第130話  底なし沼は堕とし続ける

 溜まりに溜まったフラストレーションを解放させた結果――


「すぅ――すぅ――すぅ」

「はぁぁ。しゅうくんの寝顔。尊可愛いぃ」


 私への欲望を余すことなく全てぶつけ終えたしゅうくんは、今は疲れ果ててぐっすりと眠っていた。


 無垢な子どものような可愛い寝顔。意識が落ちて尚私に甘えてくるようにぎゅっと抱きしめてくるそんな彼に、私は頬の緩みが抑えきれなかった。


「……やっぱり。少し気張ってたよね。無茶ばかりさせてごめん」


 静かな寝息を立てるしゅうくんを起こさないように優しい手つきで頭を撫でながら、私は述懐に耽る。


 しゅうくんは私と付き合ってから変わった。


 どんな風に変わったかといえば、端的にいえば『立派』になった。


 それまで私が見てきたしゅくんはどこか鬱屈うっくつとした雰囲気の持ち主で、近づき難い印象だった。もっと率直にいえば、不気味な子だった。


 何を考えているのか分からない。どう接すればいいのか分からない。


「……中学生の頃のしゅうくんは距離感図るの難しかったなぁ」


 それが、私が知る、過去のしゅうくん。だから、いつも彼の家で彼とすれ違っても碌に会話ができず、挨拶程度の関係で終わってしまっていた。


 私に警戒していたわけじゃないのだろう。むしろその逆で、私に好意と憧憬を抱いてしまっていたが故に遠ざけていたのだ。『立派』じゃなかった頃のしゅうくんは、どうやら自分に自信を持っていなかったようだった。


 そして、その立派じゃなかった頃のしゅうくんは、とにかく無気力な子だった。


 基本的にやる気がなく、親友である清水さんと梓川くんに支えられながら中学生活を送っていたらしい。


 その話を聞いて思った。


 もしかしたら、それがしゅうくんの本当の姿なんじゃないかと。


 それと同時、私は彼に無理を強いているのではないかと。


「甘えたい欲求があるのは分かってた。でも、やっぱり『憧れ』の先輩に素直に甘えるのって難しいよね」


 これまでのしゅうくんの甘え方は、どうにも義務感のような、私が求めてきているからそれに応えなければいけないという、そういう恋人としての責任感で動いているように感じた。


 無論、全部が全部そうじゃないのは分かってる。しゅうくんが本心から甘えてきてくれる時は〝敬語が外れる〟ことをつい最近知ったから。


 だからこそ、私はしゅうくんの本心に気付けたわけで。


「清水さんといる時の方が、しゅうくん気楽そうだもんなぁ」


 当然といえば当然だ。


 だって清水さんは中学生の、まだ無気力で『立派』になる前からずっと傍にいた女性なのだから。


 変わらずとも傍に寄り添ってくれていた存在と、変わらなければ寄り添い合っていけない存在。どちらが一緒にいて気楽なんて、そんなの考える必要もない。


 私はまだ、清水さんのようにしゅうくんの本音を引き出せるほど、自然体のしゅうくんを引き出せる存在にまで至っていない。


 それが悔しくて、もどかしくて、歯痒はがゆくて、なんとしてでも引き出したかった。ありのままの雅日柊真を。


 立派なしゅうくんもカッコいい。


 でも、立派じゃないしゅうくんだって私は好きなんだ。


 清水さんに見せる一面を、私にも見せてほしい。


「もっとだらけていい。もっと、私にすがって――もっと、等身大のキミを見せて」



 今日ちょっとだけ垣間見れた、雅日柊真の本音。本心。本性。


 憧れの先輩を屈服させたい、自分の女にしたい。自分色に染め上げたい。もっと、甘えたい。そんな一人の男としての欲望。


 その欲望にブレーキなんて掛けさせない。理性に踏み留まらせはしない。


 キミがカッコ悪いと思う一面まで、私は愛したい。


 故に――、


「ずぅっと、死ぬほど愛してあげるからね、しゅうくん」


 キミの全部を私のものにするまで、私は彼を堕とすことを止めない――。




【あとがき】

昨日は二名の読者様に☆(レビュー)を付けて頂けました。この報告も随分と久しぶりな気がしますなぁ。


そして藍李さんはやっぱり怖ろしくも可愛い女だ。これからさらに甘々な二人になっていくとかマ? 


Ps:マジ!

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