第137話  カノジョのご機嫌取りも慣れました

 昨夜に続き今朝も性欲魔人からこってり精気を搾り取られて、現在は午後。


 家に引きこもってばかりでは身体がなまるということで、気分転換と運動も兼ねて午後はデートへおもむいていた。


 気分転換ではあるがデートということに変わりはないので、お互い相手にカッコよく&可愛く思われたい恋人同士はバッチリと容姿を整えている。


 藍李さんはパステルカラーのオフショルダーにボトムは黒のスプリットスカートにサンダルヒール。耳には夏を彷彿とさせるデザインのイヤリングを付けている。ちなみに、それは俺が前回のデートで藍李さんに似合うと思ってプレゼントしたやつ。早速気に入って付けてくれているようでめちゃくちゃ嬉しい。


 対して俺の方は……清楚感を意識しつつカジュアルに纏めている。一つだけ、いつもと違うと所といえば、耳にピアスを付けているくらいだ。つい最近藍李さんに手伝ってもらってついにピアスデビューした。


『に、似合ってますかね?』

『ただでさえイケメンなカレシが更にイケメンになった!』


 と、デートの前に藍李さんにお墨付きをもらえたので、見栄えは悪くないと思いたい。


 そんな感じで両者互いに相手に欲しい賞賛をもらって、散歩デートは最高潮のまま行われていた。


「くあぁぁ」

「おや。しゅうくん。すごく眠そうですね」

「どこかの愛しのカノジョさんに朝からこってり搾り取られましたからねっ」

「……あはは」


 そんなデートの最中、不意に欠伸がこぼれてしまった俺を見て藍李さんがぱちぱちと目を瞬かせた。下から見上げるように訊ねてきた藍李さんに俺はジト目を向けながら疲労気味の原因を言えば、その元凶たる人物は分かりやすく視線を泳がせた。


「でもでも! なんだかんだいってしゅうくんも乗り気だったよね?」

「それはっ……藍李さんに求められて、喜ばない男なんていないでしょ」

「むふふ。相変わらず可愛いですなぁ、しゅうくんは」

「調子に乗るんじゃありません」


 そのにまぁ、と笑った顔、すげぇ可愛いけど同時にちょっと腹も立つ。


 結局互いに満足した『今朝の出来事イチャイチャ』だと知った藍李さんのニヤケ顔が不服でその白くて柔らかい頬を抓めば、可愛いカノジョから可愛いうめき声がこぼれる。


「うへへぇ。このやり取りも好きぃ」

「もう何やっても喜びますね」

「だってしゅうくんが大好きだって伝えてくれるんだもん」

「――ふっ。うん。大好きだよ」

「うへへぇ。私も」


 決して痛くしないようにと細心の注意を払って抓んでいるからか、彼女から上がる声は幸福だと伝えるようなそんな優しい声だった。


 ここが公共の場だということは理解しているけど、だからといって藍李さんへの振る舞いを制限する気はない。以前ならば、周囲の視線が気になって行動を自制していたと思う。


 けれど、今は違う。


 今はもう、周囲の視線や評価よりも、『彼女』への抱く愛情をちゃんと伝えたい。


 だからこうして、ここが公共の場だろうがなんだろうが藍李さんを愛していることを自分の心が望むままに伝える。――そうあるべきだと、この人に教えてもらったから。


 ……まぁ、『抑えなきゃいけない』ものはちゃんと抑えてるけども。


「と、イチャイチャするのは一旦このくらいにして……デートの続き、しようか」

「――うん」


 名残惜しいが触り心地満天の頬を堪能するのはここまで。その代わりに手を差し出せば、藍李さんは双眸を細めて俺が伸ばした手を握った。


 硬く、決して解けないように絡む指は、『♡』を象って繋がれる。


 これが、俺と藍李さんの恋人の形。


 甘々で、お互いに我慢なんてせずに相手に甘えまくる、大好きって気持ちを隠さない、俺と藍李さんじゃなきゃ築けない恋人の形。


「あっ。そういえば今日から気になってた映画始まってるんだった」

「それじゃあ今からそれ観に行きますか。時間もたっぷりあるわけですし、今は夜遅くなっても平気ですしね」

「むふふ。これも同棲の良い所だねぇ」

「あははっ。ほんと、夏休み様久ですね」

「そうだね。……こんな日が、ずっと続けばいいのにな」

「大丈夫。ずっと続きますよ」

「――っ。うん。そうだね、この先もずっと、二人で一緒なら、この景色は何も変わらないもんね」


 色褪せることはない、鮮明な日々。


 藍李さんとだから。

 しゅうくんとだから。


 ――二人一緒だから、の日常はこんなにも輝いている。


「今日も最高な一日だねっ、しゅうくん!」



 ***



「……すごくビミョーだった!」

「うっそあれで⁉」


 藍李さんが気になっていた映画の鑑賞を終えたあと、休憩と感想交換を兼ねて寄った喫茶店にて、我が愛しのカノジョは悔しそうにテーブルを叩いた。


 感想をオブラートに包みながらもしかし不満は全く隠せていない藍李さんに、俺はこの時期にも関わらずホットカフェオレをすすりながらおずおずと訊ねる。


「俺的にはめっちゃ怖くて終始鳥肌もんだったんですけど、藍李さん的には微妙だったんですね」


 しゅうくんガッツリ怖い系は苦手だもんね、と地味に刺さる一言をもらいつつ、


「朝のニュース番組で『この夏、最凶の恐怖を貴方に!』って紹介されてて、PR映像も気合っているみたいだから期待してたんだけど、蓋を開けてみれば先読みし易い展開のオンパレードだったわ」

「そもそも藍李さん心霊系強いじゃないですか」

「強いというか、あここ絶対出てくるな、って分かってたら驚かなくない?」

「それ、心臓強者だけの意見です。普通はそれが分かっててもビビりますから」


 心霊関連の映像やその手の話には滅法強い藍李さん。小さい頃はそんなこともなかったらそうだが、年を重ねていくにつれて怯えたり恐怖する機会が減っていったらしい。それ故に今回の映画にはかなり期待していたそうだが、結果は残念ながら肩透かしを食らった模様。


「ぶぅ。これだったら普通に新〇誠の新作観たほうがよかったぁ」


 不貞腐れた顔も可愛いとかこの人世界のバグだろ、なんて胸中で戦慄しながら、俺はすっかり拗ねてしまった彼女に苦笑をこぼす。


「それじゃあそれはまた次観に行きましょうよ。この後は口直しに他に楽しそうな所に行こっか」

「うぅん」


 期待が裏切られて余程ショックだったのか、今日は珍しく藍李さんの機嫌が中々直らない。


 口を尖らせて拗ねた子どものようにアールグレイティーを啜る藍李さん。そんな彼女のご機嫌をカレシとして取るべく、とりあえずいくつか案を列挙していく。


「公園でも行ってみますか。前にアヒルボード乗ってみたいって言ってましたよね?」

「うぅん」


 これはダメ。次。


「アパレルショップは? そろそろ新しいお気に入りの洋服欲しいって呟いてませんでしたっけ?」

「しゅうくんが私の下着選んでくれるなら行くぅ」

「……うぐっ」


 出た。カレシが居心地悪くなる場所第一位の場所。それなりに人前に立つことや周囲の視線にも慣れてきたとはいえ、ランジェリーショップは俺にはまだ敷居が高い。


「そこだけはマジで勘弁してください」

「……今日の夜着けてあげるのにぃ?」

「……だめ。我慢して」

「ぶぅぅ」


 一瞬揺らぎかけた意思を慌てて建て直して腕で×を作れば、藍李さんは悔しそうに頬を膨らませた。


 まだ俺に下着を選ばせたいカノジョからの抗議の視線を意図的に無視しつつ、


「それじゃあ藍李さんが行きたい所はありますか?」

「らぶ――」

「俺たち未成年ですよ。あと、ここ普通のお店だから」

「ちぃ!」


 ラブホに行きたいと遅かれ早かれ言い出すとは予見していたので、藍李さんが言い切る前に一指し指で×を作って強めに否定した。


 カレシから即自分の提案を却下されたカノジョは心底悔し気に舌打ちしたあと――何故かその頬を怪しげに吊り上げた。


「そこがダメならお家で――」

「それは夜」

「これもダメなの⁉」

「ダメ~」


 次の案もさらっと拒否されて愕然とする藍李さんに、俺は澄ました顔で何度目かの×を作る。


 ラブホが駄目だならお家で、なんて思考は安直だし読み易い。藍李さんなら絶対揶揄いついでに提案してくると思った。半年間アナタの猛攻を受け止め続けた男を舐めないでほしいものだ。


「むむむ。手強くなったねしゅうくん」

「俺が手強くなったというより、藍李さんが分かりやすくなっただけでは?」


 俺を本物の恋人にする為にこれまで諸手を上げるほどの策謀を重ね続けてきた藍李さんだけど、この同棲が始まってから思考の短絡化が著しい。


「そのヤるかヤらないかしかない頭、少し直した方がいいですよ。藍李さんは聡明な人でしょう?」

「私をこんな女にしたのはしゅうくんのくせに」


 責任転嫁にもほどがあると言いたいが、実際、藍李さんをここまで重い女にさせたのは俺だという自覚もあるのでうまく反論できなかった。


 カノジョから注がられるジト目をわざとらしく背けつつ、


「美人で可愛くて聡明な俺の自慢のカノジョさん。次はどこに行きたいですか?」

「――――」


 どこまでも声音穏やかに、拗ねた子どもを労わるような声で彼女の欲望を促せば、眼前の女性は数秒沈黙して。


 それから、小さな、けれど可憐な微笑みが浮かび上がって。


 それはまるで、雨上がりに咲いた紫陽花のようで。


「なら次は、しゅうくんの行きたいところに連れて行って」

「――分かりました」


 それならば、そのご機嫌斜めになってしまった心が否応なく癒される場所へ誘ってあげよう。


 そこへ行けばきっと、二人とも頬が緩まずにはいられなくなるから。


「よしっ。それじゃあ次の目的地は猫カフェで決まりで! 異論はないですね!」

「おぉ! 私、猫カフェって初めて行くかも!」

「楽しみですか?」

「うん! すっごい楽しみ!」

「行きたくなった?」

「行きたい! 連れて行って!」

「――ふふ。うん。俺が藍李さんを楽しませてあげる」」


 こうして次の目的地が決まり、彼女の顔にも笑みが戻る。


ようやく機嫌を取り戻してくれた彼女が美味しそうにシフォンケーキを食べる姿を見つめながら、俺は胸裏でこんな感情に耽るのだった。


『――やっぱり。藍李さんのカレシは〝俺〟しか務められないな』




【あとがき】


昨日も☆レビュー付けて頂きありがとうございます。これからもひとあまの更新頑張っていきます!


時々ため口になるしゅうくんの破壊力凄まじいと思います。そしてこれまで藍李さんの意見に全肯定的なしゅうくんでしたが、最近は自分の意見も伝えたり藍李さんの考えを尊重しつつもダメなものはダメと言えるようになりました。以前のしゅうくんなら藍李さんがラブホに行きたいと言ったら抵抗はありつつも結局流されて搾り取られてましたが、しゅうくんもしっかり成長しています。まぁ、藍李さんの暴走までは止められねぇけど。


そして次話は猫耳回! ……になると思います。たぶん!まだ原稿書き上がってねぇぇぇ!  書き上がったら更新します。


Ps:しゅうと正式に付き合い始めてから藍李さんの態度や口調が柔らかくなったというとか年相応っぽくなりました。凛々しくて可愛い藍李さん無敵!

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