第149話  雅日家の宴

「おぉ! これはまた随分と一丁前な男になったなぁ、柊真!」

「一真叔父さん。久しぶり」


 従姉弟たちとお風呂から出てきて広間へ戻れば、テーブルに続々と並べられている料理と既にお酒を飲み始めている父さんたちの姿があった。


 枝豆をつまみながらイメチェンした俺をまじまじと凝視してくる叔父に苦笑をこぼすと、父さんももう酔っぱらてるのかはたまた単に息子を揶揄いたいのか「俺に似ていい男になっただろ」とグラスに口をつけながら義兄との会話を楽しそうに弾ませていた。


 たぶん父さんは後者だろうと肩を落としていると、汗を流してさっぱりした翔が目の前に並べられていくご馳走に一目散に飛びついた。


「おぉぉ! 寿司だ! お父さん今日の夜ご飯寿司⁉」

「翔ぅ。ご飯よりお父さんにお帰りって言う方が先じゃないか?」

「おかえりー」

「適当な返事は傷つくぞ⁉ 真織はそんなことないよ、な……」

「藍李お姉ちゃんっ、真雪お姉ちゃんっ。私もお手伝いしたい」

「二人ともお父さん全無視⁉」


 農作業から帰って来た父親よりも眼前に並べられたご馳走に夢中の翔と、おっさん臭よりも甘くていい香りがする優しいお姉さんたちの元にとことこと駆け寄っていく真織。なんとも素直な従姉弟たちだ。


 子どもたちの眼中にないという悲しい事実に項垂れる一真さんに、俺と父さんは揃って苦笑をこぼして、爺ちゃんは「ガハハ!」と意地の悪い笑い声を上げた。


 それから残りの料理を運ぼうと台所へ向かおうとする藍李さんたち。ちらっと父さんら父親組を見れば、ハイペースで飲んでいるのか全員の顔が赤い。唯一、お酒の強い父さんは飄々ひょうひょうとしているけど。


 おそらく母親組から戦力外通告の代わりにビールを渡されてそれを飲み進めていたのだろう。雅日家の男性はそれなりに料理をこなせるが、今日は母親組からの『いつもご苦労様』と労いの意味も含めてこうして男三人で気兼ねなく飲み交わす機会を設けられたのだろう。


 俺も一応雅日家の男ではあるがまだ未成年なので、なんとなく母さんたちを手伝った方がいいかと思案していると、


「もうすぐでご飯の用意できるそうだから、しゅうくんはゆっくりしてて」

「え、でも……」

「大丈夫だよ。もう料理はほとんど運んでるし、あとは李乃さんたちが作ったおかずを運ぶだけだから。それに、しゅうくんは今日たくさん働いたんだから、少しはゆっくりしなさい」

「……うぃっす」

「ふふ。素直でよろしい」


 従姉弟たちや真雪姉ちゃんと共に台所へ向かおうとしている藍李さんに休むようお叱りをもらってしまったので、俺はカノジョ様の言う通り座布団に腰を下ろすことにした。


 大人しく座る俺を見届けた藍李さんは満足げに鼻息を吐いたあと、そのまま少し先を行く親友と従姉弟たちと共に台所へ向かっていった。


「……真雪。子どもたちの前でお行儀の悪いことはしないようにね?」

「なんでつまみ食いしようとしてるのバレた⁉」

「バレバレよ」


 そんな恋人と姉の会話を背中越しに聞きいていると、不意に前方から不快な視線を感じて。


「「――溢れ出る新婚夫婦感」」

「うっせぞこの酔っ払い共」


 先ほどの藍李さんとのやり取りを盗み聞きしていた酔っ払い共が、口の端をニヤニヤと歪めながら俺を羨ましそうに見つめていたのだった。



 ***



「それでは雅日家一同、久々の家族の再会とそしてしゅうの明るい未来を祝して、かんぱーい!」

「「かんぱーい‼」」

「か、かんぱーい……」


 顔から火が出るほど恥ずかしい乾杯の音頭にぷるぷると顔を震わせれば、雅日家一同と藍李さんからくすくすと笑われながら宴会は始まった。


「……今日は一層豪勢だな」


 帰省すると毎回豪勢な料理が用意されるのだが、今回は俺の婚約者である藍李さんが同伴しているからかいつものご馳走がさらに豪華な仕様になっていた。


 祝いの席では定番のお寿司や刺身は当然のように並べられていて、唐揚げやエビフライ、浜松餃子等など、揚げ物もてんこ盛りに皿の上に乗せられている。もちろん、それだけは健康が偏ってしまうので新鮮野菜で作られたサラダとおしんこも揚げ物皿の隣に並べられている。……なんだろうか。『食え』という圧が凄まじい。


 そんな感じでいつもより量と品数が多い雅日家(爺ちゃん・婆ちゃん家Ver)の食卓は、昼間従姉弟たちのお世話に奔走していた男子高校生の胃袋を強く刺激してくる。


 良香に鼻孔を擽られ、食欲を刺激される。それに呼応するように大きく腹の音が鳴るのを合図に、俺もようやく並べられたご馳走に箸をつけ始めた。



「しゅうお兄ちゃん。何が食べたい? 真織が取ってあげる」

「えっ。いいのか?」


 と最初に舌に何を乗せるか眉間に皺を寄せていると、お風呂での宣言通り俺の右隣に座っている真織がそんな提言をくれた。


「うん。お兄ちゃん。今日は真織たちといっぱい遊んでくれたから。そのお礼」

「なにその嬉しすぎるお礼の仕方。疲れが秒で吹っ飛ぶわ」


 その愛らしい笑顔も相俟あいまって真織の優しさが骨の髄まで染み渡る。


 本人もやる気なようでここで無碍むげに断る理由も特にないので、俺は小さな従妹の献身的な姿勢に甘えることにした。


「それじゃあ頼むわ」

「――っ! うん! お兄ちゃん何が食べたい?」

「真織が取ってくれたもの全部食べるよ」

「じゃあたくさん取ってあげるね!」

「……ま、真織? お兄ちゃんの為にたくさん取ってくれるのは嬉しいけど、なんで揚げ物ばかり取ってるのか聞いてもいい?」

「これは揚げ物用のお皿。次のお皿にお兄ちゃんが大好きなお寿司とお刺身たくさん取ってあげる!」

「お、おぉう」


 お兄ちゃんの胃袋破裂させる気か。


 気軽に全部食べると言ってしまったのが仇になったのと、まだ子どもの真織にそんな宣言を軽々としてしまったのが墓穴を掘ってしまった。俺用に取り分けてくれる皿に、真織が富士山の如く料理を盛りつけていく。お兄ちゃんそこまで食えないよ真織……。


 楽しそうに料理を皿に乗せている従姉弟を頬を引きつらせながら眺めていると、そんな幼女の隣で口許を抑えながら笑いを堪えきれない婚約者の姿を捉えて。


「ぷぷ。しゅうくん。自分で墓穴掘ってる」

「……何がおかしいんですか!」


 笑うくらいなら真織を止めてよ、と幼女を挟みながら藍李さんを睨むも、しかし返って来たのは「頑張ってねお兄ちゃん」と婚約者を見捨てる悪女のウィンクだった。


 ……ふむ。ならば、


「あー。真織? 藍李さんの分の料理も取ってあげたらどうだ?」

「え⁉」

「いいの?」

「あぁ。真織が一生懸命選んで取った料理なら、藍李さんも喜んで全部食べてくれると思うぞ!」

「しゅうくん⁉」

「ねっ! 藍李さん!」


 爽やかな笑みを浮かべてやることがカレシとは思えない鬼畜、いや外道。


 そんなカノジョを満腹地獄へ道連れしようと画策する俺を擁護してくれるのは、純真無垢な従妹で。


「藍李お姉ちゃんもたくさん食べてくれる?」

「……くぅぅ! そんなつぶらな瞳で見つめられたら断れない! ……う、うん! お姉さんすごく嬉しいなぁ」

「――っ! じゃあ藍李お姉ちゃんの分もたくさん取ってあげるね!」

「ふっ。真織のこの無邪気な笑顔の前では誰も断れないのだ」

「……後で覚えておきなさいよ、しゅうくん」


 愛しの婚約者に睨まれるもこれは意趣返しなのでお互い様だ。


「死ぬときは一緒ですよ!」

「こういう場面では道連れにしないで欲しいな!」

「いいじゃないですか。こんなに可愛い妹がお姉ちゃんの為にご飯取ってくれるんですから」

「それは否定しないけど! でも、今しゅうくんの目の前に積まれてるご飯がこれから自分の前に運ばれてくることを想像すると戦慄を抑えきれないのよ!」

「藍李お姉ちゃんも今日はたくさん遊んだから、いっぱい食べて明日の栄養をつけてあげないとだよなぁ、真織~」

「分かった! お姉ちゃんが元気になるよう、真織たくさん取ってあげる!」

「人の話を聞いて⁉」


 実際はそこまで憂う必要性はないのだが、やはり俺の目の前に置かれている揚げ物と寿司が皿一杯に盛られた料理を見てしまうとそういうわけにはいかなくなるらしい。


 藍李さんは食べきれなかったら隣に座っているカー〇ィ(真雪姉)に食べさせればいい。問題は俺だ。真織、いくら兄が食べ盛りといえど盛り過ぎ。


 とはいえ真織の前で醜態を晒すわけにもいかず、どう食べきるべきかと額に滲む冷や汗を拭っていると、


「皆~。お婆ちゃん特製のお稲荷さんもあるからね~」

「お婆ちゃんのいなり寿司すごく美味しいからお兄ちゃんとお姉ちゃんも食べてね! 真織が二人の分も取ってあげる!」

「「あ、ありがとぉ……」」


 加減を知らない従妹に、俺と藍李さんは揃って頬を引きつらせるのだった。


 これは余談だが、宴会が終わる頃に恋人揃って居間に倒れ込んでいたのは言うまでもない。……やはり真織には節度というものを今度教えておかなきゃな。




【あとがき】

*この対面席ではしゅうママも朱音と義母から尋常ではないほどの量を食べさせられています。

「ほら、李乃さんも食べて食べて! お母さんの作ったお稲荷さん美味しいよ!」

「あ、ありがとう朱音ちゃん……で、でもいきなり五個も持ってこないで欲しいわ。まだお皿にも料理が残ってるわけだし」

「それもそっか。それじゃあ、食べ終わったら言って! 私が李乃さんの分取ってあげるから!」

「あ、ありがとう……(助けて真雪~!)」


「はぁむ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る