言葉に俺は深く共感する。


「そうだぞ真織。真織にだって得意なことちゃんとあるだろ」

「うんうん。真織ちゃん、絵がすごく上手じゃない」

「――――」


 人には得手不得手がある。相手が自分にないものを持っていて、それに嫉妬する気持ちも俺は痛いほど理解できる。――俺だってずっと、太陽みたいに明るい姉ちゃんに嫉妬していた。


 俺と真織は似ている。


 互いに優秀なを持ち、その背中に対して羨望と劣等感を抱いている所が。


 だから真織の気持ちは痛いほど理解できて、そしてだからこそ、俺は真織のそんな気持ちに寄り添うことができる。


「だいじょーぶ。真織は何にも心配しなくていい。真織は翔兄ちゃんにないものをたくさん持ってるから」

「――わっ」


 小さな身体をひょいっと持ち上げて、力いっぱい掲げる。晴天に居座る偉そうな太陽を遮るように――まだ小さな身体が、いつか大きな背中を追い越せると、俺たちよりも遥か高く昇る太陽を覆い隠すことで揶揄証明するように。


「兄ちゃん……兄ちゃんと藍李さんが保証してやる。真織はいつか、誰にもないすげぇ才能を開花させるよ」

「――――」


 まだ純真無垢な、何もないからこそ、可能性というものは無限大にある。


 何もなかった俺が、藍李さんと付き合って夢を見つけられたように。


 真織もまた、自分で可憐に咲き誇れる。


 俺は――お前の従兄にいちゃんは必ずそうなれるって信じてるから。


「それに真織ちゃんにはもう立派な才能があるよ」

「――ぇ」


 真織を抱き上げる俺の隣で微笑む藍李さんがそう言うと、真織は驚いたように小さな目を瞬かせた。


 そんな愛らしい反応を見せる幼女に、藍李は羨ましそうに見つめながら告げた。


「真織ちゃんはすっごく可愛い。お姉さんよりも可愛いなんて、それだけで立派な才能だと思うよ」

「真織、藍李お姉ちゃんより可愛い?」

「あぁ。真織はすごく可愛いよ……っていだだ⁉」

「しゅうくんが言うのはなんかちょっと違うと思いまーす」


 今そこで嫉妬します?


 いい流れを茶化す勢いで脇腹を抓ってきた藍李さんに、俺は『藍李さんが一番に決まってるじゃないですか』と冷や汗を流しながら口パクで慌てて弁明する。


 それをちゃんと受け取ってくれたかは分からないけど、ぷいっとそっぽ向いた藍李さんはまた真織に向き直って、


「今はまだ、真織ちゃんは自分自身がやってみたいことと頑張りたいと思うことになんでも挑戦していいんだよ。それで失敗したっていい。真織ちゃんが頑張ったことは、絶対に無駄にならない。もしも真織ちゃんが失敗して誰かが笑ったらすぐにお姉さんに言って。その人の頭にゲンコツ入れてあげるから」

「ぼ、暴力はいけないってお母さん言ってたよ?」

「それじゃあ社会的に終わらせてあげる」

「暴力の方が遥かにマシだな……」


 浮かぶ笑みは聖母のようなのに言ってることがえげつない。それに藍李さんだったら躊躇ちゅうちょなく実行しそうで余計に怖い。指切りげんまんしないで。


 お姉さんとの微笑ましい約束よりかは悪魔との契約に近い光景に肩を落としたあと、俺は悪魔との契約を果たして満足げな笑みを浮かべている真織に向かって言った。


「まぁ、色々言ったけど、簡単にいえば俺と藍李さんは真織を信じてるってことだな」

「うん。真織ちゃんは雅日の子なんだもん。きっと素敵な子になれるよ」

「はは。ですね。あとは男をたぶらかす悪女にさえならなければ、兄ちゃん的にはオールオッケーだ」

「た、たぶらかすって?」

「気に入った男の子にやたらちょっかいかけたり、絶対に自分から逃げられないように外堀埋めるような女になるなってこと」

「それは誰のことをたとえて言ってるのかなぁ?」

「さ、さぁ? 誰も藍李さんのこととは言ってませんよ?」

「……私と付き合えて嬉しいくせに」


 それは否定しないけど、でも攻め方はもう少し抑えて欲しかった。学校一の美女にぐいぐい来られるのって想像以上に心臓に悪く、おかげで藍李さんと距離を縮めていく度に毎回心臓が爆発しかけた。


 凄まじい圧を俺に放ってくる藍李さんと意図的に視線を合わせないまま、俺は将来有望な幼女に微笑みを向ける。


 冷や汗が尋常じゃないのがカッコつかなくて申し訳ない。けど、真織は俺と藍李さんからのエールをちゃんと小さな胸に享受してくたようで、


「――ありがとう、しゅうお兄ちゃん。藍李お姉ちゃん。真織。勇気出たっ!」

「「――っ!」」


 真織は喜びを背一杯伝えるように、小さな両腕をめいっぱい広げて俺と藍李さんをぎゅっと抱きしめた。


 横目から見る真織。その顔には、とびきりに愛らしい笑顔が咲き誇っていて。


 ――ほんと、この小さい従妹は。


「「どういたしまして」」


 自然と緩む口許。それが、抱きしめる真織への信愛を何よりも証明していた。





【あとがき】

昨日は本作に☆レビューを付けていただきありがとうございました。

いつもは日曜日は定休日にしてるけど帰省編が終わるまでは毎日更新する予定です。追加したい話があるからもしかしたら間に合わなくて休載日になるもかしれないので先に謝っておく!


余談ですが、真織は本話はきっかけで少し自信を持って行動したり発言したりできるようになりました。将来はクラスでモテモテな女の子へと成長する真織ですが、しゅうが願った慎ましい女の子になっているかは読者さまのご想像におまかせします。


帰省編が終わっても3章は数話ほど続きますが、そこでとある人物たちに意外な展開が起こるので、引き続きひとあまをお楽しみください。読者の皆は「マジかっ」ってなると思います。


Ps:来週は〇神のアプデがあるから執筆と仕事とゲームの調整がエグいことになりそうだ。

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