第153・5話 束の間の恋人時間
「どう、藍李さん。少しはこっちに慣れた?」
「うん。皆優しくて自分の家より住み心地いいかも」
「あははっ。気に入ってくれてよかった。でも、俺は藍李さんの家も住み心地よくて好きですよ」
「それは私とイチャイチャし放題だから?」
「それは……まぁ? それもなきにしにもあらずというか……嘘です認めます。藍李さんに存分に甘えられるからです」
茜色の空を縁側から眺めながら、俺は藍李さんと束の間の恋人時間を満喫していた。ちなみに、姉ちゃんと従姉弟二人は今、一真さんの車で夕飯の買い出しに出ている。
俺と藍李さんが家に残ったのは母さんたちが気遣ってくれたからだ。昼間。うっかり寝落ちしてしまった俺たちだが、俺と藍李さんは姉ちゃんたちよりも深い眠りについて起きる気配がなかったそう。
まだ二日目ではあるが互いに従姉弟の世話やまだ慣れない土地と人に予想以上に疲労が溜まっていたのだろう。母と父曰く、俺と藍李さんだけ死んだように眠っていたらしい。
そんな家族の気遣いのおかげもあり体力はほぼ全快復している。気力の方も、こうして恋人と手を繋ぐことで順調に回復している。
「こうしてしゅうくんの手を繋いでると、身体が自然とリラックスするの不思議だな」
「俺も。前は藍李さんから手を繋がれる度に緊張して手汗かいてたのに、今じゃ藍李さんのと手を握るのを当たり前だと思ってる自分がいます」
「ふふ。あの頃のおどおどしてたしゅうくんが懐かしいね」
「女慣れしてない自分に藍李さん積極的に来るんですもん。そりゃ緊張しますよ」
ほんの数か月前の出来事。でも、俺と藍李さんには大切な日々の思い出。
ゆっくりと本のページを捲るように、夕日がマイペースに水平線へ沈んでいくように、穏やかな時間の流れの中で、俺と藍李さんは微笑みを交わし合いながら他愛もない会話を重ねていく。
「いい風だねー」
「縁側から感じる風ってなんか特別気持ちよく感じません?」
「あ。それ分かる。同じ外にいるはずなのに、でも縁側で浴びる風は少しだけ涼しく感じるよね……まぁ、今はもう時間的に涼しいけどね」
「あはは。そうですね。あ、寒かったら言ってください。パーカー持ってきてるから貸します」
「心配してくれてありがとう。それじゃあ、もう少し涼しくなったら貸して欲しいな。彼シャツならぬ彼パーカー着たいので」
藍李さんは何も変わらない。ここが自分の家でなかろうと、欲望に忠実でそれを恥じらいもなく俺に伝えてくれる。
そういう真っ直ぐな性格は相変わらず尊敬するし、それと同時に愛しくもあって。
だから、
「じゃあ、もう少し涼しくなるまでは、俺の体温を分けてあげるよ」
「――ふへ。これじゃあパーカー要らないなぁ」
張り合ってどうするとは頭では分かっているけど、真っ直ぐに想いを伝えてくれる彼女に負けたくなくて自分も素直な胸の内を吐露する。
少し甘えるだけじゃ、俺は物足りないから。だから、こうやって所構わず大好きな人に甘える。
触れたい。その想いは、二人一緒で。
「藍李さん」
「なーに?」
「やっぱりいいですね。こうやって二人だけの時間を過ごすのは」
「……うん。幸せだね」
ぴと、と肌と肌をくっつけて、互いの温もりを享受し合う。
そうして相手の温もりに浸り合う婚約者を、廊下の隅から保護者たちが悶えながら
見守っていて。
「「月9よりも尊いわぁ」」
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