第131話  一生を賭して

 ――自分の欲望を肯定される感覚というのは、自分が想像した以上に解放感と安寧を覚えた。


『――おいで。全部受け止めてあげる』


 思考を犯す甘い声音にそそのかされ、


『――そうそう。カッコ悪いしゅうくんも素敵だよ』


 取り繕っていた心さえもどろどろに溶かされ、


『――愛してる。キミの全部、何もかも、私は愛してる』


 プライドも見栄も必要ないと、ありのままの自分でいいと――自分の傍にいてくれるだけの満足なのだと、熱の籠った吐息と愉し幸せそうな顔に教えられた。


 それは心に、魂に、雅日柊真という一個体を形成する細胞全てに刻み込まれて――、


「今日は勉強いいの?」

「うん。今日はこのまま藍李さんにずっと甘えてたい」


 自分が否定しようとした部分まで余すことなく受け入れられた結果、俺は遂に緋奈藍李という女性に屈服してしまった。


 恋人の前ではカッコつけたい、情けない姿は見せたくない、頼りになる年下カレシだと思われたい。そんな見栄は、どこへやら。


 今の俺は自分が志していた理想の自分とは真逆の自分と化してしていた。


 それは夏休みを謳歌し、クーラーの効いた部屋で一日中ごろごろして、大好きなカノジョに甘えまくるダメダメな自分だった。

 

「ふふ。たまには休みの日も必要だもんね。あ、飲み物いる?」

「やだ。もっと藍李さんに甘えたい。俺から離れないで」

「きゅ――――ん! ふへへ。それじゃあもっと甘やかしてあげる」

「藍李さん大好きぃ」

「私も大好きぃ」


 理性がこれ以上堕落するなと警鐘を鳴らしてくるも無視。どうでもいい。カノジョに甘えて何が悪い。俺は俺が満足するまでこの甘えさせ上手な彼女に甘えるんだ。


 そんな俺を藍李さんが情けないと思わないのなら、彼女がこんな俺でも笑顔をみせてくれるなら、俺は構わず緋奈藍李という底なし沼に堕ち続ける。


「今日は藍李さんから離れない。ずっとこうしてくっ付いたい」

「うんうん。今日はずっと一緒にいようねぇ。あ、でも夕飯はどうしようか」

「なら今日は出前で済ませちゃおうよ。藍李さんもたまには家事サボって楽しよ」

「……へへ。そうだね。たしかに息抜きは必要だ」

「そうそう。今日はずっと……」

「一日中イチャイチャしようね」


 俺の言葉を継ぐようにしてそう言った藍李さんに、俺はこくこくと頷いて頬を緩める。


「藍李さん。頭撫でて?」

「~~~~っ! 可愛いしゅうくん。好きなだけいい子いい子してあげる」

「ふへ。藍李さんに頭撫でられるのちょー好き」

「私もしゅうくん撫でるの大好きぃ」


 甘えるというよりは幼児退行してる感が凄まじいが、藍李さんも母性本能が刺激されて終始ニヤけている。


 まさしく真のバカップルだが、しかし、そこにこそ真の愛情がある。


「ね。藍李さん」

「ん? どうしたの?」

 

 優しい手つき。穏やかな声音。心地よさに全身が飲み込まれていく最中、俺は彼女と黒瞳と紺碧の瞳を交差させて、


「情けない俺も好きになってくれてありがと」

「――――」


 そんな最大限の感謝を伝えた。


「……ふふ。カッコ悪くても情けなくても、しゅうくんはしゅうくんだよ。私が好きになったのは『立派』になったしゅうくんじゃない。優しくて思いやりがあって、一生懸命な所がすごく可愛い雅日柊真くん」

「――――」

「初めてした時にも言ったでしょ。しゅうくんの全部ちょうだいって」


 言われた。そして、俺も言った。


「あれは心と身体だけじゃない。良い部分も悪い部分も全部私に見せてって意味で言ったの。私はその全部を受け止めて、まとめて愛したい」

「――――」


 その言葉に嘘偽りがないことなど疑うまでもなく信じることができて、そして彼女が心の底からそれを望んでいることも、もう、言葉なくとも分かって。


 ――本当に、この人を好きになってよかったと、心の底からそう思える。


「うん。これからもっと見せる。だから、俺を見限らないでね」

「くすっ。そんな未来絶対ないよ。私はいつまでもキミを想ってるし、愛してる。ヤンデレが生涯に好きになる人は一人だけなんだよ」

「――――」


 ……そっか。


 …………そっか。


 ………………そっか。


「なら、俺の一生を藍李さんにあげるよ」

「はい。しゅうくんの一生を私にください」


 柔らかく微笑む彼女へ、俺は久遠の愛情を捧げることを誓った。それを、黒瞳に映す女性は大切なものを両手で抱きしめるように受け取って。


 何度交わしても飽きない言葉を、またアナタキミに伝えよう。


「愛してる。藍李さん」

「私も愛してるよ。しゅうくん」


 言葉でもこの胸は満たされる。けど、俺を底なし沼に堕とし続けてくれるこの人には、ちゃんと言葉だけじゃなくて行動でも示していこう。


 それが、


 ――俺の人生の一生を賭けてこの人を幸せにしよう。


 その誓いが、俺の胸に強く、一際に強く刻まれた。





【あとがき】

昨日は二名の読者様に☆(レビュー)を付けて頂きました。そして、さらにコメントレビューまで書いて頂けました。アザッス!


……ひとあまのレビューコメント、全員に『甘ぇ』、『糖分吐く』って書かれるんだけど。


Ps:藍李さんの猫耳プレイ回執筆中なんだけど……皆読みたい? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る