第133話 二人だけのペアリング:後編
「それじゃあ、今度は私の番だね」
「――ぇ」
藍李さんの言葉に目を見開くと、呆気取られる俺に柔和な微笑みを向けながら藍李さんはカーペットに置いた箱、そこにまだ一つ残っている指輪を掴んだ。
「ほら、しゅうくんも左手出して」
「……これって男が女性にするものでは?」
「そんな定義ありません。ほら、早く」
急かすように促され、俺は戸惑いながらも彼女の命令通り左手を掲げることにした。
そうして掲げた左手に藍李さんの細く綺麗な指先が触れて、空中でしっかりと留められる。
「おおぅ。なんだか妙にむず痒い」
「あはは。私はしゅうくんに同じことしてもらった時、胸が幸せでいっぱいだったよ」
「それは、うん。俺も今、すげぇ幸せ感じてます」
「ならよかった」
少しずつ、それが自分の薬指に近づいて、指の先と指輪の縁が触れた。ひやりと冷たい金属質の感触を味わうと、ふと耳朶が静かな声音を捉えた。
「――約束するよ。私も必ず、しゅうくんを幸せにする」
「……藍李さん」
「二人で一緒に。もっと色々なことを経験して、色々な景色を二人で見て、そうやって歩んでいこう」
「――うん」
「一緒に時間を重ねて、絆を結んで、これからも愛し合っていこうね」
俺が藍李に変わらぬ愛情を誓うように、藍李さんもまた、俺に変わらぬ愛情を誓ってくれる。
絆は、片方だけじゃな結べない。どちらか一方の信頼だけでは、その糸は絡み合うことなく平行線を辿ったままだ。
お互いに信頼し合う。その為に、お互いをもっと知る。そうして初めて、自分という糸は相手と絡み合って決して解けない『絆』へと昇華される。
これは、その『絆』を紡ぐための始まり。
俺と藍李さんがこれから
「うん。似合ってる」
「えへへ。藍李さんにそう言われると自信つくな」
藍李さんが俺の左手の薬指に填めてくれたシルバーのペアリング。既に彼女の左薬指に填まっているピンクゴールドのペアリングと同等の輝きを放つそれを見て、互いに口許を綻ばせた。
こうしてついに互いの薬指にペアリングを填めたわけだが、
「ね、しゅうくん」
「なんですか?」
「早速あれ、作ってみようよ」
「……ふっ。はい。それじゃあ、手を繋ぎましょうか」
俺たちが選んだペアリングはある仕掛けがあった。そして、それを早速実践しようと興奮気味の藍李さんに催促され、俺はその想いに呼応するように彼女と指を絡めた。
互いの左薬指に填めているペアリング。
俺たちが選んだペアリングは、互いの指を絡み合わせることである模様を浮かび上がらせる。
それは、
「――やっぱり『♡』にして正解だったね」
「照れる気持ちは正直ありますけどね。でも、こうして模様を作ると、藍李さんとの絆を感じられて自然と胸を張れる気持ちになります」
最終的に俺と藍李さんが選んだペアリングは、最初に彼女が惹かれた『♡』のペアリングだった。
目には見えない愛と絆。お互いを想い合う気持ちを『♡』を作ることで可視化させてくれるこの指輪を、婚約指輪を買うまでの期間に填める指輪として決めた。
少しだけ子どもっぽく見えるデザイン。でも、それでいい。
だって、実際俺たちはまだ子どもで、大人の真似事なんかしてもすぐに剝がれて本音と本性が露になってしまう。
取り繕うことができないなら、いっそ愚直なほど正直者でいたほうが気が楽だ。
それを相手が許容してくれるどころか、そんな自分でも愛してると喜んでくれるから、だから、この心が望むものを身に付ける。
それに、今はなによりも、
俺たちの愛と絆の象徴は、他人からすれば砂糖菓子よりも甘くて引いてしまいそうなほど真っ直ぐな『
「えへへ。これでまた、しゅうくんとの絆レベルが上がったね」
「……っ⁉ あまりに可愛いので抱きしめていいですか? つか抱きしめるね」
「はい。いっぱいぎゅうってしてください」
幸せそうにはにかむ藍李さんの表情に気持ちを抑えきれず、衝動のまま彼女をぎゅうっと抱きしめた。今日もめちゃくちゃ可愛いくてずるい。
藍李さんも俺のことをぎゅっと抱きしめ返して、しばし甘く心地よい時間に浸る。
そんな甘い時間がくれるのは、安寧だけじゃなくて。
「どうしようしゅうくん」
「? どうしました?」
「キスしたくなっちゃった」
「…………」
困った風にそう呟いた藍李さんに、俺はぱちぱちと目を瞬かせて、
「ふはっ」
「笑い事じゃないよぉ!」
悶えている理由があまりに可愛くて、つい吹き出してしまった。
「キスしたくなっちゃいましたか」
「うん。なんならすごくムラムラしてます」
「ペアリング効果エグ……
「押し倒していい?」
「だーめ」
「えぇ、我慢できな――」
不満げに頬を膨らませる俺の可愛いカノジョ。一挙手一投足、全てが愛しい彼女に俺はくすっと笑って、
「――ん⁉」
募り続けるアナタへの愛慕は、この口づけで伝えた。
唐突に藍李さんの唇を奪って、そのまま驚愕に目を見開く彼女を優しくカーペットに倒していく。
甘い味のする唇をしっかりと堪能して、それから「ぷはっ」と息を吐いて困惑している彼女を見下ろす。
「い、いきなりキスしてもらえるとは思わなかった⁉」
「ごめん。藍李さんがあまりに可愛すぎて俺からキスしたくなった」
「――っ! しゅうくんとキスできるなら、私はなんでもいいよ」
「ならよかった。それとエッチは夜まで我慢して」
「こ、こんな幸せ絶頂な状態で、しかもしゅうくんからキスされて我慢なんかできるわけないんだけど⁉」
「だめ。我慢して」
「~~っ⁉ (タメ口しゅうくんギャップヤバい⁉ 心臓爆発しちゃいそう⁉)」
「? 大丈夫ですか?」
「はひぃぃぃ」
「本当に大丈夫ですか⁉」
なんかすげぇ目が♡なんだけど⁉ なんで⁉
陶然とした表情の藍李さんに困惑しつつ、俺は彼女の唇に一指し指を当てて言った。
「今日は絶対ベッドでします。いいですね?」
「が、我慢したらご褒美くれますか?」
「それ藍李さんが満足するまで精気絞り取るって意味ですよね……うーん。昨日も凄まじかったけど……」
「たぶん、昨日より激しく求めちゃうかも」
「あれ以上⁉ 俺を殺す気ですか⁉」
「だ、だってだって! 今日は絶対に興奮爆発しちゃうもん! ペアリング見る度に身体が疼いてしゅうくん求めちゃうと思う! 自分を制御できる自信ない!」
「いつも制御できてない気がするんだけど」
「しゅうくんの可愛い顔見ると性欲が抑えられませんっ!」
この俺専用サキュバスめ。嬉しいことと恐ろしいことを同時に言ってくれる。
……まぁ、今日は俺も絶対すると思ってたし、何なら藍李さんの性欲焚きつけちゃった責任もある。
しょうがない。
「分かりました。今我慢したら、夜はご褒美に好きなだけ俺を求めていいですよ。その代わり! 夜までちゃんと我慢してくださいね?」
「分かったわ! それならさっさと夕飯食べてお風呂に入ろう!」
「こういう時は言うこと聞いてくれるんだから」
妥協してくれたというよりかはここで我慢した方が得策だと悟ったのだろう。嬉々とした表情を浮かべる藍李さんに、俺は怖気を感じてぶるりと背筋を震わせる。
とにもかくにもだ。
ペアリングを填めた。
今夜の予定も決まった。愛しの婚約者にガッツリ精気を搾り取られる未来も確定した。
お互い、こんなにも幸せでいいのかと不安になりながら、そんな不安を払拭するように、
「しゅうくん」
「分かってる。もう一回、でしょ」
「うん。もう一回、ううん。何度でもしよ?」
「――ふっ。いいよ。俺も、今日は藍李さんととことんイチャイチャしたい気分だから」
見つめ合って。そして、一つに溶け合おう。
「「――ん」」
俺たちは夜の前哨戦として、甘く濃密な口づけをもう一度交わした――。
【あとがき】
昨日は2名の読者様に☆レビューを付けて頂けました。いつも応援のほどマジ感謝です。これからも頑張って更新していくぞぉ。
そして本編では藍李さんに本性曝け出されたしゅうくんの攻っ気が以前よりも増してます。とてもえっちでいいですね。
この作品、糖度高過ぎて書いてる作者も「甘ぇ」と思ってます。こんな糖度高くなるはずはなかったんですけどねっ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます