第155話 ローションプレイはお家に帰ってから
「お待たせしましたー!」
翔とともに水着に着替え終え、急いでテントに戻って来るとテントで母さんたちと待機していた藍李さんが「おかえり」と淡い微笑みを浮かべて迎えてくれた。
「更衣室、混んでたでしょ」
「めっちゃ混んでました。待たせちゃってすいません」
「平気だよ。しゅうくんが着替えてる間に李乃さんにサンオイル塗ってもらってたから」
「…………」
「? どうしたの?」
不思議そうに小首を傾げた藍李さんに、俺は目をぱちぱちと瞬かせて言った。
「いや。てっきりサンオイルは俺に塗らせようと悪知恵働かせてると思ってたから、拍子抜けというか意外だったというか」
「悪知恵って。しゅうくんはカノジョのことなんだと思ってるのよ」
「年下カレシを揶揄ってその反応を愉しむ悪戯好きなカノジョ」
「あはは……しゅうくんの可愛い反応見るの大好きだからつい。ごめんね?」
日頃藍李さんに振り回さられている身として正直な感想を吐露すれば、本人も自覚があるようで気まずそうに露骨に視線を逸らした。
「まぁ、しゅうくんの推測は間違ってないよ。実はしゅうくんが着替えてる間にサンオイル塗ってもらおうと準備を進めてたんだけど、でもその途中で李乃さんに止められちゃったんだ」
「なんで?」
眉間のシワを深めて藍李さんの言葉の先を促せば、彼女は大仰に手で✕を作りながら、少し拗ねた風に答えた。
「――『子どもたちの前で刺激が強いのはダメ!』って、軽く注意されてしまいました」
「あー」
たしかに俺が藍李さんにサンオイルを塗る光景は翔と真織から見れば刺激的な映像になってしまうかもしれない。戸惑う俺とそれを愉しむ藍李さん。そして、時々そんな彼女からこぼれる嬌声。うん。アウトだな。健全な子どもに健全じゃない日焼け止めを塗るシーンはとてもじゃないけど見せられない。……しかし。サンオイルを塗るだけで母親に18禁扱いされる俺たちってどうなんだ? まだ高校生なんだけど。
『まぁ、母さんの懸念も分からなくもないけど』
母さんが特に忌避したかったのは真織ではなく翔の方だろう。まだ純真無垢で恋心もイマイチ把握できていない小三の子どもが魔性の女である藍李さんの魅惑のボディを間近に且つ艶やかに見えてしまう瞬間を見たらどうなるか。そんなもの答えは一つだ。絶対年上のお姉さんしか興味が湧かなくなる。何なら藍李さんに惚れてしまう可能性まであるわけで。それは母さんや朱音さん、俺にとっても避けたい事案だった。
つまり、だ。
『英断だよ、母さん』
翔には同年代の子と普通の恋をして欲しいというのは俺も同感だ。それに、絶対に叶わない恋はしないに限る。高嶺の花に手を出すのはべつだけど。
「
「何言ってんだ兄ちゃん。もう熱中症か?」
手を握っているまだ
「事情はどうであれもう日焼け止め塗ったならOKです。それじゃあどうしましょうか。早速泳ぎにでもいきますか? あれ、というか真織と姉ちゃんは?」
そういえばテントに二人がいないことに気付いてそれを言及すれば、藍李さんが「二人なら」と海辺の方に指をさした。
「待ちきれなくてもう遊んでるよ」
「親友を置いて先に遊んでるとか、本当にあの姉は」
「あはは。まぁ真雪だから」
同じ高校二年生でも姉ちゃんと藍李さんの落ち着き具合には
「真雪姉ちゃんと真織ズルい! しゅう兄ちゃん! 俺も早く海に入りたいー!」
「はいはい。分かったよ」
先に遊んでいる二人に嫉妬して地団太を踏む翔に催促されて、俺は一息吐く暇もないまま姉ちゃんたちと合流に向かおうとする。――その前に。
「それじゃあ行きましょうか。藍李さん」
「――うん」
翔と繋ぐ手とは反対の手をカノジョへと差し伸ばせば、浮かび上がった淡い微笑みは高揚を伝えるようにその手を取ってくれて。そしてそのまま。繋いだ手を引いた。
立ち上がった藍李さんと微笑みを交わし合い、俺たちは姉ちゃんと真織の下へゆっくりと歩いて行く。翔は早く遊びたくてうずうずしていたけど、けれど翔を迷子にさせないために二人と合流するまでは繋いだ手を決して離すことはなかった。
そうして砂浜を三人で歩いていると、ふと藍李さんに肩を叩かれて、
「あ。そうだ。ねぇ、しゅうくん」
「なんですか?」
「ローションプレイは私のお家に帰ってからね」
「――っ‼」
翔には聴かれないよう、耳元で声音を弾ませながらそんなことを囁いた藍李さんに、俺は不意打ちを喰らって顔を真っ赤にする。
そんな、彼女にとっては思惑通りの反応を見せてしまった俺を、藍李さんは「にしし」と白い歯を魅せながら笑うのだった。
「……やっぱエッチだよ藍李さんは」
【あとがき】
ローテーションプレイは番外編でやると思います。もう帰省編書き終わったけど、本編は本編でムフフなことしてるからお楽しみに。
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