第152話 川遊び
――帰省二日目。
「いいか翔。本日の俺たちの目標はサワガニを発見。そして捕獲し揚げたてを食すことだ。そのためには一匹でも多く見つけ、捕えなければならない。準備はいいか?」
「イエッサー!」
「それともう一つ。くれぐれも兄ちゃんから離れるなよ。ライフジャケット付けてるし下流とはいえ、万が一でも流されたら洒落にならないからな。兄ちゃんの心臓止めてくれるなよ?」
「分かった! それに俺と真織は川の怖さは兄ちゃんよりも知ってる!」
「頼もしい従姉弟だな――それじゃあ、目指せサワガニ100匹捕獲!」
「おおお!」
本日は皆で川遊びへ遊びに行くことになった。班はざっと三組に分かれ、一つは俺と翔の生き物観察&サワガニ獲りペア。そしてもう一つは藍李さん、姉ちゃん、真織の華やか女子組。その三人は水辺ではしゃいでいる(ちなみに水着ではなく薄着の私服。その上からライフジャケットは生命保険として装備している)。
川の下降で遊んでいるのは子どもたち。川の上流では大人たちが川釣りを嗜んでいる真っ最中だ。
欲を言えば俺も川釣りがよかったのだが、翔がサワガニを食べたいということでなし崩し的に従姉弟に付き添うことになった。まぁ、たまにしか会えない従姉弟がまだ俺の事を気に入っているうちに思い出を増やしておくのは悪くないのかもしれない。
それに、なんだかんだ俺も天然サワガニを味わいたい欲はたしかにあるし。
そんなわけでざっと三組に分かれた雅日家一同は、照り付ける太陽の下、
あ、そういえば忘れた。母さんたちは『日焼けしたくない』との理由で家に引きこもってお昼ご飯の支度をしている。まぁ、その支度もそれほど掛からないし今はのんびりテレビでも観ながらティータイム中だと思う。
「しゅう兄ちゃん! 早速一匹捕まえたぜ!」
「でかした翔。これであと99匹だ……お。足元に一匹。ラッキー」
残り98匹のサワガニを捕まえるべく奔走する男の数メートル先では、
「ほっ!」
「わぁ、真織ちゃんすごく上手!」
「えへへ。そうかな」
「うん。真雪と似て運動神経いいのね」
藍李たち女子組が楽しくビーチボールで遊んでいる……のだが、
「真織だけずるい! 私も褒めて!」
「真雪は高校生でしょ。それに運動神経だって高いんだから、これくらい難なくこなせるでしょ」
「むぅぅ。お
「きゃっ⁉ やったわね……こうなったら将来の
「どりゃりゃりゃ!」
「おらぁ!」
「おねえちゃんたちすごい!」
……なんか姉と婚約者が激しくボールをラリーし合っていた。
「「……すげぇ」」
運動神経抜群の姉とそんな姉ほどではないが運動も達者な藍李さんの壮絶なラリーを、俺と翔は思わずサワガニ探しの手を止めて茫然と眺めていた。なんか、面子は可愛い子が揃っているのに、しかし絵面はドラ〇ンボールみたいな世界線になってるんだけどあそこ。
「喰らえ!」
「なんのこれしき! お返しよ!」
「なぬっ⁉ それならこれはどうだー!」
「「やっぱドラ〇ンボールだ」」
まぁ、世界線がどうであれ三人が楽しそうなら何よりだ。俺と翔は苦笑を交わし合って、再び止めていた手と足を動かし始めてサワガニを探し始める。
一方はいつか反抗期になってしまう
そしてもう一方は親友とのかけがえのない思い出を作るために。
『『――楽しいな』』
それぞれの想いを胸に馳せながら、少しずつ、楽しい時間は過ぎていく。
***
「んむっ⁉ サックサクで美味しい~」
「でしょ! アユも美味しいけどこっちも負けてないでしょ」
お昼。川遊びを終えて帰宅した俺たちは、消費した体力を回復させるように昼食を取っていた。
「しゅう兄ちゃんって父さんたちに並に器用だよな!」
「不器用じゃないだけ。それに魚料理に関しては完全に練習を続けてから身に付けた腕だし、翔が食べてるそのサワガニなんか油で揚げただけだからな」
午前に翔と獲ったサワガニは数時間掛けて砂抜きをさせておいた。本来なら一日かけてじっくり砂を抜いたほうがいいのだが、今回は全員の意見を踏まえて本日の昼食のつまみとして食べることが決定した。
数時間の砂抜きと油に入れる前に翔と一匹ずつ丁寧に汚れを落としたからか、あまり泥臭さはなく、甲殻類の香ばしさとスナック菓子のようなサクサク触感を楽しめている。
味付けとして振った塩コショウも抜群で、噛めば噛むほど次が欲しくなる味だ。
「うまぁ。こうしておつまみを食べるとお昼からビールが飲みたくなるねぇ」
「べつに午後は出掛ける予定ないんだし飲めば?」
昼食のメインとなるアユが焼かれている最中、子どもたちと同じテーブルに着いている父さんが美味に舌をうならせながら珍しくそんな願望を呟いていた。
「おや。いいのかい?」
「俺に許可取っても仕方ないだろ。父さんはいつも頑張ってくれてるんだし、実家にいる時くらい好きな風に過ごせばいいじゃん」
「息子に気遣われるとか……父親として頼りないばかりだよ」
その逆。いつも頼りにしてるから実家にいる時くらい休んでくれって思ってる。
けれどそんな思いは恥ずかしいから口にできるはずもなく、唯一俺の思惑を読める藍李さんだけが愛しげに双眸を細めながら俺を見つめていた。
「それじゃあお言葉に甘えて飲んじゃおうかな。……戻って来る間に全部無くなってることないよね?」
「それは保証しかねる」
うきうきで立ち上がった父さんが真顔で尋ねてきて、俺はそれに微苦笑を浮かべながら返す。ここには食べ盛りが五人。ついでにしれっと爺ちゃんもつまみ食いしているのでサワガニが瞬く間に減っている。
「ほら、早くしないと酒のつまみがなくなるぞ」
「せめて二匹は取っておいてくれよ?」
「二匹でいいのかよ。最低五匹は取っておいてやる」
「ふ。優しい息子を持てて父さん嬉しいよ」
「サワガニ如きで喜ばないでくれる?」
小走りで冷蔵庫に向かう父さんを見て、俺と姉ちゃん、藍李さんが三人揃ってくすくすと笑う。なんだかんだ、父さんもこの帰省に浮かれている一人だ。
サワガニにアユ。それに婆ちゃんたち手製のおにぎりと、豪勢な食事はまだまだ続く。
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