第140話  姉はまだ納得してませんけど?

 さて、藍李さんも雅日家の帰省に同伴することが決定し、約一週間後には父さんの実家がある静岡に行くわけだが……、


「じゃじゃーん! どうかな? 似合ってる?」

「ヤバいマジ天使です! 女神降臨! 眼福の一言に尽きます!」

「ほれほれこっちもどうよ? 天使降臨しちゃったかな?」

「そうだな」

「貴様ァ。彼女と姉とで明らかに態度が違うのはどういう了見だぁ? 返答次第じゃ三途の川渡らせるぞ?」

「ぐぇぇ……姉の水姿見て可愛いとか言う方がキモいだろ」

「いや言いなさいよ! 姉好きの弟のくせにそういうところ渋るな!」

「偏見生む発言止めろ!」

「……あはは」


 本日。夏休みを絶賛満喫中の俺は、藍李さんと姉ちゃんの三人で平日のショッピングモールへと赴いていた。


 そして現在、俺は水着売り場にてやたらと目立つ二人の水着試着に付き合っている。


 藍李さんは言わずもがな。家族贔屓抜きにしても真雪姉ちゃんは可愛い。それに藍李さんには劣るもののそれなりに胸はあるしスタイルもいい。健康的肌色も魅力的だ。我が高校で美女トップ2と謳われるだけあって、こうして街中で揃って並ぶとかなり目立つ。おまけに今は水着試着中だから余計にだ。


 ただ、やはり姉の水着姿を素直に褒めるのは照れくさいというかむず痒い。なのでつい素っ気ない反応してしまったのが、どうやら弟のそんな反応が気に食わなかったようで姉ちゃんは思いっ切り首を絞めてきた。


 そうして姉に首を絞められながら周囲の声に耳を澄ませてみると、


「――やば。あの黒髪の子すっごく美人じゃない?」

「隣の子もめっちゃ可愛い」

「「男の方もかなりイケメンじゃない?」」


 ――とまぁこんな感じで、先程から周囲の俺たちに対するひそひそ話が尽きない。


 それにしても、イケメンかぁ。ちょっと嬉し――


「あ。今浮気の気配を感じました。これはお家に帰ったら調教が必要かな?」

「――ひえっ」


 モノローグすら筒抜けとかほんと怖すぎるんですけど俺のカノジョ。


 顔は笑っているが目が笑っていない藍李さんに詰め寄られ、弟の態度にご立腹の姉に首を絞められる。中々に踏んだり蹴ったりの状況だった。


 どうにかして二人を落ち着かせたあと、俺は額に滲んだ冷や汗を拭いながら水着美女二人に問いかけた。


「……それで、二人ともその水着にするの?」

「え? 私はしゅうくんが気に入ったもの全部買うつもりだよ?」

「「やば」」 


 さらっとそう言った藍李さんに姉弟揃ってドン引き。


 散財はだめ、と目が本気の藍李さんを二人で必死に説得すると、


「うぅ。分かりました。全部買うのは我慢します」

「「うんうん。お金は大事に使おうね」」


 と、渋々といった表情ではあるが最終的に雅日姉弟の説得を聞き入れてくれた。


「でも二着は買おうかな」

「一着で十分だと思いますけど?」


 やはり数着は買おうとしている藍李さんに小首を傾げれば、そんな俺に向かって彼女は妖艶な笑みを浮かべて、こう告げた。


「一着は皆で海水浴に行く用で、もう一着はしゅうくん専用だよ」

「――っ!」

「ふふ。この意味、しゅうくんなら分かるよね?」


 そりゃもう。

 向けられた期待と高揚を宿した双眸に、俺はごくりと生唾を飲み込む。

 俺専用水着。それはつまり、それを着て藍李さんとセッ――


「このエロ猿!」

「ぐはぁ!」


 小悪魔の誘惑に欲情を刺激され、ここが公共の場であるにも関わらずピンク色の妄想が膨らんでいく最中、突如強烈な一撃を腹に食らった。


 そのあまりに豪快かつ高威力な拳打に、俺はうめき声と目尻に涙を溜めながら殴って来た本人を睨みながら叫んだ。


「……ぐぇぇ。ま、マジで手加減しろよこのバカ姉貴! 黒閃出すんじゃねぇ!」

「こんな場所で変な妄想するエロ猿にお仕置きしただけですぅ」

「だからって容赦なさ過ぎるわ!」

「変態にはこれくらいの制裁があって十分だっての!」


 たしかにこんな場所で息子を元気にせずに済んで助かったけども。でも、加減はして欲しかった。


 呻く俺を見て呆れた風に嘆息する姉ちゃん。その姉の隣をちらっと見れば、俺を露骨に煽ってきた藍李さんは、


「(てへっ)」

「てへ、じゃないですよ……」


 ちろっと舌を出しながら謝るカノジョの姿に、俺はただただ苦笑を浮かべるのだった。



 ***



「ねぇ藍李ぃ。しゅうとの同棲なんて止めてこっちで一緒に生活しようよー」

「真雪のお願いでもそれは無理かなぁ。ごめんね」

「ぶぅ。しゅうだけずるーい」

「でもこうして雅日家こっちにいる時は真雪と一緒にいるでしょ?」

「私は藍李と一緒にいたりなーい」

「もぉ。真雪は甘えん坊さんだなぁ」

「藍李が甘やかし上手なだけだよぉ」


 同棲期間中。両親への近況報告のために実家に帰って来るとほぼ毎回こんなやり取りが繰り広げられている。


 俺と藍李さんの同棲を両親は快諾かいだくしているが、しかしただ一人不平を訴えている人物がいた。それが誰なのかはもうヒントを出さずともこのやり取りを聴いていれば分かるだろう。


 俺たちの同棲に不満を抱く人物。それは、俺と同じく藍李さんのことが大大大好きな〝姉ちゃん〟だ。


「ねぇ。私も藍李のお家に一緒に住んじゃだめ~? 今から途中参加でもお義姉ねえちゃん全然喜ぶんだけど?」

「う~ん。この同棲はいずれ本格的に同棲する為の模擬実習としてしゅうくんと真雪のご両親が許可してくれたものだから、真雪の参加はちょっと難しいかなぁ」

「じゃあ私も将来一緒に住めば何も問題ないよね?」

「……そ、それは」

「お義妹ねえちゃんと一緒に住めるの、義妹いもうとは嬉しくないはずないよね~?」

「ええとですねぇ……」


 どんだけ藍李さんと一緒にいたいんだあの姉は。しかもしれっと俺たちの将来にも片足突っ込んできやがった。


 じりじりと詰め寄る姉ちゃんに藍李さんも強く断れないせいで狼狽ろうばいしている。


 そろそろ助け船を出してあげないと可哀そうなので、俺は遠くから見守るのを止めて恋人に詰め寄る姉の襟をぐいっと掴んだ。


「おい。いい加減にしろよ。俺と藍李さんの同棲の邪魔しようとすんな」

「しゅうの意見は聞いてませーん」

「なら父さんに直接抗議しに行けばいいだろ」

「そ、それは……実はもう一回したけど、結構ガチ目に説教されちゃったからこうして藍李の許可をもらおうとしてるんだよっ」


 怒られてんのかよ。まぁ、あの父さんが結婚を視野に入れて同棲している俺たちへの介入なんて許すわけないわな。でもそれで藍李さんに許可を貰えばワンチャンあると思っている辺りが実に俺の姉である。アホだ。


「とにかく、俺と藍李さんの同棲の邪魔すんな。こうして週に一度は家に来て泊ってるんだから、それで妥協しろ」

「やだやだー! 私ももっと藍李と一緒にいたいー! 藍李と遊び足りなーい!」

「これで高校二年生とか信じられねぇ。思考が小学生じゃねえか」


 なんとも我儘わがままな姉だ。恋人揃って大仰にため息を吐く。

 そんな不毛極まりないやり取りをリビングで交わしていると、この家にもう一人いる女性がため息を落としながらやって来た。


「藍李ちゃんと一緒にいたい気持ちは分かるけど、真雪。アナタちゃんと夏休みの課題進めてるの?」

「ぎくう⁉」

「お母さん言ったわよね? お父さんの実家に帰るまで、せめて半分は進めておきなさいって。こっちに帰ってきたらもう二週間切るのよ」

「だ、大丈夫! 帰って来てもまだ二週間あるから!」

「去年そうやって言い訳し続けて結局課題が終わらなかったのは誰? また泣きながら課題終わらせたいの? 

「正論パンチ止めて!」


 我儘な姉の暴走を一言で制したのは、キッチンから三人分の飲み物とおやつを運んできてくれた母さんだった。


 例年通り夏休みの課題を全く手を付けていない姉に苦笑を浮かべていると、今度は俺にも同じ質問が鋭い双眸とともに投げかけられた。


「しゅうは? 藍李ちゃんとの同棲にかまけてないでちゃんと課題進めてるの?」

「もう終わったよ」

「あらっ」

「うっそあのしゅうが⁉」

「ふふん。もう姉ちゃんが知っている雅日柊真ではなないのさっ」


 母さんが運んでくれたレモンティーを口に運びながらそう告げると、家族は青天の霹靂へきれきにでも遭遇したかのように驚愕した。


 その態度に失礼だなとは思いながらも、しかし去年までの自分を回顧かいこすればその反応は至極全うでもあると納得している節もたしかにあって。


「なんだあれか。藍李に全部教えてもらったのか」


 未だに俺が課題を完走したことに懐疑心を抱いている姉に頬を引きつらせると、俺の努力を常に隣で見てきた藍李さんが姉の言葉を否定してくれた。


「ううん。私は何も教えてないよ。しゅうくんすごいんだよ。全問すらすら解いて、夏休みが始まって一週間くらいにはほとんど終わらせてたよね」

「そうですね。意外と問題量少なかったかし、手古摺るような問題もなかったからすぐ終わりました」

「あ、ありえない⁉ あのしゅうが……勉強大嫌いで読書感想文なんて夏休み最後までやらなかったあのしゅうが、わずか一週間で課題を済ませただなんて⁉」

「ちなみに読感文は一日で終わらせた」

「はぁ⁉ アンタいつの間に天才キャラになったの⁉」


 ふふん、とドヤ顔を決めて姉ちゃんに自慢げに報告すれば、その事実を受け入れることができていない姉は頭を抱えて愕然。


 なんつう失礼な反応だと、と頬でも抓んでやろうかと思案していると、その話を横で聴いていた母さんが感嘆の吐息をこぼしていることに気付いて。


「偉いわしゅう」


 母さんにこうして直接褒められると、嬉しいようなむず痒いような気持ちになる。でも、やっぱり嬉しいという気持ちの方が勝って。


 息子を真っ直ぐに見つめてくる感嘆を宿した双眸に、俺はぽりぽりと頬を掻きながら素っ気なく返した。


「ん。母さんと父さんに宣言しちゃったからね。獣医になりたいって」

「浮かれてないでちゃんと勉強にも精を出しているみたいで、お母さん安心したわ」

「当たり前だろ。……まぁ、勉強の邪魔してくる人はいたけど」

「てへ」


 ちらっとカノジョを見れば、露骨に視線を逸らされた。


 恋人とイチャイチャしたくて堪らない猛攻を絶えながらの勉強はやはりハードモードで、襲いたい欲望と勉強しなければいけないという二律背反にりつはいはんに何度頭が爆発しかけたかは覚えてない。だから勉強が終わったあとはほぼ毎回、母さんにはとても言えないようなことをしてしまっているわけで。それが後ろめたくもあったが、まぁ勉強はちゃんとしているし問題はないはずだ。うん。


 自己完結してやや強引に思考を切り替えつつ、俺は母さんとの会話を続けた。


「そもそも俺らの高校進学校じゃないから課題量は少ないんだよ。藍李さんなんか四日目にはもう全部の終わらせてたよ」

「それを真雪はまだほとんど手も付けていないだなんて……はぁ。今年は置いて行こうかしら」

「やだあ! 私も絶対行くぅ! 藍李と海も夏祭りも行かないで夏が終われるか! 私は藍李と一緒に静岡を満喫するんだ!」

「なら少しは勉強しなさい」

「あ、明日からやるよ。今日は藍李が泊まる日だから許して?」

「あ、それなら今から私が勉強見てあげるよ、お義姉ちゃん」

「嫌だあああああ! 勉強したくないぃぃぃぃぃ!」

「「……やれやれ」」


 あまりに勉強が嫌いすぎて遂にはその場で泣き喚く子どもが如く暴れ始めた姉ちゃんに、俺と母さん、藍李さんは揃ってこめかみを押さえる。


「……少しはしゅうを見習いなさいね、お姉ちゃん」

「うぅぅ。少し前までは私の方がしっかり者だったのにぃ。いつの間に立場逆転しちゃったんだ!」


 そんな母さんの呆れたような物言いに、俺と藍李さんは揃って肩を竦めるのだった。





【あとがき】

読者よありがとう。僕はしばらく昼更新にすることに決めたよ。でも改稿してる時間はド深夜なの本当に意味不明。


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