第125話  なんたって『同棲』ですから

 

 うっかり昼寝をしてしまったその後、再び目を醒ました時に一人で買い出しに向かおうとした藍李さんに、俺は慌てて身支度を整えて共にスーパーへ向かった。


「もう少し寝ててもいいよ?」

「大丈夫です。寝すぎると却って夜に寝れたくなるかもしれないので」

「……いやぁ。それはどうかなぁ?」

「? 何か言いました?」

「ううん! なんでもないよ! とにかく、しゅうくんが元気になってくれてよかった」

「……はぁ」


 どことなく態度がぎこちない藍李さん。ひょっとしたら寝ている間に何かやられたのかと思ったが、特にこれといった身体の異変は感じず。


 それ以降はいつも通りの彼女だったので、俺も抱いた不信感はすぐに忘れてしまって普通に過ごした。


 一緒に買い出しを済ませ、振舞われた手料理にお腹を膨らませる。お皿を洗い終えてから軽くゲーム(デイリー消化のため)をしたあと、ふと時刻を見れば今日という日が終わるまでもう四時間を切っていた。

 

「藍李さん。俺、そろそろお風呂頂きますね」

「あ、もうそんな時間かぁ。一日あっという間だったね」

「あはは。ですね。藍李さんといるとすぐに時間が過ぎちゃうなぁ」

「それだけ今日が充実してたってこと。私もしゅうくんと一緒にいると時間の流れが早く感じるよ」


 それは俺といることが楽しい、幸せだと思ってくれているという意味なのだろう。


 頬がニヤケるのを抑えられず、俺は込み上がる嬉しさを熱い吐息として溢してから彼女へ告げた。


「お風呂出たら、寝るまで一緒にいましょう」

「えへへ。もちろんそのつもりだよ」


 あぁ。ずるい。可愛すぎて、ずるい。同棲初日からこんなに可愛いとか、俺の心臓が持たねぇ。


 愛らしい笑みを浮かべる彼女に心臓を鷲掴わしづかみされて悶絶する。


 ドクドクと早鐘を打つ心臓の、その裏側で、俺はこう思うのだった。


 ――早くお風呂入って、いっぱい愛してあげないと。



***


 


「……藍李さん」

「んー? どうしたの」


 藍李さんにお風呂に入って来ると伝えてから数分後。今は脱衣所で上着を一枚脱いだところで、俺はさっきから気になって仕方がない疑問を口にした。


「何してるんですか?」

「何って……見たら分かるでしょ。洋服脱いでるんだよ」

「そんなの分かってますよ。俺が言いたいのはですね、俺が先にお風呂入る流れだったのに、なんで藍李さんまでお風呂に入ろうとしてるんですか? ということです」


 わざとなのか無自覚なのか、頭に疑問符を浮かべて首を捻る彼女に丁寧に説明すると、返って来たのは「あぁ」と含みのある吐息だった。


 その反応に今度は俺が眉根を寄せると、藍李さんは不敵な笑みを浮かべながら一度空中で制止していた腕を再び上げて今度こそ上着を脱いだ。


 露になった紫色のブラジャーを恥じらいもせず、なんなら「好きなだけ見ろ!」とでも言いたげに胸を張る藍李さんは、そのまま困惑する俺に向かってドヤ顔でこう告げた。


「そんなの決まってるでしょ――一緒にお風呂に入るためよ!」

「やっぱりかぁ」


 リビングを出た時になんか付いてくるなとは思ったけど、やっぱり一緒にお風呂に入るためだったのか。


 実に堂々とした佇まいで一緒にお風呂に入ることを宣言したカノジョに、俺は苦笑いを浮かべて応えた。


「まぁ、同棲しようって言った時からお風呂に一緒に入ることは決めてましたもんね」

「そうそう。同棲初日に一緒にお風呂入らないなんてありえないでしょ」

「いや。案外あるんじゃないですかね」

「余所は余所。うちうちよ、しゅうくん」

 

 あ。たぶんどうやっても説得できないやつだ。


 早々にその気配を察して、俺は承諾する意思を示すようにTシャツを脱いだ。


「ふへへ。そうだよね。こんなに可愛いカノジョと一緒にお風呂に入らないなんて選択肢、しゅうくんにはないよね」

「ないですね」

「じゃあ一緒に入ろ!」

「……うん。一緒に入りましょうか」


 少しだけ緊張はありつつも、楽しそうに笑っている婚約者の顔を見るとそれよりも胸が弾む。


 こうして一緒に入浴することが決まり、俺たちはお互いを意識しつつ残りの着ている衣服を脱いでいった。


 既に相手の裸体は見慣れたものの、やはり行為するのと混浴ではまた違う緊張感があった。


「バスタオルで隠したりしないんですね」

「ちょっとだけ恥ずかしいけど、こういうのも慣れていかないとだから」


 ショーツも脱いで完全に裸体となった藍李さんは、頬を赤らめながら照れた風にそう言った。全身をさらけ出してくれてはいるが、それでもやはりまだ抵抗感はあるのか片腕だけ上げて胸を隠す仕草が言葉にはし難いほどの可愛さといじらしさがあった。


 藍李さんの可愛らしい一面をまた発見してそれに悶えながら、俺は美しい肢体を直視するのを避けるように一足先に風呂場に入った。


 とりあえずお互いに身体をお湯で洗い流して、それから俺、藍李さんの順番で湯船に浸かっていく。


 夏場だからかお湯の温度は人肌程度に調整されていて、長時間使っていてものぼせることはないと思えるくらいにはぬるま湯だった。


 けれど、癒しをくれるぬるま湯とは裏腹に、心臓は早鐘を鳴り続ける。その理由は明白で、俺の視界を白くて艶めかしい肌が埋め尽くしているからだった。


「……うわぁ。これ、やば」

「うん。思った以上にドキドキするね」

「今心臓の音やばいです」

「私もすごい」


 ぴと、と濡れた肌の隙間なく密着する感覚に、俺と藍李さんは揃って驚嘆の息を吐く。


〝アレ〟とはまった一味違った肌の密着感。水の浮力と温もりに、相手から感じる体温が相俟あいまって頭がふわふわしてくる。


 広めの浴槽とはいえやっぱり二人で入るのは少し窮屈きゅうくつだった。けれど、窮屈分になった分、相手との体温をより近くに感じる。それが、非常に心地よくて


「……これ、慣れるの大変だな」

「くすっ。だね」


 ぽつりと零れた弱音に、藍李さんがおかしそうに笑った。たぶん、俺の心情と今の状態を読み取って笑っているのだろう。


「ごめんなさい」

「なんで謝るの」

「……だって、身体が藍李さんに反応しちゃってるから」

「当ててるんじゃなくて?」

「そんなわけないでしょ。身体が俺の言う事聞いてくれないんです」

「ふふ。大丈夫。ちゃんと分かってるよ」


 羞恥心に悶えながら興奮してしまっていることを申告すれば、藍李さんは嫌悪感を抱くこともなく、むしろその逆で嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 これだけ肌と肌が重なって、その上好きな人の裸体をまじまじと拝めてしまう状況では男にしか生えていないエクスカリバーも制御不可能に陥ってしまう。いくら息子に元気にならないようにと念じても、これだけの興奮材料が揃っていれば否応なく反応してしまうのも無理はない。


「私は嬉しいよ。しゅうくんがこんな風になってるのは、ちゃんと私を意識してくれてるからでしょ?」

「……でも」

「私のハダカを視て興奮してくれてることを、キミのカノジョであるはずの私が不快に思うはずないでしょ」

「――っ⁉ ……い、いきなり弄ばないでくれます?」

「くすっ。太ももに当たってたしゅうくんのがもっと元気になった」

「藍李さんに触られて元気にならない方が無理ですよ」

「あはっ。そんなに気持ちいいんだ? 私の手」

「こうやってカラダが思わず反応しちゃうくらいには」

「ならよかった」


 元気になった一人息子を五指でしっかりと捕まえる藍李さんが艶美な笑みを浮かべて舌舐めする。


「あはぁ。見なくても分かるくらい、カチカチになってるねぇ」

「……なんかっ、一緒にお風呂に入りしたがってた目的が分かった気がする……っ⁉」


 にぎにぎ、とソレの太さや硬さを確かめるような手つきに、俺も我慢しきれず堪らずうめき声がこぼれてしまう。


 藍李さんが与えてくる快感に必死に耐えながら声を震わせれば、黒瞳に映す女性が「あはっ」と熱い吐息をこぼした。


「ただ一緒にお風呂に入りたいっていう気持ちは本当にあったよ。でも、まだ混浴に慣れないしゅうくんが反応しちゃうことも想像できた」

「つまり藍李さん的にはどっちも美味しいシチュエーションだったってことですか?」

「そういうこと」

「……悪魔かよ」


 にこっと笑った顔が今は悪魔に見えた。


 そんな小悪魔さんは、湯船の中で俺の大切な一人息子を人質に取って究極の二択を迫って来た。


「それで、どうしようっか。私としてはこのままお風呂でしちゃうっていう選択肢もあるんだけど、やっぱり身体を洗いあったりしたい欲も勿論あるの」

「――――」

「しゅうくんはどっちがいい? お風呂でするか、それともここは我慢してベッドでするか」

「……なんつぅ二択差し迫って来るんですかっ」

「あはっ。どっちもお互いにとって魅力的な提案だよね。私はどっちでもいいから、しゅうくんに選ばせてあげる」

「今日はまったりするんじゃなかったんですか?」

「こんなに元気になった状態でお預けするのは酷だと思うけど?」

「……うぐ」


 ……あー。これ、あれだ。俺、藍李さんに完全にめられたやつだ。


 こと現在に至るまでまったりしていたのは、俺を油断させるためとこの平日で溜まった疲れを抜く為だったのか。


 昼寝までして、おかげで体力と気力はほぼ全快している。――その快復した精気を、これから搾り取る算段というわけだ。


 完っ全に藍李さんの術中に嵌ってしまった。


「ちなみに、お風呂でもたくさんできるように湯船はちょっとぬるくしてあります」

「どんだけ用意周到なんですか⁉」


 夏場だからぬるま湯にしたんじゃなかったのかよ!


 藍李さん、もはやヤリたい気持ちを微塵も隠す気がないな。つか、なんなら全面的に推し出してすらいる。


 段々と目が狂気じみていく彼女に俺は頬を引きつらせながら、この究極の二択の答えを出した。


「――なら、するのはお風呂から出てからがいいです」

「今すぐじゃなくていいんだね?」

「うん。するならちゃんと、ベッドで愛し合おうよ」

「きゅんっ! ……うん。分かりました。ベッドでたくさん、私を愛してください」

「たくさん愛してあげます。……だからいい加減手を離してくれます?」

「このまま一回すっきりするのもありでは。お口でサービスしてあげ……」

「藍李さん?」

「はぁい」


 むぅ、と頬を膨らませてもだめです。


 少し暴走気味だったカノジョが落ち着きを取りも出していく様を見て、ほっと安堵の吐息がこぼれた、その刹那だった。


「――ちゅっ」

「っ!」


 口唇から洩れる吐息。それを塞ぐように、藍李さんに不意打ちのキスをされた。


 咄嗟のことに目を見開く俺に、藍李さんはにしし、と白い歯を魅せながら言った。


「お風呂から出たらすぐに愛してね、しゅうくん」

「ほんと、今すぐ襲いたくなるから手加減して……」


 破壊力満点のその可愛さに、俺は心臓が悲鳴を上げるようにドクンと跳ね上がった。


 悶絶のあまり声が出ず、心が早く藍李さんを乱したいと叫び出す。


 ……マジで、この人可愛すぎ。


 お風呂に出たら死ぬほど愛してあげようと、期待をたたえる紺碧の瞳に誓ったのだった。




【あとがき】

てなわけで次話は久しぶりの超甘々回です。このお風呂回も甘いけど、次はさらに甘いYO!


もっとえっちぃのが書きてぇ。読んでたら分かるけど、この作品相当そういう描写の制限掛けてます。カクヨムが全年齢向けサイトとはいえ、学生を利用者の中心として運営されているサイトなので、そこで書いてる身としては規則の範疇で『いかに読者の妄想を膨らませることができる描写を描くか』を意識して書かないとなんだよ描くか。


全年齢向けだけど、もっと際どいの書かせてくれーーーーーーーーーーー! でも書いたら確実にアウトになるーーーーーー!

 

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