第121話  それぞれの夏の予定

「しゅうー。お昼食べよー」

「うーい」


 夏休み二日前。明日は終業式とホームルームだけで午後の日程はなし。なので、昼休みは必然的に今日が最後になる。


 夏休みに入ればしばらくは会えなくなるということで、本日の昼食は藍李さんとではなく、親友である柚葉と神楽と食べることになった。


 四時間目の終了を告げる鐘が鳴り、欠伸を掻きながら背中を伸ばしていると、前方から弁当袋を片手に持っている柚葉と神楽が俺の下にやって来た。


 それから二人は手際よく空いた席から椅子を拝借して腰を下ろすと、瞼を重そうに瞬かせる俺に眉尻を寄せた。


「もうすぐ夏休みだっていうのに、なんだか疲れ気味だね?」

「ちょっとな。ここ最近バタバタしてて」

「もしかしてまだ決まってないの?」


 柚葉と神楽にはもう既に俺がペアリングを探していることを知っている。というより、数日前に眉間に皺を寄せている所を詰め寄られて白状させられた。


 おそらくはペアリングの件を訪ねてるであろう柚葉に、俺は弁当箱を開けながら微苦笑を浮かべて頷く。


「もうほとんど決まったかなって感じだな。今日は藍李さんと最終的にどれにするか相談して、明日買いに行く予定」

「ペアリングってそんなに時間掛かるものなんだねぇ」

「どうだろうな。他の人たちはもっと早く決めたりするんじゃね」


 俺と柚葉は白米とおかずを口に運びながら小首を傾げる。


「神楽は? 志穂と何かお揃いのもの着けてたりするのか?」

「僕らは特別お揃いのアクセサリーは付けてないよ。ただ、おそろいで同じペンを使ってるけど」

「あー。あれだっけ。たしか付き合って初めてのバレタインに志穂からチョコとシャーペンもらって、ホワイトデーに同じシャーペン返した話?」

「なんで知ってるの⁉」

「なんでって、志穂ちゃんから聞いたから」

「志穂ぉ」


 狼狽える神楽を、柚葉は心底愉快そうにニヤニヤと口の端を歪めながら続ける。


「いやぁ。あの志穂ちゃんの心を射止めた男なだけはあるよねぇ。同じシャーペンあげた時、「志穂のおかげで受験頑張れた。来年は志穂の番だから、志穂と同じ気持ちを込めてこれを贈るね」って言ったんでしょ。……どこかのヘタレ鈍感野郎とは大違いっ」

「……うぐ」

「うあぁぁぁぁ⁉」


 柚葉の思いもよらぬ攻撃……ならぬ口撃に狼狽うろたえる男二人。


 三年間自分を振り回した男となんでかよく分からないが神楽の羞恥心を抉った柚葉は、溜まった鬱憤を晴らしたようにすっきりした顔を浮かべたあと、複雑な心境を飲み込むようにタコさんウィンナーを口に放り込んだ。


「……でも神楽が志穂ちゃんとお揃いのもの身に付けてないのは意外かも。付き合って二年くらい経ってるよね?」

「まぁ言っても志穂はまだ中学生で、それに今年は受験だからね。去年は僕が受験生だったから、二人が想像しているほど恋人の時間は過ごせてないよ」

「嘘吐け。お前、放課後よく志穂と一緒に図書室で勉強してただろ」

「あれはデートと呼ばないし、志穂の性格で柊真みたいなことできるはずないだろ」

「イチャイチャすることの比喩ひゆに俺を使うな!」

「事実だろ。所構わずカノジョとイチャついてるじゃないか」


 羨ましいよ全く、と嘲笑しながら言う神楽に、俺はひくひくと頬を引きつらせる。……一発ぶん殴りてねぇな。


 怒りに震える拳をどうにか抑え込みながら、俺はどっと深い吐息を吐いて不毛になりつつある会話を続けた。


「……というか、それなら猶更なおさらペアリングではないけどお揃いのもの身に付けてもいいんじゃねぇの? 不安とかないわけ?」

「全然ないね」

「ま志穂は絶対浮気なんてする性格じゃないわな」


 理知的で合理的。物事は常に客観的に捉え、思考し、冷静に判断するのが神楽の恋人だ。藍李さんと少しだけ似たような性格だが、志穂は藍李さんよりさらに論理的で淡泊だ。可愛げがない、と言えばいいのか。その代わり、藍李さんに匹敵するほどの美貌の持ち主だ。


 懐かしいおさげ姿と俺をゴミでも見るかのような目つきでいつも見てきた少女を脳裏で思い浮かべていると、


「でもいいなぁ。ペアリング」


 ふと柚葉が陶然とうぜんとした吐息をこぼしていることに気付いて、俺と神楽は目配せすると同じタイミングで微苦笑を浮かべた。


「やっぱり女性目線でも嬉しいものなんだ?」

「そりゃそうでしょ! 好きな人とお揃いのもの着けて嬉しくならない女子はいないよ……本当にね!」

「いって! ほんっとすいません! 今まで柚葉さんの気持ちに気付いてあげられなくて!」

「全くだよ!」


 トリップ状態から一転、俺の鈍感さに苛立ちを覚えた少女から八つ当たりの一撃を二の腕に食らう。いつもなら理不尽だと嘆くその一発も、今は俺が受けて然るべき報いだと思って受け止めている。……本当にお前の恋心に気付かなくてごめんね。


 接し方は普段通りであっても、やはりまだ失恋から完全には立ち直れていない柚葉に、彼女をフッてしまった俺ができることはただひたすらにあがなうことと、願うことだけだった。


 早く柚葉が、素敵な人と出会えますようにと。


 親友として彼女の隣には立てるけど、けれどそれ以上の存在としては傍にいてあげられないから。


 こんな鈍感野郎に抱いた恋心を、誰か早く上書きしてやってくれ。


 それが無責任なのは百も承知で、けれどそれを願うことしか今の俺にはできないから。


「べつにいいもん。私はこの夏休み中に絶対にいい男見つけるから」

「お前……マッチングアプリは未成年禁止なんだぞ⁉」

「知ってるわ! 普通にバイトするんですぅ!」


 やけくそ気味に言い放った柚葉に、俺はそれが初耳だと目を丸くする。ふと見れば、神楽も俺と同じ反応を示していて、どうやら神楽も知らない話らしい。

 

 そんな揃って鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた男子二人の表情に気付いた柚葉は「そっか」と声を上げると、


「二人にはまだ言ってなかったっけ。私、夏休みからバイトするんだよ」

「へぇ。どこで?」

「喫茶店だよ。家から結構近い所にあって、アルバイト募集の張り紙が出されてて、どうせ夏休みは暇だし働くのアリかなって」

「へぇ。柚葉が喫茶店ねぇ。あんましイメージ湧かねぇ」

「それはどういう意味かなしゅう~? まさか私のウェイトレス姿が似合わないとでも言うんじゃないでしょうね!」

「いはいはい! ほっぺに爪食い込んでる⁉ つか何も言ってねえ!」

「嘘吐けぇ! 鼻で笑う一秒前だったじゃん!」


 俺が懸念したのは制服どうこうの話ではなく仕事に関してたのだが、それを壮絶に勘違いしている柚葉が拗ねた顔で頬を抓ってくる。



 本人もやる気なようなのであまり水差すつもりはないけど、柚葉は明るく元気で今でこそ前向きな性格の持ち主……ただ、少々大雑把というか、細かい作業なんかが苦手なのだ。具体例を挙げると裁縫みたいなコツコツ進めていかないと成果が表れない作業とすこぶる相性が悪い。中学の時はストレス溜まりすぎて「うがぁぁぁぁ⁉」みたいな感じで爆発してたくらいだ。


 けど、それ以上に何事も真面目でやると決めたらとことんやる性格でもあることも知っているし、採用担当者もそこを見込んで柚葉を合格にしたのだろう。


「冷やかしに行っていい?」

「そんなつもりで来たらひっぱたくからね!」

「……じょ、冗談に決まってるだろ。……イテテ! だからほっぺ抓むの止めろ! 真っ赤になっちゃうでしょうが!」


 今日はやたら攻撃意識が強い柚葉にほっぺを抓まれていると、神楽がその光景を微笑ましそうに眺めながら、ぽつりと呟いた。


「そっか。なら今年は、各々やる事が多そうだね」

「「…………」」


 その、わずかに寂寥を帯びた声音に、俺と柚葉のじゃれ合いが静止した。


 どこか物寂しそうに視線を俯かせる神楽に、俺と柚葉は顔を見合わせると――らしくもない神楽の態度に思わず失笑してしまって。


「何言ってんだよ。柚葉はともかく、俺は基本暇だぞ。遊びに行きたいなら普通に誘えよ」

「そうそう。遊びに行きたくなったら遠慮せず誘ってよ。スケジュール調整するから。志穂ちゃん受験生なんだから、気分転換にお出掛けは打ってつけだよ」

「……二人とも」


 少しずつ歩んでいく方向が違って、目指す未来も変わっていく俺たち。けれど、この関係はずっと変わらない。


 それを親友へと微笑みをみせながら伝えれば、神楽は胸に込み上がった、言い知れぬ感情を笑みに象って――、


「まぁ、僕ら去年も一昨年も夏休みに三人で遊んだことほとんどないけどね」

「「せっかくのいいムードを返せ!」」


 中学生の頃から続いた関係の変化。それを憂う親友を励ませば、返って来たのは感動的な流れをぶち壊す爽やかな笑みで。


「そもそも僕は外に出るのが好きじゃないし、今年は志穂の受験勉強に付き合わなきゃならないから……ってイダダ⁉ ちょ、柚葉⁉ 本気で痛いよ⁉」

「うるせー! この勘違い発言野郎ぉ!」

「いいぞもっとやれ柚葉! その爽やかイケメン野郎の顔ブサイクにしてやれー!」

「柊真まで⁉」


 感動を返せと言わんばかりに思いっ切り神楽の頬を抓る柚葉に、俺も同調して神楽の頬を抓む。邪悪な笑みを浮かべる親友二人に両頬を思いっ切り抓られる神楽は、上手く呂律が回っていないようで「ほへほへ!」と変な声を上げていた。


 それが、この状況が、俺たちにはおかしくてたまらなくて。


「「あはは!」」


 夏休み前の最後の昼休み。


 そこには、これからもずっと変わらず、親友で在り続ける三人の喧噪が木霊していた――。




【あとがき】

いつも本作をご愛読くださっている読者様へご報告。

12月から始まったカクヨムコン9にエントリーしていた本作が、なんと中韓選考を突破していました!


正直突破するかしないか半信半疑だったので(エッチなのアウトだからね)、この結果には胸を撫でおろしています。


まぁ、選考期間中に☆800は越えてたし、ランキングも15位圏内に入ってたことがあるから突破している可能性の方が高いとは思ってた。突破できなかった時の理由も明確に存在していたから、その時は「デスヨネ」で納得できる自分もいたし。


というわけで無事に中間選考を突破し、さらには☆1000も超えたわけですが、これも偏にこれまでひとあまを支持し、応援してきてくれた読者様のおかげでございます。改めて、感謝申し上げます。サンキュー!


今後のひとあまは中間選考の結果に伴い公開したエピソードを改稿しつつ最新話を更新していく予定です。午前、午後更新は継続していくので、そこら辺はご安心ください。あと一話で本編はいよいよ【夏休み編】に突入しますからね。超盛り上げていく

ので今後の更新もお楽しみください。


以前から告知していた3・5章は柚葉に焦点が当たる予定ですので、本話はその伏線として描きました。裏ヒロインの活躍を絶対にお見逃しなく。


最後に、☆1000突破記念として公開しようか悩んでいた柚葉としゅうのifルートは次話後に公開する予定です。夏休み編突入前ですね。


一応書き上げてあとは改稿するだけですが、なーんかその改稿も一日掛かる気がするので122話の翌日の更新は休載になるかもしれないとだけは先に伝えておきます。


それでは、また次回の更新をお楽しみに~。


Ps:色々とつまづいたり落ち込んだりしたけど、でもここまで辿り着けました。まぁ、物語も中盤で最後まで盛り上げないといけないから全然達成感ないけどww


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