第122話  完成するまでのお楽しみ

 夏休み前日。


 終業式は滞りなく終わり、ホームルームで担任から軽く注意事項を貰って一年生の一学期は満了した。


 これから始まる約40日間の長期休暇、そして高校生になって最初の夏休みにクラスメイトたちは当然の如くハイテンションだった。


 海や夏祭りは勿論、この期間中に旅行する計画を立てる者や、高校生から付き合い始めた恋人カップルで夏休みを満喫しようと胸を膨らませている者――皆がもう間もなく訪れる夏休みに盛り上がっていた。


 そんな喧噪の中でいそいそと帰り支度をしていると、


「くあぁぁ! 一学期乗り切ったぞー!」

「お疲れ様」


 いつも通り前方からやってくる柚葉と神楽に不思議と安心感を覚えながら、俺たちは「お疲れ」と軽くハイタッチ。


それから俺は二人に放課後の予定をたずねた。


「それで、今日はこれから二人はどうすんの?」

「私はこれから友達と遊びに行くー」

「僕は志穂を迎えに行く予定」

「おぉ。まとまりのない連中だなぁ」

「「お前が言うな」」


 おおよそ親友とは思えない日程のバラつき具合をなげけば、二人から半目で睨まれた。


「しゅうは昨日言ってた通り、緋奈先輩と放課後デートするんでしょ」


 やや不機嫌そうに問いかけてきた柚葉に、俺は半分正解と苦笑を浮かべながら返す。


「残念ながら今日は姉ちゃんも一緒。藍李さんとこれからしばらく会えなくなるから今日は俺たちの予定に付いてくるって聞かなくてさ」

「雅日姉弟ってほんと緋奈先輩大好きだよねぇ」

「あの人、雅日姉弟が惹かれるフェロモンでも発してるんじゃない?」


 神楽の言い分に案外否定できず、俺は苦笑いするばかり。


「まぁ、今日はお店に行って決めるだけだし、そのあとはフリーだから。今日は姉ちゃんの好きにさせるつもりだよ」

「おや。いつもお姉さんと恋人を奪い合っている男が珍しく譲歩じょうほしようとしている」

「しゅうも大人になったねぇ」


 どこか人のことを小馬鹿にしているように思える二人に頬を引きつらせつつ、


「俺もいつまでもガキじゃないの。つか、明日から〝同棲〟するんだから、半日くらい姉ちゃんに藍李さんをあげても、その時間ならこの夏休み中にいくらでも取り戻せる」

「「は?」」

「……あっ」


 自身の成長を得意げに語っていた、その途中、それをさえぎるように素っ頓狂な声が上がった。


 それと同時に俺も思い出す。


 そういえば、まだ二人には藍李さんと同棲する事になった件を伝えてなかったと。


「コイツ、今なんて言った?」

「僕の耳が腐ってなければ、同棲って聴こえた」

「……私も聴こえた」


 互いに自分の耳が正常であることを確認した神楽と柚葉は同時に頷く。それから二人はバッ、と勢いよく俺に振り向くと、


「「どういうこと⁉」」

「いや、その……」

「「どういうこと⁉」


 凄まじい形相で俺を睨みつけて問いただしてくる二人に、俺は気圧されて頬を引きつらせる。


 一学期の最後の最後にとんでもない爆弾を落とされ、困惑を隠し切れない神楽と柚葉が詳しく説明しろと言わんばかりにじりじりと詰め寄って来る――と、丁度その時、


「しゅうくーん。帰ろー」

「浮かれ弟~。帰るよー」

「藍李さん! 姉ちゃん! ナイスタイミング!」


 なんとも絶妙なタイミングで、我が愛しの恋人である藍李さんと実姉の姉ちゃんが迎えに来てくれた。


 教室の入り口からひょっこりと顔を覗かせた二人に俺は大きく手を振りつつ、親友の詰問から逃げるには今しかないと悟って机に置いてあるリュックを乱暴に担ぐと、そのまま脱兎の如く逃げた。


「じゃあな! 柚葉! 神楽! よい夏休みを!」

「あっ! こら待て逃げるなぁ! きちんと説明しろー!」

「藍李さんと(夏休み中だけ)同棲する! 以上!」

「説明になってない!」

「ちゃんとした説明はあとでメールで送るから! じゃあまた二学期で!」


 ぷりぷりと怒る親友たちに強引に別れを告げて、俺は額ににじんだ冷や汗を拭いながら恋人の下へ。


「ふぅ。あっぶねぇ。柚葉と神楽にまた怒られるところだった」

「あはは。なんだか忙しなかったねぇ」

「はぁ。我が愚弟は高校生になっても全然成長してないなぁ。もう少し落ち着きを持ったらどう?」

「その言葉そっくりそのままお返しするよ」

「なにをー!」

「これぞ特大ブーメラン発言ってな」


 怒れる親友から逃れた次は姉ちゃんとの口論が始まって、それを藍李さんが困った表情で見守る。


 高校最初の夏休みは、こんな感じで締まりがなく始まるのだった。



 ***



「いらっしゃいま――あらっ!」

「「こんにちは」」


 こちらの存在に気付いてぱっと顔を明るくした女性――椎名さんに短く会釈すると、彼女は再び来店した推しカップルに嬉々とした表情を浮かべて寄って来た。


「いらっしゃいませ……えと、そちらの方は?」

「俺の姉です」

「初めまして!」


 藍李さんの隣に立っている見慣れない新顔に戸惑う椎名さん。手短にその新顔が俺の身内だと紹介すると、椎名さんは姉ちゃんに向かって「初めまして」と丁寧にお辞儀した。 


 そうして挨拶を終えると来店した瞬間から興奮している姉は、子どものようにはしゃぎまがらショーケースに飾られたアクセサリーを眺めていた。


「ねね、二人とも店員さんと話してるならその間、色々と見回って来ていいかな⁉」

「付き添いの意味」

「あはは。お店と周りに迷惑掛けないようにね」


「はーい」と適当に返事して、本当に別行動を取り始めてしまった姉ちゃん。まぁ、薄々勝手に行動し始めるだろうなとは思ってたけど、想像以上に早かったな。


 自由人な姉に辟易としつつ、俺は気を取り直して椎名さんと改めて挨拶を交わした。


「お久しぶりです。まさかまた来店していただけるとは思いませんでした」

「お久しぶりです。今日は椎名さんがいて助かりました」

「ふふ。私もまたお二人とお会いできて嬉しいです。供給ありがとうございます」

「まだ何もしてませんよ?」


 拝めただけでも眼福と言いたげな顔に苦笑していると、椎名さんは「それで」と継いでから俺たちに訊ねてきた。


「本日は下見でしょうか? それとも――」


 椎名さんの問いかけの、その先。それを継ぐようにして、俺は短く顎を引いた。

 

「はい。こちらで購入させていただきます」

「わぁ! 当店をお選びいただきありがとうございます!」


 少し照れながら告げると、椎名さんは瞳を大きく見開き、浮かべる笑みを一層深くした。


 ほぼ一週間掛かったペアリング選び。様々なジュエリーショップを回って検討した末に、一番対応が丁寧だったこのお店でペアリングを買うことを決めた。


 たぶん、今後もお世話になるであろうお店と店員さんに、俺と藍李さんは揃って微笑みを浮かべる。


「それでもうご購入される品はもうお決まりで?」

「いえ。ただ、候補はもうほとんど絞っていて……」

「あとはお店で見て決めようって二人で話したんです」


 この一週間。藍李さんと共に悩みに悩んで、自分たちにぴったりのペアリングを探し続けた。


 俺と藍李さんの、愛と絆の象徴になってくれる、指輪。


 俺たちが最終的に選んだ、その指輪は――、


「――藍李さん。やっぱりこれにしましょうか」

「うん。私もこれがいい」

「それじゃあ決まりですね」

「ふふ。とても、お二人にお似合いだと思います」

「「ありがとうございます」」


 ――それはまた、互いの指に填める瞬間までのお楽しみということで。





【あとがき】

二人がどのペアリングを選んだのかは今度のお楽しみに。文字を刻印するのに時間が掛かるので、完成までの間に思いっ切り夏休み編に突入します。


ペアリングを二人が填める回をお楽しみつつ、同棲する二人のお話をお楽しみください。……うわぁ、すげぇ。楽しみがいぱいだぁ。


そして予定通り、次話は柚葉としゅうのifルートを公開する予定です。こちらもお楽しみあれ。


藍李さんではなく柚葉の手を取った世界線のしゅうの性格や人間関係に注目です。


Ps:パソコンの挙動がおかしくなってめちゃくちゃ焦った。あ、今は平気っぽいです。変換スムーズ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る