第147話 真織の優しいお従兄ちゃん
「しゅう兄ちゃん! エビ獲りに行こ! カエルも捕まえたい!」
「しゅうお兄ちゃん。真織もお兄ちゃんと一緒に遊びに行きたい」
「おー。翔ー、真織ー、お兄ちゃんの腕を両方から引っ張らないでくれ。引っ張るとしても前に。横は身体が千切れちゃう」
「「遊びに行こー!」」
広間での家族
「しゅうくん人気者だねぇ」
そんな小学校低学年に振り回される俺を藍李さんは感嘆とした吐息をこぼしながら眺めていた。呆気取られている彼女に、呑気にお茶を
「藍李もよく知ってるでしょ。しゅうが生き物全般に詳しいの」
「うん。動物だけじゃなく昆虫とか魚にも詳しいよね」
「そうそう。で、そんな生き物に詳しいお兄ちゃんが帰って来ると、一緒に獲りに行ってくれたりその場でその生き物の特徴とか説明したりしてあげるから、翔たちだけじゃなくこの辺りに住んでる子どもたちにめちゃくちゃ人気なんだよね。あの生き物博士が帰って来たぞ! って感じで」
「あはは。たしかにしゅうくん。教育番組並みに知識が豊富だもんね」
「これぞ、好きこそものの上手なれってやつですなぁ」
「凄いね真雪。そんなことわざ知ってるんだ」
「バカにし過ぎだよ⁉」
べつに生き物博士と評されるほど知識豊富ってわけでもないけどな、と姉と婚約者の会話に胸中でツッコミつつ、俺は遊びたくて仕方がない従姉弟たちを説得する。
「翔、真織。生き物獲りに行くのは明日じゃダメか?」
「明日は朝から爺ちゃんたちと川釣りに行くんだろ! 明後日は皆で海に行くし、三日後は夏祭りがあるから行くなら今しかないじゃん!」
「じゃあ四日後に行こうぜ。一日フリーだから。翔と真織に一日付き合ってあげよう」
「やだ! 今すぐ兄ちゃんと遊びたい!」
今日はもうごろごろしたいのだが、どうにも翔がそれを許してくれない。
「翔ぅ。兄ちゃんちょっとゲームやりたいんだけど。ツイッチ一緒にやらない?」
「やだぁ! 外で遊びたい!」
「お前ほんとに現代っ子かよ」
気を逸らそうとしてもダメだった。翔はやっぱり生き物を捕まえに行きたいようで、駄々を
俺が翔と同じ歳だった頃はもう立派な引きこもりだったんだけどな。家でゲームしてたり動画見てたりするほうが圧倒的に楽しかったし。釣りに行くのは別腹として。
……まぁ、翔も真織も普段はあまり外で遊ばない子というのは朱音さんから聞いているし、生き物博士が帰って来たせいで外で遊びたい欲が刺激されてるのかもしれない。
仕方ないので翔のおねだりに付き合おうとした時だった。もう片方の手を握っている真織が、潤んだ瞳で俺を見上げながら小さな声を震わせてこう呟いた。
「ま、真織はお兄ちゃんと一緒に遊べるなら外でもお家でもどっちでもいいよ」
可愛い。そして優しい。
「真織は他人を思いやれるいい子だなぁ」
「えへへ。しゅうお兄ちゃんに頭なでなでしてもらうの、真織、好き」
「尊さの権化っ!」
蝶よ花よと可愛い従妹に癒されていると、
『――しゅうくぅぅぅん?』
「ひえっ」
「? どうしたのしゅうお兄ちゃん?」
「……なんでもない」
前方からこの和やかな空気を相殺する殺気の籠った視線を感じた。
相手が身内だろうがロリだろうが女であれば嫉妬対象になる嫉妬深い婚約者にため息を落としたあと、俺は不思議そうに小首を傾げている真織の頭を最後にもう一度だけ堪能してから言った。
「……真織は何がやりたい?」
「しゅう兄ちゃん真織のことすぐ甘やかす!」
「翔静かに。お前も真織の兄なら、真織のことよく分かってるだろ」
「……それは、そうだけど」
自分より妹を優先されたと不貞腐れる兄の語勢を削いで、俺は小さな身体をもじもじさせている真織を見つめる。
そして、これは真織を甘やかしてるわけじゃない。むしろ、真織にとってはその逆だろう。
真織は自分の意見を相手に伝えることがあまり得意な子じゃない。まだ精神的に未熟なことと、頼れる兄の背中にずっと付いていた結果、引っ込み思案な性格になってしまった。翔も翔で、立派なシスコンだから妹に頼られると調子に乗ってしまうから双方悪い方に症状が進んでしまっている。
だからこうして、俺は真織に自分の意見を吐かせるために問いかけている。真織の意思を尊重したい。そのために、小さな従妹に真正面から向き合う。
ひたすらに小さな従姉が胸襟を開いてくれるのを待てば、やがて真織は小さな声で、でもしっかりと自分の気持ちを俺に伝えてくれた。
「わ、私は、しゅうお兄ちゃんと一緒に、お外に行きたいな」
「ん。そっか。それじゃあ、皆で生き物獲りに行くか」
「――いいの?」
「あぁ。その代わり、ちゃんと汚れてもいい服に着替えること。翔も外に行くなら文句ないだろ」
「ぶー。兄ちゃんは真織に甘い」
「真織は可愛いからな。つか、お前だって真織に甘いだろ」
「真織は俺の妹だからな! それに可愛いし!」
「じゃあいいじゃねえか」
このちっこくて可愛い妹は兄たちをメロメロにさせる。否、雅日家全員、この末っ子に過保護だった。それに真織は雅日の血筋を継いで唯一の我が強くない女だ。女の子はワガママなくらいが丁度いいが、真織には姉ちゃんや母さんみたいにはなって欲しくない。できれば婆ちゃんみたいな淑やかな女性に育ってほしい。
そんな願いを込めつつ、俺は真織と翔の背中を押した。
「ほら、翔も真織も着替えて来い。兄ちゃんも着替えるから」
「兄ちゃんはそれでいいだろ」
「ダメだわ! この服気に入ってるんだから!」
「前は着替えることなんてなかったのになー」
「翔。それ以上余計なこと言ったらザリガニにお前の鼻抓ませるからな」
「やれるもんならやってみろー!」
きゃはは! と悪戯小僧のような笑い声を上げながら着替えに向かった翔の後に続くように真織もとたとたと可愛らしい足音を立てて去っていく。
『元気』の塊のような従姉弟たちからようやく一度解放されて、俺は深く吐息を落とした。
「お疲れ様。しゅうくん」
「子どもの相手は本当に疲れますね。この後はもっと疲れるんだろけど」
壁に背もたれを預ける俺の隣に、藍李さんがくすくすと笑いながら座ってくる。
「ね、私も生き物獲り、付いて行っていい?」
「もちろん。でも、大丈夫ですか? オタマジャクシとかザリガニ触れる?」
「が、頑張る!」
「あんまり無理はしなくていいですからね」
両脇を引き締めてそう意気込みを見せる藍李さんに思わず笑ってしまいながら、
「それじゃあ、皆で楽しみますか。生き物観察」
「うん。頼りにしてるね、しゅうくん先生」
「――っ! へへ、任せて」
こうして、夕飯ができるまでの自由時間は従姉弟や婚約者とともに水辺に住む生き物たちの観察することがきまった。
「……お母さ――ん! アイスコーヒー作って! とびきりに苦いやつ――!」
【あとがき】
帰省編はしゅうがお兄ちゃんしてるとこをたくさん描いてます。まぁ藍李さんと一緒にいると忠犬だけど。
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