IF:  三年間の初恋

【まえがき】

この話9000字あるから時間ある時に読むのがオススメだお

――――――――――――



『しゅうのことが好き』


 中学を卒業する春。親友に告白された。


 桜舞う校舎裏、俺と彼女が出会った場所で、彼女は顔を真っ赤にしながら三年間の淡い恋心に終止符を打とうとしていた。


『俺も、柚葉が好きだ』


 そんな彼女の全身全霊の想いに応えるように、俺の心はその奥底に秘めていた想いを引きずり出されて、そしてこの日、彼女の手を握った。


 これは、俺と彼女柚葉の、あったかもしれないもう一つの未来の形――。



 ***


「しゅう。さっきの授業寝てたでしょ」

「授業は寝る為にあるもんだろ」

「今日もバカが通常運転してる」


 高校に進学して早数ヵ月。周囲の環境にもだいぶ慣れ、新品の制服も板につき始めた頃、俺は今日もカノジョである清水柚葉に呆れられていた。


 茶の短髪に瑠璃るり色の瞳。美人よりも可愛いという形容詞がよく似合う顔立ち。明るく可憐な立ち振る舞いは男女問わずクラスで人気を集め、友達も多い。


 そんな彼女と俺は、まぁいわゆる『恋人』という関係にある。


 やや不釣り合いだと自覚はしながらも、中学から築かれたこの関係のおかげで俺は今日も柚葉のカレシを続けていられている。


「全くもぉ。ちゃんとノート取ったの?」

「一応な」

「……はぁ。いつまでも神楽と私に甘えてばかりじゃダメなんだからね。もう高校生なんだから、少しくらい自立しないと」

「俺の自立を最も妨げているヤツが何を言う」

「そんなこと言うならカノジョ辞めるよ?」

「嘘だからぁ。俺の高校生活がそれなりに上手く行ってるのは全部柚葉様のおかげですぅ」

「はいはい。私も冗談だよ」


 鋭い双眸とともに脅迫されて、俺は秒で平服。


 情けないカレシに呆れる柚葉はやれやれと肩を竦め、それから俺の頬をくにくにと弄ってくる。


 痛くはないが不快な攻撃に顔をしかめていると、そんな今日も相変わらず睦まじい光景を繰り広げる俺たちに、机の周りに集まっていた友達たちがケラケラと笑わっていた。


「雅日はほんと、柚葉の尻に敷かれっぱなしだねぇ」

「柚葉ちゃんの溢れる嫁感もすごいよねぇ」

「しょうがいないよ。柊真は柚葉に逆らえないんだから」


 神楽かぐら朱夏しゅか八重やえさんが「夫婦漫才だ」と揃ってけらけらと笑う。その三人の笑い声に、柚葉は苦笑を浮かべて言った。


「私的には、もっとカレシに引っ張ってもらいたいんだけどねぇ」


 俺を見ながら言われても困る。


「残念ながらそれはできない相談だな。中学三年間。俺はお前にお世話されてしまった。故に! 高校三年間! 願わくば社会人になってもお前にお世話してもらう! ……あてっ」

「私のヒモになろうとするじゃないよ!」


 熱く将来像を語ると、何度目か呆れた柚葉に思いっ切り頭をはたかれた。


「酷い! DVだ! 神楽慰めてぇ」

「今のはどう見ても柊真が悪いよ」

「「カノジョのヒモになろうとする男とかマジないわー」」

「そこ二人ドン引きした目で俺を見るな! 冗談だから! いつもの一連のやり取りじゃん!」

「「ほんとかぁ?」」

「本当だよ⁉」


 女子全員から軽蔑けいべつした目で睨まれて、流石に俺もやり過ぎたと猛省。そのあとに全力で柚葉に謝罪する俺を見て、三人が目尻に涙を浮かべるほど大爆笑。


 これが俺の日常で、俺と柚葉の日常で、俺たちの日常。


 憧れも尊敬も存在しない――どこにでもありふれている、普通の高校生の物語。



 ***



「しゅう。帰ろー」

「うぃー」


 ぱたぱたと足音を鳴らしながら俺の下までやって来た柚葉に帰宅を促され、俺は席を立つとそのまま彼女の手を握る。


 帰る時はいつもこんな感じで二人で手を繋ぎながら。それを周囲から冷やかされることもあるが、慣れてしまえば大して気にならず、むしろお前らが密かに狙ってた女の子は俺のものなんだと主張するように硬く握り締めた手を見せつけてやるくらいが丁度いい。


 なんて悪戯心を抱きながらちらっと手を繋ぐ少女の顔を見れば、こちらはやはりまだ抵抗があるのか頬を朱く染めていて。


 その時の照れた柚葉の顔は、カレシである俺だけが拝める、柚葉の最高に可愛い顔。


 ほんのりと頬の朱い彼女と共に教室を出て、廊下を抜け昇降口、そして校門を出る。


「そういや神楽は?」

「神楽は先に教室出て行ったよ。今日は志穂と放課後デートだって」

「相変わらず仲睦まじいことで」

「ね」

「まぁ、俺たちには敵わないけどな」

「それは冗談? それとも本音?」

「……ノーコメントで」


 にしし、と白い歯を魅せながら意地悪な問い返しをしてくるカノジョに、俺は思わぬカウンターを喰らって答えをはぐらかす。


「そこはちゃんとはぐらかさず答えてくれると、カノジョの好感度が上がるんだけどなぁ」

「照れ屋なもんですいやせんね」

「ふへへ。そういう所は可愛いから許してあげる」


 いつもは不愛想だけど、と余計な一言に苦笑しながら、


「こんな俺の傍にいてくれるのは柚葉様だけですよー」

「ほんとねー」

「おい。そこは認めるなよ」

「なら逆に聞こう柊真くん。こーんな私生活だらしないキミを甲斐甲斐しく世話をしてくれる女子が他にいるのかどうか!」

「ふ。愚問だな。そんなのいるわけないだろ」

「食い気味に答えられるのも虚しくなるから止めてほしいなぁ」

「お前から振ったくせにぃ」


 実際、こんな暗くて地味な男を好きになってくれる女子はいないと思う。自分でも思うが、俺は男としての魅力はない。『あまり』ではなく、『ない』と断言する。


 だから、俺のことを好きになってくれた柚葉のことを大切にしたいと思うし、見限られないように首輪リードに繋がれておく。


 独占欲というより、俺を離さないでくれという妄執もうしゅうに近いか。やっぱり、我ながらに情けない。


「俺は柚葉がいないと生きていけないからなぁ」

「はいはい。ちゃんとこれからもしゅうのことお世話してあげますよー」

「マジ助かる。絶対、俺のこと見限るなよ?」

「なら見限られないように少しはしゃきっとしなさい!」

「えぇ。柚葉といる時くらい気楽でいさせてくれよ」

「逆に私といる時ほどカッコいいしゅうを見せてほしいんだけど?」

「それは無理な相談」

「なんでよ!」


 少しだけ期待するような眼差しを鼻で笑い飛ばせば、ぷりぷりと頬を膨らませた柚葉に脇腹を殴られる。結構いいパンチで思わず「ごっふぉ」と変な声がこぼれた。


「なんで手離すし」

「お前ががら空きの脇腹にパンチしてきたからだろ! なんでそんな不満げな顔できるんだよ!」

「そんなに強く殴った覚えはないもん!」

「バカ野郎! 会心の一撃だったわ!」

「中学の時に鍛えた筋肉はどこにいった!」

「んなもんとっくに贅肉に変わったわ!」

「早いよ⁉」


 そうやって路上で口喧嘩していると、通りすがる子供連れのお母さんや散歩中のご婦人にくすくすと笑われていることに気付く。


 お互い顔を真っ赤にして、風船がしぼむように喧嘩の勢いが削がれていく。そうしてしばらく無言で歩いていると、


「……手、繋ぎたい」

「へいへい。今度はいきなりパンチすんなよ?」

「ならカッコよくなってね」

「分かったよ。明日からな」

「それ結局やらないやつじゃんっ」


 離れていた手が温もりを求めて、数分後にまた繋がれる――こうやって絡み合う指が絶対に俺を見捨てないと伝えてくれているように感じて、俺はより強く柚葉の手を握った。


「――そういや、今日はこのまま俺ん来るの?」

「……手を繋いでしゅうの家に向かってるってことは行く流れだったんじゃないの?」


 ジト目を向けてくる柚葉に俺は「言うの遅れたわ」と苦笑を浮かべながら謝る。

 そんな俺に柚葉は大仰に呆れた風に嘆息を吐いて、それから口を尖らせて訊ねた。


「じゃあすごく今更だけど、しゅうのおうち行っていい?」

「ん。いいよ」

「へへ。やった」


 短く首肯すれば、柚葉は嬉しそうにはにかんだ。でも、続く俺の言葉を聴いた瞬間、


「――今日、家に誰もいないけど」

「――っ! ……ふーん」


 ぽつりと、小さく呟けば、それまで咲いていた笑顔が途端赤く染まる。


「それでも来る?」

「…………」


 数秒。沈黙が走る。


 たっぷりと時間を掛けて、恥ずかしそうに俯いていた顔が上がると、呆れたような、期待するような感情を瑠璃色の瞳に宿しながら答えた。


「……しゅうのえっち」


 期待したお前も大概だろ、と言ったら歩いた道を引き返されると察した俺は、なんともいえない表情で誤魔化したのだった。



 ***



「ほい。茶」

「ありがとー」


 柚葉はそれなりに俺の家に来るので、今ではすっかり俺の部屋を自分の部屋にいる時のような気楽な表情でくつろいでいる。


 最初に俺の部屋に入った時のあのカチコチだった柚葉はもう俺の記憶にしかいないんだなとそんな下らない回顧かいこに耽りながら、俺は漫画を読んでいる柚葉にコップを差し出す。


 こくこくと飲む柚葉の姿を一瞥して、俺も彼女の隣に腰を下ろしてスマホをイジり始める。


 お互いに好きなことに没頭しながら、それでも離れようとはせず肩をくっ付け合う。俺はこの時間が好きだった。


 まぁ、柚葉が傍にいてくれるだけで俺は心地いんだけど。


「しゅう」

「んー?」

「ゲームの音ちょっと下げてぇ」

「えぇ」

「えぇ、じゃない。漫画に集中できないの」

「へいへい」 


 ゲーム音が気になるようで不快そうに顔をしかめる柚葉に、俺は命令通りゲームの音量を下げる。


「柚葉」

「なにー?」

「もっとくっ付いていい?」

「……いいよ。(今日は甘えたい気分なのか)」


 カレシとして……つぅか俺がもっと柚葉との距離を詰めたくてそう懇願こんがんすれば、彼女は少し照れながら応じてくれた。


 今日は柚葉に甘えたい気分、まぁいつも俺の事を引っ張ってくれる彼女に甘えているけど、それとはまた別に、恋人として柚葉に甘えたい気分だった。


 ぴったりとくっ付く肩。と同時に彼女の甘く爽やかな香りが鼻孔に届く。


 中学の時から何も変わらない、シトラスの香り。


 俺が好きな香り。


「漫画、今どこら辺?」

「見たら分かるでしょ。半分くらい」

「ふーん」

「しゅうは何のゲーム……って聞くまでもないか」


 微量の音で俺が何をやってるか分かるくらいには、柚葉はずっと俺の隣にいる。


 小さなゲーム音。

 ペラペラとページが捲られる音。


 そして隣を見れば、可愛いカノジョのご尊顔を拝める。


 これぞ正しく、至福の一時、というものだろう。


 やっぱり。柚葉の隣は心地いい。

 しゅうの隣、落ち着く。


 朗らかな雰囲気と微笑を象る彼女の顔は俺に安寧あんねいをくれて、この二人だけの時間にいつまでも浸っていたくなる。


 ……けれどやっぱり、恋人同士が同じ部屋にいるという状況は、安寧や心地よさ以上に〝アレ〟を求めてしまうわけで。


 それが数週間もお預けだったとあらば、俄然その感情は高まりを止められず。


 というか、こんな可愛いカノジョを目の前にして、我慢する方が無理である。


「……何してんの?」

「んー。何してると思う?」


 頬の朱い柚葉にじろりと睨まれて、俺はわざとらしく問い返す。その間にも俺が柚葉にしている行為は継続中で、彼女から『止めろ』と言いたげな怜悧な視線も意図的に無視する。


 そして、柚葉はページを捲る指を止め、その行為を愉しんでいる俺に向かって忌々し気に告げた。


「〝なんで胸揉んでるの?〟」

「カレシを無視するカノジョをムラムラさせようと思って」

「バカなの?」


 何の脈絡もなくカノジョのワイシャツに手を突っ込み、ブラジャーを退けておっぱいを揉み始めた俺に理解不能と嘆息する柚葉。そんな彼女に、俺は悪戯小僧のような笑みを浮かべながら言ってやった。


「なーんでカレシの部屋に来たのに漫画読み始めてるんだよお前は」

「だ、だってしゅうがお茶取ってくるっていって下に行っちゃったから。戻って来るまでスマホイジろうと思ってたけど、本棚見たら気になってた新刊があったから」

「概ね俺の推察通りだな」


 うっ、と呻く柚葉に、俺は悪戯心を抑えられず首筋に顔を近づけて問いかけた。


「今日は〝する〟つもりで来たんじゃないの?」

「……っ」


 白くて艶めかしい首筋にわざと息を当てれば、柚葉の肩がびくっと震えた。それに加えて直接乙女の部分をもてあそんでいるからか、息も徐々に荒くなってる。


 ……やべぇ。感じてる柚葉の顔、何度見てもぞくぞくする。


 おかげで、俺の悪戯心がさらに刺激される。


「柚葉が漫画読み終わるまで待とうと思ったけど、よくよく考えてみたら部屋に入る直前まで完全に〝やる〟ムードだったよな? 俺、ゲームやってる最中に不安になっちゃったよ。あれ? もしかして柚葉、今日漫画読みに来ただけか? って」

「あ、あはは。面白くてつい……んっ」

「ついじゃねえ。ざっと三週間もお預け喰らってたんだぞ。生理現象だから仕方ないけど」

「そ、その節は大変ご迷惑おかけしました?」

「謝んなよ。さっき言ったろ整理現象だから仕方ないって」

「……あざっす」


 男と違って女性は定期的に女の子の日がやってくる。それが訪れると男子はカノジョが落ち着くまで待つしかない。


 そして、カノジョが落ち着くまで待っている間は必然と欲求不満になるので、おかげでこの数週間は身体にも精神的にもこたえた。特に、今週は。


「自慰ダメって言ったのは柚葉なんだぞ?」

「……それは。……だって、私以外の女でしゅうがすっきりするの嫌なんだもん」

「だからその代わり?」


 それは付き合い始めて、そして初めて一つになった行為後にした約束。


『――しゅうはこれから一人でするの禁止ね』


 その時は「あれ、コイツもしかして意外と重い女か?」なんて懐疑的にもなったけど、その後の条件が破格だったので飲むことにした。


 それに、いつもは消極的な柚葉があの時はあんなに可愛い顔して、あんな大胆なことを言ってくれたことが嬉しすぎて、俺も正常な判断ができていなかった。


 そして、その約束の内容はというと、


「その代わりに、柚葉は俺に何してくれるんだっけ?」

「……た」

「聞こえない。もっとはっきり言って」

「~~~~っ⁉ はぁ。このドSめ」


 柚葉は顔を真っ赤にして、ようやく言ってくれた。


「……性欲を管理する代わりに、私で満足させてあげるって言いました」


 それが、俺と柚葉が交わした約束。


 半ば強引に言わせた感はあるけど、やはり柚葉の照れた顔は何度見ても飽きない。


 俺はニヤリ、と笑って。


「そうだよな。愛重めの柚葉は、カレシの私生活だけでなく、性欲まで管理したいんだもんな」

「……本当は私に管理されたいくせに」

「はは。一理ある」

「一理あるのかよ」


 素直に認めれば、柚葉が呆れてため息を落とす。


 俺にはこれといって目標や夢がない。故に、こうして柚葉に生活を管理されると、なんだか人生まで管理されているみたいで非常に幸福感を感じるのだ。


 俺の人生の真ん中に柚葉がいてくれているみたいで、それが、堪らなく幸せだって感じられる。


 だって、俺には〝柚葉〟しかいないから。


「好きな人に人生管理されるのも悪くないな」

「またバカみたいなこと言ってる。……けど、しゅうの人生を管理する権利があるのはちょっと嬉しいかも」


 それってつまり私の言うこと何でも聞いてくれるってことでしょ? と柚葉が満更でもなさげに笑いながら訊ねてくる。


 俺はそれに小さな失笑を浮かべて、


「あぁ。俺は柚葉の言うことは何でも聞くよ。でもその代わり、ずっと、この先も俺の傍にいてくれ」

「へへ。しょーがないから傍にいてあげるよ。私くらいだからね。しゅうの傍にいてあげられる女は」

「ありがと」

「おぉ。素直に感謝されるとそれはそれで調子狂うな」


 それでも嬉しいという気持ちの方が強いのか、柚葉ははにかんだ笑顔を俺に魅せてくれた。


 そういう所が堪らなく愛しくて、愛したくて愛したくて気が狂いそうになる。


 だから、


「――ん」

「ひゃ――」

「んっ」


 頬に唇を押し付けて、そのあと間髪入れず唇を奪う。


 たっぷり数秒。柑橘系の味がするカノジョの唇を堪能しながら、華奢きゃしゃで柔らかな身体を優しくカーペットに倒していく。


「(あー。これ、柚葉もう興奮してんな)」


 まだそこに触れてないけど、でも唇から伝わってくる熱とうっすら開けた目で見た蕩けた顔でそれを察した。


「……今日の柚葉さんの下着はイエローですか」

「見んな。へんたい」

「カレシ特権使わせて」

「ずるいよそれ」

「ふっ。知ってる。でも、俺に触られて柚葉だって嬉しいだろ?」

「全然そんなことないし」

「口は嘘吐くけど、カラダは素直だよなぁ」

「……んんっ」

 

 ほら。すげぇ素直じゃん。


「しゅうだって人のこといえないじゃん」

「そりゃ柚葉とイチャイチャしてるからな。元気にもなるってもんだ」

「こういう時にさらっと言うの、ほんとずるい」

「可愛いカノジョのエロい声とこんなことして元気にならない方が無理である」


 素直っていうより開き直ってるなこれ。まぁ、何でもいい。


 柚葉とイチャイチャできるなら、俺は馬鹿正直者でも愚者でも何でもいい。


 この子柚葉を独占できるなら、俺は、何でもいいんだ。


「……やば。柚葉のその顔、すげぇ興奮する」

「……うっさい。ばか」

「いますぐ抱きたい」

「だめ。ちゃんとゴムはして」

「分かってるよ。それくらい興奮してるって伝えたかっただけ」

「……やっぱりばか」

「ばかばか言い過ぎ」

「んっ!」


 照れ隠しなのは分かってるけど、流石に何回もばかって言われると俺だって怒る。だからその口を黙らせるように自分の唇を押し付けた。口を塞ぐ、というのは建前で柚葉の舌と俺の舌を絡ませる。思う存分好きなだけ――頭がとろけるまで、俺たちは互いが相手に寄せる愛情を貪り合う。


「ぷはっ……はぁ、はぁ、はぁ」

「もう完全にスイッチ入ったな」

「……誰のせいよ」

「俺のせい」


 長いキスの果てに互い唇を離せば、口づけの激しさ物語るようにを透明な糸が張って空中で途切れる。切れたその糸は柚葉の頬に落ちて、俺のせいではだけた制服姿と陶然とした表情が欲情を煽らせた。


「もう、今日はこのままするか」

「……うん」


 我慢できない俺に応えてくれたのか、或いは、柚葉自身がもう待ちきれなかったのか。いずれにせよ、今、お互いがお互いを求めていることは確かだった。


「……母さんが帰って来る前に、久しぶりに柚葉のカラダを堪能しなきゃ」

「……ひ、久しぶりなんだから。ちゃんと優しくしてよね」

「とか言いつつ後半もっとって求めてくるのどっちだよ」

「わー! 知らない知らない! そんな破廉恥はれんちな女じゃないもん私!」


 残念ながら柚葉、お前なんだよ。その破廉恥な女。


「はぁ。数か月前はこんなエッチな女になると誰が想像できたことか」

「ぐへへ。俺が清廉潔白せいれんけっぱくな柚葉ちゃんをエッチ好きな女の子に改造してやったわ」

「ほんとにね! 私をエロい女にした責任ちゃんと取りなさいよ!」

「もちろん取るよ。他の誰にも渡さない」

「――っ」

「こんな可愛い女の子、俺が誰にも渡すはずないだろ」

「ああもうっ! その顔で可愛いとか言わないで! 興奮してくる!」

「ばーか。興奮させてんだよ」


 足をばたばたさせながら悶える柚葉に、俺は不敵に笑ってカノジョの照れて真っ赤になった顔を堪能する。


「だから、いくらでも俺を求めてくれ。全部受け止めて、応えてやる」

「じゃ、じゃあ、今日はガッツリ求めちゃってもいい感じなやつ?」

「むしろ望むところっ」

「食い気味に頷くな。変態」

「ガッツリを求めた方が変態だと僕は思いますが?」

「…………」


 思わぬカウンターを喰らって柚葉が押し黙る。視線を泳がせる柚葉に俺は思わず失笑をこぼしてしまう。


「それだけ俺としたかったってことなんだろ。俺は嬉しいよ」

「でも、えっちな女だって引かない?」

「引くわけないだろ。男としては、そうやって相手が積極的な方が助かる。分かりやすいし、こっちも乗り気になれるから」

「へへ。そっか。じゃあ、しゅうがそういうなら遠慮しない」

「そうそう。俺たちに変な気遣いは無用だ。俺は好きなだけ柚葉に甘えるからな」

「もぉ。どんだけ私のこと好きなのさ」

「それを一番知ってるのは誰だ?」

「ふふ。そうだね。〝私〟だ」


 本当にそうだ。


 俺がどれだけ柚葉のことが好きなのかは、俺と〝柚葉〟しかいない。


 二人だけしかこの想いを理解わかることはできない。だからこそ、この共有を『恋』って呼ぶんだ。


「「――んんぅ」


 それを確かめ合うように、俺たちは夢中でキスをする。


 もう一度感じる柑橘系の味。けれど、今度はとびきりに甘い。


 ぷはぁ、と離れた唇から一つに交じり合った吐息が零れて、


「――なら、ちゃんとカレシとして私に応えてよね。しゅうのことを好きなるのは私だけだけど、でも、私のことを愛せるのもしゅうだけなんだから」

「お前っ……可愛すぎだろっ」

「う、うっさい。こんな恥ずかしい台詞二度と言わない!」

「安心しろ。ヤッってる最中に何度でも言わせてやる」

「最悪な宣言⁉ 絶対に言わないからね⁉」


 凶悪な宣言に戦慄する柚葉の可愛い顔に俺はくつくつと笑いながら、また、唇を重ねた。


 それは今度こそ開戦の狼煙のろしであり、数週間ぶりに燃え上がる恋人の序章であり、これから愛し合う、三年間掛かってようやく結ばれた二人のとびきりに甘い時間の始まりで――


「柚葉」

「な、なに……?」

「これからも俺のお世話、よろしくな」

「――――。はぁ。はいはい。これからもダメダメなしゅうのお世話してあげますよ。その代わり、ずっと私の傍にいてね?」

「ふっ。それはこっちの台詞だよ」


 変わらずありのままの自分を受け入れてくれたキミに、俺は感謝を伝えるようにぎゅっと大好きな彼女を抱きしめた――。



 ***



 ――好きだ。


 中学校を卒業する日。なんとなく足を運んだ思い出の場所にしゅうも来て。二人で思い出話をしているうちに勢い余って告白してしまった。


『俺も、柚葉が好きだ』


 咄嗟とっさに零れた告白は玉砕に終わるかと思ってたけど、でもそんなことはなくて。


 柊真は〝憧れ〟の人よりも、身近にいた私を選んでくれた。


「はぁ、はぁ……んっ。しゅう、好き」

「うん。俺も柚葉のこと好き」


 あの日、しゅうと手を繋いで、しゅうに手を繋がれて、私はようやく長い長い三年間の初恋を実らせることができた。


「しゅう、しゅう。もっと、もっとぎゅうして?」

「ああくそっ。可愛い過ぎるぞお前」


 そこから数ヵ月。今ではこうして、お互いを求めて、満たし合う仲に。


 周囲は私たちのことを釣り合わないとか凸凹でこぼこカップルだとか言うけど、私はそんなの全然気にしてない。


 べつにどうでもいいんだ。他人の評価なんて。


「しゅう。キスして」

「ん。いっぱいしてやる」


 だって、私以外にしゅうのカッコいい所なんか見せたくないもん。

 私だけだ。しゅうのカッコいい所も、ダサい所も愛してるのは。


「しゅう、好き」

「俺も好きだよ」


 しゅうの落ち着いた声音が好き。


 普段は猫背で、長い前髪が陰キャ感を醸し出してるけど、でも前髪を上げると精悍な顔立ちが露になるのがすごくギャップがある。


 いつもはやる気なんて全然出さないくせに、でもカノジョのことになると常に気を遣ってくれる所が堪らなく愛しい。


「しゅう。もっと、もっと……もっとしてぇ」

「はは。それ見たことか。柚葉の方が興奮してんじゃん」


 だってしょうがないじゃん。


 私、しゅうのことが大好きなんだもん。


 求めれば求めた分。しっかり応えてくれるせいで、私はどんどん甘えん坊になっていく。


 ――しゅうのこと言えないや。


 周りは私としゅうの関係性を『しっかり者のカノジョと怠け者のカレシ』だと思ってるみたいだけど、実際はそんなことない。


 実際の私たちは、どっちも甘えたがりなのだ。


 カノジョに甘えたいカレシ。

 カレシに甘えたいカノジョ。

 それが、私としゅうの関係性。

 それが、私としゅうしか知り得ない、私たちだけの関係カップル


「キスマーク。残していいよな?」

「(あー。明日体育あった気がする)」


 でも、まぁいっか。

 私、しゅうのカノジョだし。

 しゅうのお願いなら、ちゃんと聞いてあげないとね。


「どこでも、好きな場所につけていーよ」

「よっしゃ。――じゃあ、好きなだけ付けるからな」


 いーよ。


 それが、しゅうが私のことを大好きだっていう何よりの証明になってくれるから。


 しゅうが私のことを好きでいてくれるなら、何でも言う事あげちゃうんだ、私は。


 あはは。ほんと、我ながらに単純だなぁ、私って。


 でも、それでいいんだ。


 単純なくらいが、飾らずお互いが素面でいられるから。


 ……ね、しゅう。


 飾らない者同士。これからも仲良くやっていこうね。


「……今日、母さんたち帰ってこなきゃいいのにな」

「あはは。そうだね。そうしたら、今日はしゅうとずっとイチャイチャできるのに」

「――っ。なら母さんたちが帰って来る前に、たくさんイチャイチャしておかないとな」

「うん。李乃さんたちが帰って来るまで、いっぱい私のこと愛してね」


 胸が切なさを覚えるほどの多幸感。それは、この人といるのが何よりも幸せだと胸がそう叫んでいる照明。


 人が悲しみ以外の感情でも涙を流すように。心は幸福を感じると叫びたくなるほどの昂鳴りを覚える。


 ――しゅう。


 大好きだよ。これからも、ずっと。


 これは私と彼の、あったかもしれないもう一つの未来の形――。




【あとがき】


柚葉と付き合った世界線のしゅうは中学の性格のまま、物静かな性格でまだ将来の夢も見つかってない、ごく平凡なありふれた日常を送っている普通の高校生です。ただ、恋人を大切にする、その一点だけはどんな世界線でも変わっていません。


藍李といる時のしゅうはしっかり者ですが、柚葉といる時は怠け者で基本他力本願です。ここもまた、違ったルートだからこそ描けたしゅうの性格だと思います。


そして学校生活も微妙に差異があります。


本編ルートのしゅうは友達が二人いませんが、柚葉ルートでは友達が数名います。林間学校編で登場した朱夏と八重さんは、このルートでは柊真の友達になっています。柚葉が二人と仲いいので、間接的に仲良くなった感じです。


と、そんな感じで描きましたIFルート。柚葉が勇気を出して……というより思わず口が滑った感じで告白した結果、まさかOKされちゃった世界線。その二人の物語はいかがだったでしょうか。こっちも甘かった、という感想期待してますっ。


おまけ。この世界線の藍李さんはしゅうくんと結ばれてないので生涯独身です。え、それじゃあ本編ルートの柚葉はどうかのかって? それは……今後のお楽しみ、ということで♪

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