第146話  子どもができたら……

「ここがトイレ!」

「こっちが風呂場!」

「こ、ここは畑だよ。皆で色んなお野菜育ててるんだ」

「わぁ! お家に畑があるなんて凄いね⁉」

「えへへ。このトマトは私とお母さんで育てたんだよ」


 荷物を広間に置いて現在、藍李さんは姉ちゃんと従姉弟たちに家の案内をしてもらっている。


 小学生と同等のテンションで藍李さんを案内している姉ちゃんに苦笑を浮かべていると、爺ちゃんが俺に向かって「それにしても」と声を掛けてきた。


「ホンマに変わったな、しゅう」

「今日でそれ言うの何回目だよ」

「何度も言っちまうくらいには驚いてるんだよ」

「……まぁ変わったっていう自覚はあるし、前の自分じゃあの人と対等にはなれなかったから」

「心根の方も随分と成長したようで爺ちゃん嬉しいぞ! それに孫がイケメンになって鼻が高い!」

「ああもうっ。褒めてくれるのは嬉しけど雑に頭撫でるなよ。せっかくセットした髪型が崩れちゃうだろ」

「あのしゅうが見た目を気にするようになったとは。爺ちゃん感動で涙出てきちゃった」

「……うぜぇ」


 成長した姿を褒めてくれるのは素直に嬉しいけど。けど、反応が大袈裟で若干イラついてきた。


 わしゃわしゃと犬を愛でるように撫でくる手を払い退けると、今度は隣に座っている朱音さんから質問が飛んできた。


「それでぇ? どうやってあんな超高級物件捕まえたのさ? 藍李ちゃんは自分が捕まえたみたいに言ってたけど、実際のところはどうなの?」

「それは……うん。藍李さんの言葉が正しいよ。前から接点はあったけど、半年くらい前に仲良くなるきっかけがあって、それでまぁ色々あって付き合ったって感じ」

「その色々・・はあとで洗いざらい吐かせるとして……告白は‼ どっちが先にしたの⁉」

「お婆ちゃんも気になるねぇ」

「爺ちゃんも気になるな!」

「……うぐ。答えなきゃダメなやつっすかね?」

「「当然」」


 雅日家の女性は漏れなく全員圧が強い。そこに孫の浮いた話が聞きたい爺が加われば、拒否権なんてものが行使されるはずもなく。


 俺は大仰に嘆息をこぼしたあと、諦念を悟ってぎこちない口調で答えた。


「……最初は、藍李さんの方から」

「ん? 最初? つまりどういうこと?」

「よく分からないねぇ」

「その言い方だとまるで告白が何回かあったみてぇじゃないか」

「だあああもう! 最初は藍李さんから付き合ってほしいって言われたけど、その時はまだ自分に自信がなかったからその告白を保留にしてたんだよ! 最後は俺が告白したけど……あの時のことは結構大変な時期だったからあまり思い出したくないっつぅか、語りたくないんだよ!」


 今でこそ藍李さんの隣に立つことに誇りを感じているが、当時、まだヘタレだった頃の俺は彼女の隣に立つことにずっと怯えていた。


 彼女から猛烈にアピールされてずっと互いを想い合っていたのに、それなのに俺は周囲の評価ばかり気にしていて中々素直になれず、藍李さんの気持ちに応えようとしなかった。いや、正確にいえば、応えるために藻掻いていたか。いずれにせよ、彼女の好意を受け取っていながら真正面から享受できなかったヘタレだったことに間違いはない。

 

 黒歴史ほどではないがあまり深堀りされたくもない過去なので、どうしてもこの先を知りたいなら「この話の詳細は藍李さんに聞け」と強制的に話題を打ち切らせてもらった。


 凄まじい圧を孕みながら三人を睨めば、これ以上は俺の機嫌を損ねると察したのだろう。こくこくと頷いた爺ちゃんたちに俺は「分かればいい」と鼻息を吐いた。

 

 それから小休憩がてら婆ちゃんが淹れてくれたお茶を啜っていると、丁度家の視察を終えた探検団が広間に戻って来た。


「ミヤビ探検団が帰って来たぞ~!」

「お帰り藍李さん」

「ただいま」


 戻って来た婚約者と微笑みを交わしていると、自宅の感想を聞きたくてうずうずしている爺ちゃんが忙しない様子で藍李さんに訊ねた。


「どうだったかな藍李ちゃん。じいじと婆さんの家は?」

「とても素晴らしい場所だと思います。広さは言わずもがなですけど、足に馴染む木板も故郷に帰って来たような安心感のある雰囲気も、それと何より惹かれたのがお庭の畑ですね! 家庭菜園とは思えないほど瑞々みずみずしいお野菜が育てられていて感服しました!」

「そうじゃろおそうじゃろお!」


 藍李さんの感想に分かりやすく鼻を伸ばす爺ちゃんに俺と父さんは揃って苦笑。こういう褒めればすぐ天狗になる所を俺と姉ちゃんが引き継いでいるのだと思うと、なんだか羞恥心が掻き立てられてくる。


 藍李さんも藍李さんで、人の懐に入るのが本当に上手い。でも、今回は意図的ではなく自然と爺ちゃんの好感度を上げている。やはり、俺の婚約者恐るべし。


 最初は緊張で強張っていた表情も時間とともに笑顔が増えているようで俺も一安心。やっぱり藍李さんは笑顔がよく似合う……


「ベタ惚れですねぇ」

「甘いわねぇ」

「うっせ」


 婚約者の笑顔に魅入っていると不意に前方から不快な気配を感じ取って、ニマニマと邪悪な笑みを浮かべながら俺のことを見てくる母と叔母にデコピンを食らわせた。


 我が家の女帝と恋バナ好きな叔母を黙らせた所で俺は立ち上がり、そのまま藍李さんの下へ。


「喉乾いたでしょ。飲み物持ってくるから休んでてください」

「あ、うん。ありがとう」

「しゅう兄ちゃん俺の分もー!」

「分かったよ」

「しゅうお兄ちゃん私もー」

「姉のくせに子どもの真似すんな。言われなくとも持ってきてやる」

「しゅうお兄ちゃん! 私も藍李さんお姉ちゃんに飲み物用意してあげたい」

「ん。それじゃあ一緒に行くか」

「うん!」


 少々一人見知りする真織だが、どうやら藍李さんのことを相当気に入ったらしい。

たぶん、自分が一生懸命に育てた野菜を褒められたのが余程嬉しかったのだろう。


 幼女心さえすぐに掴む婚約者の手腕に脱帽しつつ、俺は手を繋ぎながら行きたいと強請って来る真織の小さな手を握って台所へ向かう。


「真織は藍李さんのこと好きになれそう?」

「うん! 藍李お姉ちゃん、とっても優しいお姉ちゃんだね」

「ならよかった。藍李さん。ここに来たばかりでまだ不安な気持ちがいっぱいあるだろうから、その時は真織が手伝ってあげてくれ」

「……それじゃあ、その時は真織が藍李お姉ちゃんのお姉ちゃん?」

「あはは。そうだな。頼りにしてるからな。真織」

「――っ! うん! 真織頑張る!」


 そんな婚約者と従姉弟の微笑ましい光景を、一人の女性が恍惚とした表情で眺めていて。


「――子どもができたらあんな感じなのかしら」

「藍李。アンタまだ学生でしょ」


 将来妄想を膨らませる親友に、姉ちゃんはやれやれと肩を落としたのだった。



【あとがき】

レビューコメントで爺ちゃん家の大きさについてご指摘をもらい修正した結果、なんか爺ちゃん家がバカでかくなりました( ゚ ρ ゚ ) 


というわけで爺ちゃん家の大きさはレビューコメントを参考にしてくれ! 書いてくれた読者さんありがとう! (第144話は修正はしたぞ!)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る