第154話 水着のアナタに見惚れて

 ――三日目は当初の計画通り、全員で海水浴場へ。


 天気は快晴。気温は27℃。午後はさらに気温が上昇する見込みで海日和として申し分なし。


「しゅう。そろそろテント張り終わるから、先に翔と着替えてきな」

「了解。それじゃあお先に着替えて……」


 俺を含めた父さんと一真さん、爺ちゃんの男四人による迅速なテント設営も一段落着き、父さんに着替えてくるよう促された時だった。


 眼前に数名。周囲のピントがずれるような感覚と、視界がそこだけを切り取ったように鮮明に捉えた。


 それは鮮やかに咲き誇る花々のように、百花繚乱の麗しい女性たちのランウェイ――さらにその中でも、この黒瞳こくどう一際に一輪の花に目を惹かれて。


「お待たせ、しゅうくん」

「…………」


 少し恥じらうような、不安が入り混じった声音が俺の呼んで、揺れる紺碧の瞳が何かも物欲しそうにじっと見つめてくる。


「えへへ。どうかな。似合ってる?」

「……ハッ⁉ は、はい! めっっっちゃ似合ってます!」


 魅入るあまり硬直してしまって感想が遅れたが、慌てて絶賛すればへにゃ、とした笑みが浮かび上がった。


『可愛いとかそういう次元の話じゃない。なんか、あれだ。もう、綺麗過ぎて言葉が出てこない」


 言葉では表しがたいほどの神々しさ。これこそまさしく、女神の降誕だと、俺は感激に打ち震える。


 藍李さんの水着姿は公共の場と家族の前で恥をかかないために何度も脳内シミュレーションして耐久力をあげたつもりだった。が、そんな努力も一瞬で瓦解してしまうほど、藍李さんの水着姿が俺に衝撃と感動を与えた。


 妄想など所詮妄想で、現実の魅力には敵わないということを、その眼前に映すカノジョの水着姿に身を以て思い知らさられる。


「色々と試着してこれに決めたんだけど、やっぱりもうちょっと大人デザインの方がしゅうくんは好みだった」

「そんなことありません。それも、めちゃくちゃ俺好みの水着です」


 藍李さんの水着はセクシー系で来るかと思いきや予想を裏切って可愛い系で来た。


 白を基調としたオフショルダーで、胸元の大きなリボンが特徴的。露出度はあまり高くなく、腕の部分は完全に網目模様の袖で覆われている。


 日焼け対策、それと周囲からの視線を嫌って露出度の低いこの水着にしたのだろう。それでも豊満なバストや曲線美を描くスタイル。露となった色白く真珠のような艶肌は魅惑的ですわりと伸びる美脚は自然と男たちだけでなく老若男女の目線を惹きつける。


 元モデルが傍に居てこの誘引力は脱帽するが、やはり彼女の恋人としてはこの事実はあまり面白くはない。


 特に、男どもの目線が気に食わない。


 なので、

「――すぐ着替えてくるから。それまでこれ着て待ってて」

「――ふふ。他の人に私の水着見せたくないんだ?」


 周囲の男どもの視線から恋人を守るように、俺は自分が着ていたパーカーを藍李さんの肩に掛けた。


 独占欲と嫉妬を剥き出しすると、そんな子どもみたいな俺が可愛いのか藍李さんはにまぁ、と嬉しそうに口許を歪めた。


「うん。藍李さんは俺のものだから。だから誰にも渡さないしこんな可愛い水着姿見せたくない」

「……っ!」

「めんどくさいカレシでごめん」

「謝らないで。私はすごく嬉しいよ。だって、そのヤキモチが教えてくれるんだもん。しゅうくんが私に釘付けになってるって」

「俺はずっと藍李さんしか見てませんよ」

「知ってる」


 自分じゃ醜いと思える感情は、しかし相手にとっては思いのほか歓喜の起爆剤だったりする。

  

 そうやって受け入れられるから、俺が調子に乗っちゃうんだ。


「戻ってきたら、また俺に見せてください。何度でも褒めますから」

「――うん。すぐに戻って来てね」


 天使級に可愛い彼女の懇願に、俺は力強く応じる。それから、


「――っ⁉ しゅうくん⁉」

「ごめん。我慢できなかった」


 家族が見ているのは分かっている。でも衝動が抑えきれず、あまりにいじらしい藍李さんを思わず抱きしめてしまった。唐突に抱きしめられて困惑するカノジョの素っ頓狂な声を聴きながら、それでも背中に回す腕を解こうとはしない。


 一度肯定された独占欲は理性の防波堤を容易く崩壊させて、こうやって本能をむき出しにする。それは凶暴で凶悪で自分では押さえつけられない衝動。でも、周囲の野郎どもに魅せしめるには丁度いい傲慢ごうまんさだと思った。


 好きと愛しさが暴走した結果、恋人を何の予備動作もなく抱きしめるという暴挙に出てしまったそんな俺を、家族たちは呆れながら見届けていて。


「こんなの人前でよくやるわ」

「藍李お姉ちゃん顔真っ赤」


 ごめんね藍李さん。


 でも、たまには俺からアナタを振り回すのも悪くないよね。


「――ほんと、可愛い私の恋人だね、キミは」

「藍李さんこそ――世界で一番可愛いですよ」



 微笑み合って、俺たちは人目なんて気にもせず、いつものように相手がくれる優しさと甘さに浸り合った。




【あとがき】

帰省編もそろそろ終盤戦です。そしていよいよしゅうも振り切ってきました。

ちなみにしゅうがこんな風に人目も憚らず恋人を抱きしめるようになったのは100パーカノジョである藍李が原因です。

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