第129話  年下カレシの本音(欲望)

 荒い気遣いを繰り返す最中。見下ろす女性が熱い吐息をこぼす様を捉えた。


「うんうん。それでこそ男の子だよ。欲望に忠実なくらいがいい」

「……この状況で、よく笑顔でいられますね」

「嬉しいからね」

「俺、今、藍李さんのこと犯そうとしてるんですよ?」

「うん。その状況が嬉しいんだよ」

「――っ!」


 見下ろす女性に見下ろされている気分に舌打ちすれば、そんな俺の反応を藍李さんは愉快げに口唇を歪めて見ていた。


 現在の状況を軽く説明すると、俺が藍李さんを押し倒している。場所はベッドではなくリビング。しかも真っ昼間に。


 そしてこんな状況になった経緯はというと、言わずもがな連日に亘って藍李さんに煽られたせいだ。


 散々褒められて、スキンシップ激しめで、それなのにキスも〝アレ〟もない。


 それをしようとする素振りはみせるのに、でも実行には移さない。


 何がしたいのか分からず手も出せない状態だったが、勉強中に後ろから抱きつかれて耳元でわざとらしく息を吹きかけられ続けて、挙句耳を一瞬だけ舐められたことが引き金になって遂に我慢の限界が訪れてしまった。


 そうしてほんの一瞬だけ失った自我が本能の赴くまま彼女を押し倒してしまったのだが、その浮かび上がった小悪魔の笑みを見て確信する。


「――ここ数日の焦らしプレイは、全部わざとですね」

「ふふ。どうでしょうか?」

「くそっ。どこまでも煽ってきますね」


 答えをはぐらかす藍李さんに、流石の俺も苛立ちが募る。


「答えてください」

「えー。どうしよっかなぁ」

「答えないとお仕置きしますよ」

「へぇ。どんな風にしてくれるの?」


 …………。


 藍李さん。今日は揶揄ってくるつぅか、すげぇ煽ってくる。


 まるで俺に咎められたいみたいな――俺に欲望をぶつけられることを期待しているかのように、紺碧の瞳が熱をはらんで揺れている。


 一瞬。思考に理性が働いて留まるも、しかし、


「――はぁむ」

「あはっ。しゅうくんに襲われちゃったぁ♡」


 語尾に『♡』を付いて見えたのは気のせいだろうか。お仕置き、かは分からないけど胸に湧き上がって止まない欲望に忠実に従って藍李さんの首元にかじり付けば、彼女の口から荒く、艶めいた熱い吐息がこぼれた。


「――ちゅぅぅ」

「んあっ……」


 抑えられない。


 艶めかしい白肌に、赤い痣ができるほど強く唇を押し付ける。


 こぼれる嬌声に更なる欲情を焚きつけられながらゆったりと顔を上げれば、藍李さんは恍惚とした表情で俺を見つめていて。


「次はどうする?」

「――っ⁉」


 促しているんじゃない。これは、委ねられている。それを声音と見つめる双眸から悟って、思わず生唾を呑み込んだ。ごくりと、音が聞こえるほど大きく。


 火に油を注ぐように、焚かれた炎に燃料を投下し続けてくる藍李さんに、俺は焚きつけられた欲望に従って見下ろすぞ女性を貪る。


「――んっ!」

「んんっ⁉ ……ふふっ」


 予備動作なしで唇を奪うと、藍李さんは一瞬だけ目を見開いて、けれどすぐに笑み深くした。


「……んんぅ」


 彼女の意思を無視した強引なキス。自分の好きなように、思うがままに彼女の咥内を蹂躙じゅうりんする。滑らかな舌触りも、唾液も、交換し合うのではなく全部吸い尽くすように舌を絡ませて、わせた。


 長い長い濃密なキスが終わると、その激しさを物語るように互いの口唇から唾液の糸がつた――


「もっと!」

「んっ‼ ……ふふ。好きなだけ、どぉぞ」


 唇を離してからたった数秒。沸々とマグマのように煮え滾る欲望をどうにも抑えきれず、呼吸も満足整っていないまま再び藍李さんとキスを交わす。否、唇を奪う。


 あぁくそ。全然足りない。


 もっと。


 もっと。


 頭がおかしくなるくらい、藍李さんとキスしたい。


 舌を絡めて、彼女の唾液を飲み込んで、熱い吐息も全部掻っ攫う。


 理性なんて完全にぶっ飛んだ、そんな相手への配慮なんて欠片もない乱暴なキスだった。


 普通ならそんなキスは嫌がるはず――それなのに、藍李さんは堪らなく嬉しそうに双眸を細めていて、ひたすらそんなキスを受け入れる。


「ぷはっ……なんで、こんな乱暴なキスされて嬉しそうなんですか?」

「……しゅうくんからしてくれるキスに嫌いも何もないよ。むしろ、これまでのキスの中で一番興奮した」


 こんな独りよがりのキスを?


 藍李さんの意思なんて無視したキスなのに、苦しそうだったはずなのに。なのに、なんで?


 疑問に埋め尽くされる思考に、ふと手が伸びてくる。


「全部ちょうだい」

「――ぁ」


 ゆっくりと伸びた指先が頬に触れて、混濁する意識が強制的に見下ろす女性へと向けられる。


「私ばかりが満足してるだけじゃ一緒にいる意味がない。私はこれからもしゅうくんとずっと傍にいたい。その為には、私もしゅうくんの意思を尊重する必要がある」

「――――」

「しゅうくん。私と何がしたい?」


 問いかけてくる優しい声音が、胸の奥底にあった、小さな小さな欲望を曝け出してくる。


「我慢しないで」

「――――」

「もっとしゅうくんの本音を曝け出して」

「――――」

「私はキミのなに?」

「――藍李さんは俺のカノジョ」

「そうだね。キミの、キミだけの女」

「俺の、もの……」

「そう。求めれば応じる。望めば応える。キミを幸せにする女」


 見つめる瞳が訴えてくる。欲望を、余すことなく全て自分にさらけ出せと。


「これまでは憧れの先輩だったかもしれないけど、でも今は違う。私たちは恋人で、婚約者で、愛し合ってる男と女。尊敬してくれるのは嬉しい。けれど、そのせいでしゅうくんが本音を抑えるのは寂しい」

「……べつに、抑えてるつもりは」

「じゃあさっきの乱暴なキスはなんだったのかな?」

「……っ」


 くすくすと笑いながら追求してくる藍李さんに、俺は上手く反論できずに口を噤む。


「あれが、しゅうくんの本音なんじゃない?」

「――――」


 本音。

 あれが、俺の、心の奥底にあった、自分すら知り得なかった――俺の本性。


「もっと恋人とエッチなことがしたい。自分が襲いたい。好きな風にやりたい。年上だろうが憧れだろうが関係ない。その黒瞳ひとみに映してるわたしを、むちゃくちゃにしたい」


 まるで洗脳でもするかのように、藍李さんの言葉が脳に響いてくる。


「もっと私に甘えたい。遠慮なんてしたくない。好きな時に好きなように私を抱きたい……」


 一度言葉を区切った藍李さんは、顔を上げると俺の耳元でくすっと嗤って、そして甘い声音で囁いた。


「憧れだった先輩を、自分の色に染め上げたい」

「――っ!」


 甘く、艶めかしく、理性を決壊させて本能に直接訴えてくるかのような声音。その声音が放った一言に、全身の産毛が残らず総毛粟立つ。


 ドクン、とこれまで以上に心臓が跳ね上がって、身体が熱くなっていく。


 自分の中の何かが――楔が千切れて、小さな小さな本能が一つになって『欲望』へと昇華する感覚があった。


「俺のものになった緋奈藍李を、本当はすごーくめちゃくちゃにしたいんじゃない?」

「はぁ――はぁ――はっ!」


 欲望が刺激されて、理性がぶっ飛んで、そして露になっていく本性を彼女は受け止めるべく甘い声音で促してくる。


「遠慮しなくていい。かせなんてない。しゅうくんの愛情の形を私に刻みつけてほ――きゃっ」

「はぁ……はぁ……はっ‼」


 藍李さんが言い終わる間もなくカーペットに身体を倒すと、小さな悲鳴が上がった。


 無言のまま彼女を無理矢理押さえつけた恋人の目――理性を失くした目を見た藍李さんは、ようやく見たいものが見れたと紺碧の瞳に期待と興奮をたたえて、


「ふふ。そう。それでいい。しゅうくんの本音、私に全部曝け出して」

「……後悔しないでね」

「激しくしてね」


 そこは普通優しくしてねじゃないのかよ、と思わず苦笑がこぼれる。


 まぁ、今更こんだけ煽られて、今更優しくできるはずがないけど。


「散々煽られて貯められた分の性欲。全部〝藍李〟に満たしてもらうから、覚悟してね」

「――っ! ……はい。しゅうくんの全部、私に注いでください」

「俺が気が済むまでヤるから、途中で気絶しても犯し続けるからね」

「むしろ望むところ!」


 ベッドに行く余裕なんてない。今、この場で、今すぐ藍李さんを味わいたい。その色白で艶やかな美肌も、柔らかな肢体も、身体の至る所全部。彼女の何もかも堪能して、味わい尽くして――そして、俺色に染め上げてやる。


 枷は解かれた。誰も邪魔する者はいない。唯一暴走寸前の俺を止められる恋人は、止める気配なんて微塵もみせやしない。


 だから――


「――いただきます」

「好きなだけ召し上がれ」


 憧れの先輩を俺色に染め上げられる快楽は、文字通り精魂尽きるまで行われたのだった。




【あとがき】

藍李「しゅくんにあんあん泣かされました(嬉)」

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