第3章――4  【 最高に甘い夏を 】

第123話  甘々な同棲生活の始まり

 ――夏休み初日。


 ほんの少しと緊張とそれ以上の期待に胸を膨らませながらインターホンを押すと、すぐに玄関扉が開いた。勢いよく開かれた扉。そこから勢いよく胸に飛び込んできた女性――藍李さんに、俺は「おわっ」と驚きながらも全身で彼女を受け止めた。


「いらっしゃい! しゅうくん!」

「お邪魔します、藍李さん!」


 今日から遂に始まった夏休み限定の同棲生活。その開幕は出迎えてくれた恋人との熱い抱擁ほうようだった。


「あはは。分かりやすく上機嫌ですね」

「当然だよ! 今日から24時間ずっとしゅうくんと一緒にいられるんだから!」


 興奮気味に鼻息を荒くする藍李さんに「しゅうくんはどうなの?」と問われて、俺は微笑みをこぼしながら答えた。


「そんなのめちゃくちゃ楽しみにしてましたよ」

「ふふ。だよね」


 父さんから忠告されたことはしっかりと胸に刻んではいるけど、やはり気持ちは浮かれてしまう。


 好きな人と一緒に暮らせる。それは胸に想像以上の高揚と、そして温もりをくれて。


 そしてその感情は、俺だけでなく藍李さんも同じなようで。

 

「――ちゅ」

「っ⁉」


 予備動作なしでいきなり唇を押し付けてきた藍李さんに、俺は不意打ちのキスを喰らって黒瞳を大きく見開いた。


 触れ合った唇に彼女の熱を感じながら、俺は頬を朱くして呟いた。


「……藍李さん、ここまだ廊下なんですけど」

「えへへ。我慢できませんでした」

「んぐっ‼」

 ……何この人。めっちゃ可愛い。


 危うく心臓が飛び出たかと思ったがどうやらそれは杞憂なようで、俺はひとまず安堵の息を吐く。


 それから、俺は高鳴り続ける心臓に急かされるように藍李さんの手を引いて玄関に入ると、


「きゃぁ。しゅうくんに壁ドンされちゃったぁ」

「声が全然怯えてませんよ」


 さっきの不意打ちキスのお返しをせんとばかりに藍李さんを壁に押しやった。


 銀鈴の鈴がなるような声音はそこから先を期待する弾む。息を荒くする俺を紺碧に映す女性は、客観的に見れば襲われそうな状況でしかし不敵な笑みを浮かべていた。


 その浮かび上がる笑みが、言葉なくとも俺に告げてくる。それを理解できてしまうくらいには、俺は彼女に手懐てなずけられていた。


 だから忠犬は、ご主人様から向けられる熱い視線に応えなければならない。


「この状況で喜んでるってことは俺からもキスしていいってことだよね?」

「……ふふ。好きなだけどーぞ」

「ご主人様が満足するキスをしてあげます」

「じゃあたっぷり愛情込めたキスをください」


 微笑みを浮かべながら瞼を閉じて、藍李さんは俺からキスされるのを待った。

 

 吐息と吐息が交わる直前、俺は念の為玄関にロックを掛ける。カチャ、と小気味よい施錠音が鳴った、その一秒後。


「――んっ」


 二度目のキスを交わした。ただのキスじゃなくて、藍李さんのご注文オーダー通り、たっぷりと愛情を込めたキスを捧げる。


「「――んぅん」」


 リュックが肩から落ちて、ドサッ、と音を立てて足元に落ちた。そんなことを気にも留めずに俺と藍李さんは互いの唇の柔らかさを無我夢中で確かめ合う。


 十分に恋人とのキスを堪能したあと、ぷはぁ、と深く熱い吐息の音が二人の口唇から零れ落ちた。


「――そういえば、キスするの久々だね」

「……あー。言われてみれば。今週はずっとペアリング選びに奔走ほんそうしてて、全然イチャイチャできてませんでしたね」

「うん。なら今日は同棲初日だけど、ゆっくりしよっか――いつもみたいに」


 藍李さんのその言葉に一度眉尻を下げたが、しかしすぐに意味を理解して思わず失笑が零れる。


 いつもみたいに。それは、俺たちが今日以前、付き合ってからずっと続いている、この家での過ごし方で。


 その提案に、俺は微笑みながら肯定した。


「そうですね。お互い疲れ溜まってるだろうし、今日はゆっくりして、また明日から頑張りましょうか」

「それが堅実だよね。でも……」

「でも?」


 わざとらしく言葉を区切った藍李さんは、小首を傾げる俺を見つめながらこう告げた。


「ゆっくりとはいっても、大好きな人とイチャイチャはしたいな」

「――ふっ」


 淡い微笑みながらそんな懇願を口した藍李さん。そのあまりに可愛いおねだりに、俺の頬は緩まずにはいられなくて、


「うん。俺も、藍李さんに甘えたい――んっ」

「んっ……ふふ」


 込み上がる愛しさを伝えるように、今度は少し強引に口づけを交わした。そんなキスでさえも、藍李さんは嬉しそうに口の端に弧を引いてくれた。


 本日。もう三回目のキス。けど、同棲バフが掛かった俺たちに、上限はない。


「へへ。しゅうくんにキスしてもらえるの好き」

「きゅん! ……じゃあもう一回していい?」

「何度でもどーぞ」

「……やべ。同棲バフ掛かった藍李さん可愛すぎてこのままだと悶え死ぬかも」

「ほら、早くキスして」

「分かってます。それじゃあ、藍李さんが満足するまで何回でもしてあげる」

「えへへ。やったぁ」


 かくして、俺たちの同棲生活初日からとびきりに甘い時間を過ごしたのだった。




【あとがき】

さぁついに同棲編開幕だー! ひゃっほー!

可愛くてエッチな藍李さん。益々藍李に手懐けられるしゅうをお楽しみあれ。

※胸がきゅんきゅんしまくるのでご注意ください。

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