第139話  まだまだ夏は終わらない

「――えっ! ……うん。いや、俺としては有難い話だけどさ……了解。藍李さんに聞いてみるよ」

「しゅうくん?」


 ある日の夜。こんな時間に珍しく電話を掛けてきた父さんに怪訝に思いながら話をしていると、嬉しさ半分、困惑半分といった提案を持ち出された。


 最後に小言と激励をもらいつつ電話を切れば、隣では藍李さんが小首を傾げながら俺を見つめていて。


「どうしたの?」

「いやぁ」


 どこから話すべきか、と眉間に皺を寄せること数秒。

 とりあえず全部打ち明けておくかと藍李さんに父さんとの通話内容を伝えることにした。


「えーと、さっきですね。父さんに今年の盆休みはどうするか聞かれたんです」

「ふむふむ」

「俺の家、毎年この時期は父さんの実家に帰省するんです。ただ、今は俺、藍李さんと同棲中だし行くのは難しいかもって話してたんですけど……」

「そ、それで?」


 少しだけ不安そうな表情で先を促してくる藍李さんに、俺は一拍継いでから父さんから持ち出された提案を彼女へ告げた。

 

「そしたら父さんが、じゃあ藍李さんも一緒に連れて行けばいい、って。もちろん、行くか行かないかは藍李さんの意思しだ――」

「行く!」


 意思次第、そう言い切る間もなく食い気味に首肯した藍李さんに、俺はたまらず苦笑をこぼしてしまう。


「即答ですね」

「だってしゅうくんと離れるの嫌だもん! 夏休みは一秒でも長くしゅうくんとイチャイチャしてたい!」

「そんな嬉しいこと言われると抱きしめたくなるなぁ」

「嬉しいという気持ちはハグでもキスでも何でもいいから示してちょうだい」

「じゃあ今回はハグで示してあげる」

「ぎゅぅ」

「ぎゅぅぅ」


 互いに恋人と離れたくないという意思を主張するように、両腕を広げて相手を迎え入れる。もう何度も交わした抱擁ほうようだが、この温もりは何度味わっても飽きない。それに、こうして気持ちを共有するようなハグは心が満たされていく。


 互いの温もりに存分に浸りながら、俺は藍李さんに帰省に同伴する件についての話を続けた。


「帰省に付いてくる時は藍李さんのことを俺の〝婚約者〟だって紹介するつもりらしいですけど、それでも大丈夫ですか」

「うん。全然平気。むしろ外堀埋められて僥倖」


 やっぱり藍李さんは変わってないな、と思わず失笑してしまった。


「もう十分外堀埋めたはずなのにまだする気なんだ?」

「絶対にしゅうくんを私の旦那さんにしないといけないからね。逃げられないよう、あらゆる手段と策を講じてキミを私のものにするわ」

「そんなことしても俺は藍李さんから離れる気ないんだけどなぁ。まぁ、藍李さんが俺の為にすることは嬉しいから何でもいっか」

「へへ。しゅうくんの為なら私は何でもするよ」


 なら、俺も藍李さんの為に何でもやろう。


 彼女が望むこと、望むもの、その全てをあげられるように。


 彼女が俺を自分のものにするために雅日家への更なる親交を望むなら、俺はそれを全力で手伝おう。


「俺もちゃんと、婆ちゃんや爺ちゃんたちに紹介するよ。藍李さんは俺の自慢のカノジョで、それから婚約者だって」

「うん。ちゃんと紹介して。私は未来のしゅうくんのお嫁さんだって」


 遅かれ早かれ婆ちゃんと爺ちゃんたちには報告することになるのは決まってるんだし、それならばさっさと外堀を埋めておいた方が何かと都合がいい。


 そうして藍李さんも雅日家の帰省に同伴することが決まり、その帰省も過去最高の思い出が作られることが確約したようなものになり、


「――ほんと、今年の夏は最高だな」

「ふへへ。私もー」


 決して色褪せることはない、鮮明な夏がまだ続くことを、俺と藍李さんは抱き合いながらその喜びを噛み絞めたのだった。



【おしらせ】

読者のみんな。昼更新と朝更新どっちがいい?



ひとあまは読者層を鑑みて通勤時間に読めるよう更新できるよう心掛けてるけど、昼更新でも「OK~」って意見が多かったら今後はお昼以降の更新に切り替えます。


……作者はね、作者はね、どっちでもいいのよ? ただ、ただね? 昼更新でいいよおぉ、って意見が多かったら嬉しいかなぁ。ど、どっちでもいいんだケドネ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る