第148話 尊敬される従兄でありたいから
生物観察も終わり、そこで掻いた汗や泥を洗い流すべく、俺と従姉弟たちは夕食前に温かいお風呂に浸かっていた。
「しゅう兄ちゃん! 風呂出たらゲームやろうぜ!」
「ほんとお前の底なしの元気なんなの。兄ちゃんそんな体力ないから。つか風呂から出たら夕飯だろ。ゲームはやるとしてもそのあと」
従兄が帰って来た要因もあるのだろうが、翔は再開した時からそのずっとハイテンションだった。そしてそれは翔だけでなく真織も同様で。
「しゅうお兄ちゃん。今日の夜ご飯はしゅうお兄ちゃんの隣で食べたい」
「ん。いいよ。それじゃあ夕飯は兄ちゃんと一緒に食べような」
「やった!」
「じゃあ俺もしゅう兄ちゃんの隣で食べる!」
「はいはい。隣に座ってもいいけど、ちゃんと行儀よく食べろよ」
「兄ちゃん母さんみたいなこと言ぅ」
ぶくぶくと湯船で泡を立たせる翔の頭を乱暴に撫でて、それから翔と真織。二人とゆびきりげんまんを交わす。
そして、これで自動的に藍李さんが俺の隣に座ることはなくなってしまった。
ほんのちょっぴり……いや、正直に言えばかなり惜しいがそれを子どもたちの前で吐露するのは情けないし大人気ないので、その感情はぐっと飲み込んで胸裏に仕舞っておく。
「真織の隣、藍李お姉ちゃんも座ってくれるかな」
「あぁ。きっと喜んで座ってくれると思うぞ」
「……へへ。そうかなぁ」
「あぁ。藍李さんも真織のこと大好きだからな」
真織の庇護欲をそそられる体質は藍李さんにも影響を与え、まだ出会って短時間ながらも既に藍李さんはこの小さな生き物にメロメロだった。生物観察の帰りは手を繋いで帰ったくらいだ。真織も、藍李さんのことを優しいお姉ちゃんと気に入ってくれているようで俺としても
「ほら。真織。髪の毛洗ってあげるから一回湯船から出て」
「しゅうお兄ちゃん。実は私、自分で髪の毛洗えるようになったの!」
「マジか。子どもの成長って早ぇな」
可愛いドヤ顔を魅せながら報告してくれた真織の頭をよしよしと撫でると、蕾が花開くように笑みが浮かび上がった。きっと俺に成長を見せたくて頑張ったんだと思うと余計に
「それじゃあ、兄ちゃんに真織の成長した姿を見せてほしいな」
「うんっ。真織、お兄ちゃんに私のしゅうたいせい見せる!」
「俺も一人で洗えるぞ!」
「翔は小三なんだから一人でできて当然」
「真織だけ
「小三とは思えない抗議だな……分かった分かった。翔も偉いぞ」
「ふっふーん。分かればそれでいい!」
「姉ちゃんかお前は」
何故か。翔のドヤ顔に姉ちゃんの姿がダブって見えて、血筋って恐ろしいと頬を引きつらずにはいられなかった。
それにしても、成長した二人と一緒にお風呂に入るのはそろそろ限界かもしれない。
翔も真織ももう小学生で、以前見た時よりも頭半子分くらい大きくなった。おかげで、前は三人で入っても少し余裕があった浴槽が今ではもう窮屈に感じるようになった。
「翔はそろそろ俺と一緒に風呂入るの卒業だな」
「えぇ⁉ 絶対やだ! 俺まだしゅう兄ちゃんと一緒に風呂入りたい! 真織が出て行けよ! 真織は女だろ!」
「まぁ、そう言われればたしかに真織は姉ちゃんと一緒にお風呂に入ってもいいかもしれないな」
「やだ。真織。しゅうお兄ちゃんと一緒にお風呂入りたい。でも明日はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入る」
「真織は欲張りだなぁ」
「欲張りはだめ?」
「いや。全然いい。むしろ真織は欲張りなくらいが魅力的だ」
「みりょくてき?」
「可愛いってこと」
そう言えば、真織は「かわいい」とはにかみながら復唱した。……神様、今からでも遅くないんで、この可愛い従妹と横暴な姉を交換してください。
真織のあどけない仕草にきゅんっ、と胸を締め付けられつつ、俺は隣でいじけた風に頬を膨らませる翔に言った。
「翔。お前めちゃくちゃ真織のこと大事にしろよな。周りにシスコンと言われてもいい。お前の手で真織を怪物ではなく乙女に育て上げるんだ」
「何言ってんだ兄ちゃん?」
「妹を守れ、兄として」
「それならもうやってる! なんたって俺は真織の兄ちゃんだからな!」
「――ほんと、いい兄ちゃんだな翔は」
「へへっ。だろ」
ヒーローポーズを取って白い歯を魅せて笑う翔に、俺はその逞しい姿に思わず笑みがこぼれる。背丈だけじゃなく、精神もしっかり成長しているようで溜飲が下る。
真織と同じように翔の頭を撫でれば、しっかりと成長しているもののやはりまだ子どもの翔は嬉しそうに口許を綻ばせた。
約束を守る翔と、可愛い真織。俺は、そんな二人のまだ頼れる兄ちゃん。
だから、
「うしっ。ご飯食べ終わったら三人でゲームするか!」
「やったぁ!」
「しゅうお兄ちゃんしゅうお兄ちゃん。真織、前にお兄ちゃんが遊んでたゲームやりたい」
「それって現臨のことか? ……ふふ。いいだろう。特別に兄ちゃんのスマホ貸して遊ばせてやる」
「やった!」
両手に花ならぬ、両手に従姉弟。
爺ちゃん家に帰って来れるのは限られているから、だから、こうして二人と会える時は全力でお兄ちゃんを遂行しよう――。
【あとがき】
――その時、突如藍李さんの脳内に溢れ出した、存在しない記憶。
「ハッ! ……しゅうくんが今、すごくいいお兄ちゃんムーブしてる気がする! お風呂場行ってきてもいいかな⁉」
「しゅうに怒られてもいいなら行っていいんじゃない?」
「うえーん。旦那様(まだ仮)の活躍、間近で拝みたいよ~!」
「……ほんと、藍李ってしゅうのことになると知能が低下するよね」
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