第120話 いつか結婚する人
「だっはぁ! づっかれたぁ!」
あれから数時間が過ぎ、結局本日は一店舗目でペアリング探しは終わってしまった。
そして
それぞれメニューを決め、注文を済ませたところで、俺は今日一日(というよりペアリング選びで溜まった)疲労を露にするようにテーブルに倒れ込んだ。そんな俺を見て、藍李さんはおかしそうにくすくすと笑っている。
「最初からすぐには決まらないだろうとは思ってましたけど、これは思った以上に選ぶの大変かもしれないですね」
「あはは。だね。でも、椎名さんのおかげでいくつか見繕えたのは運が良かったと思うよ。元々今日は数店舗回る予定だったけど、丁寧に説明してくれたおかげで歩き回る事態は避けられたわけだし」
「代わりにめっちゃ頭使いましたけどね」
「ふふ。期末テストより頭疲労したんじゃない?」
「マジでそんな気分です」
既に頭がパンク仕掛けていることを吐けば、藍李さんは「お疲れ様」と頭を撫でてくれた。公共の場なのでこういうのは控えて欲しいけど、しかし疲労の溜まった身体に藍李さんからのご褒美は効果抜群なので結局受け入れてしまった。
そして藍李さんに癒されながら、俺は胸中で先ほどの会話を
今日一日でペアリング選びが想像以上に難航するのは
そう思えるのも全て、一店舗目で出会えた椎名さんの功績が大きかった。彼女が声を掛けてくれていなければ今頃、俺たちは何の収穫も得られずにこのご飯屋さんでテーブルに項垂れていただろう。最悪の事態を回避できた上に、お店のカタログまでくれた椎名さんには感謝しかない。
明日も別のジュエリーショップを見て回る予定だが、果たして彼女以上に親身に対応してくれる店員がいるかどうか。たぶんいないだろうな。推し活を仕事にする人なんて早々巡り合えるもんじゃないし。
とにもかくにも、今日のペアリング選びは終了。次にすべきことは、明日に向けて気力をしっかり回復させることだ。
「お腹空いたぁ」
「あはは。やっぱり外食にして正解だったね」
「ですね。絶対に家に着くまで持ちませんでしたよ」
俺の言葉に同調するように腹の虫がぐぅぅぅ、と鳴った。藍李さんはそんな俺を見てくすくすと笑う。
ちなみに、まだ注文した料理は届いてないが俺が頼んだのは豚ヒレ定食で、藍李さんが注文したのはサバ味噌定食だ。
美味しい夕飯に期待していると、ふとあることを思い出して俺は「あっ」と声を上げた。
「そういえば、藍李さんには謝っておかないと」
「? 何を?」
小首を傾げる藍李さんに、俺は「ペアリングのこと」と前置きしてから言った。
「藍李さん。本当は婚約指輪の方が欲しかったんじゃないかって」
「…………」
それが謝罪の内容であり、それと同時に困惑の種でもあった。
父さんとの話し合いは、藍李さんにも電話越しではあるがちゃんと伝えた。
俺たちの将来。これから歩む互いの人生を経験した上で『結婚』の是非を決めて欲しいと願った父親の想い。婚約関係を認めていないわけではないけれど、しかしまだ確定するには時期尚早だという至極真っ当な意見。
父さんは俺たちのことを認めてくれている。だからこそ、お互いが後悔しない選択肢と時間をくれた。それだけじゃなく、俺に一人の人生を背負うことの重圧も。
父さんが俺たちにくれたのは。お互いをより深く理解し、そして今よりも強固な絆を築くための〝時間〟だった。
その時間の中で相手を想うための形として、婚約指輪ではなくペアリングを身に着けることを勧められたのだが、藍李さんがその意見をあっさりと承諾してくれたのが俺としては意外だった。
「べつに私はしゅうくんとお揃いのものを身に付けられれば、結婚指輪でもペアリングでもなんでもいいよ」
俺が抱いた疑問の答えは、拍子抜けなほど淡泊だった。
「もちろん。いつかはしゅうくんから婚約指輪をもらいたいと思ってるし、結婚指輪だって付けたい。でも、しゅうくんのお父さんが言った通り、私たちはまだ学生だから。それを求めるのは時期尚早だということは重々理解してる」
我慢、なのかな。よく分からない表情で淡々と語る藍李さんに、俺は眉間に皺を寄せる。
「無理してませんか?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私は全然無理してないよ。むしろ今回の一件で思い知らされたかな。初めてのカレシができて、ちょっと浮かれてたのかも」
「それは俺も同じです」
「あはは。しゅうくんのお父さんが釘を刺すのも無理ないよね」
反省しなきゃね、と悄然とした藍李さんを久しぶりに見た気がして、俺も浮かれていた気持ちに忸怩を覚えた。
「……俺としては、藍李さんとの絆はもうカンストしたも同然だと思ってました。でも、父さんからすればまだ俺と藍李さんの絆は積み上げたばかりで脆いものに見えたのかもしれません」
「客観的に見ればそう捉えられるのも仕方がないことだとは思うよ。私たちは相思相愛とはいえ、実情は付き合い始めて一ヵ月立ったくらいの出来立てほやほやのカップルだもん。仮の交際期間中を含めればざっと四か月くらいだけどね」
こうして冷静になって自分たちの実情を
これが若者故の過ちってやつなのか。そしてその過ちが現実になる前に、取り返しがつかなくなってしまわないように、父さんが補装して導いてくれた。本当に、両親には感謝してもし切れない。
俺と藍李さんの凸凹だった道が少しずつ、周囲の力を借りて普通の道に成っていく。
それを少しずつではあるが、『責任』とともに感じていく。
「しゅうくんと私にはもっと時間が必要なんだろね。お互いをもっと知る為の時間。想い合っている時間。離れていても、色褪せることはない愛を築く時間」
「――――」
「それに、しゅうくんには目指したい『夢』があるでしょ?」
「……うん」
静かな声音の問いかけに、俺は小さく、けれど強く頷いた。
俺には藍李さんが指し示してくれた『夢』がある。
もしかしたら残りの高校生活の中で目指したい道が変わるのかもしれない。けれど今は、その夢に手を伸ばしたい。
その『夢』を叶える為にも、時間が必要で。
「私には夢がないから。だからしゅうくんの夢を応援しようと思った。その時間の中で、私たちはきっと色んなものを見て、色んなことを経験していくと思う。もちろん、これからどんな人に出会っても、しゅうくんへの想いは絶対に変わらない。私の一番はこれまでも、これからもしゅうくんだけ」
「俺も、藍李さんを愛してるって気持ちは何がっても変わりません。あと、藍李さんが他の男に目移りしないように惚れさせ続けます」
「ふふ。期待してるね」
「めちゃくちゃしてください」
藍李さんは誰にも渡さない。その気持ちが揺らぐことはなにがあってもないし、変わる予定もない。この人だけは、死んでも一生俺の傍にいてもらう。
お互いに譲れない想い。たとえ父親の意見が正論だとしても、これだけは〝不変〟にしなければいけないという自負が互いの指を絡めさせた。
その絡み合う指を見つめながら、藍李さんは続けた。
「私たちがお互いを想い合っていくのはきっとこれからも変わらない。私は私の生きる時間の中で。しゅうくんはしゅうくんの生きる時間の中で、相手への愛情を捧げていく」
「――――」
「私たちはまだ子どもで、どうしたってすぐには結婚できない。……本当は今すぐにでもしゅうくんと結婚したいけど! 愛想尽かされたらうっかり後ろからナイフでサクッといっちゃうかもしれないけど!」
「ヤンデレが出てますよ藍李さん……」
「それくらいしゅうくんのことが大好きってことなの!」
「ありがとうございます。でもナイフで刺さすのだけは止めてくださいね?」
「浮気したら本気でサクッといっちゃうかも」
「その時は……うん。俺も割り切って受け入れましょう。浮気なんて絶対にしないですけどね」
突然情緒が乱れた婚約者に思わず苦笑がこぼれてしまった。
ほんのりと目頭を赤く染めた彼女は砕けた雰囲気を切り替えるようにコホン、と咳払いしたあと、絡み合う指に己の願いと祈りを込めるようにさらにきゅっと強く結んで、そして告げた。
「……昨日も電話で伝えたけど、私はしゅうくんとの絆を感じられるならどんなものでもいいの。私に失う怖さを払拭してくれるなら、それ以上は望まない」
「……大丈夫。俺は、ずっと藍李さんの傍に居るよ」
「知ってる。だから私は指輪をちゃんと選びたい。しゅうくんが私のカレシで、私がしゅうくんのカノジョだっていう証になるものを、二人で一緒に選んで、決めて、そして身に付けたい」
「うん。俺も藍李さんと同じ気持ちです」
妥協なんてしない。諦めもしない。絶対に、見つけだす。二人で一緒に。俺たちだけの唯一無二のペアリングを。
それを身に付けたペアリングの先に、俺たちの未来があるから。
「なら、皆に自慢できるくらいの最高のペアリングを見つけないとですね」
「――ふふ。そうだね。私たちの愛情と絆の結晶を、ちゃんとお父さんたちに魅せつけてあげなくちゃ」
少しずつ、一歩ずつ、でも、確実に。
俺と藍李さんは、『理想』を夢見て共に手を取り合って歩いて行く。
「お待たせしましたー。豚ヒレ定食とサバ味噌定食になりま~す」
「よし。そうと決まれば俄然やる気出てきた! 明日も頑張る為にいっぱい食べないと」
「だねっ。私も今日はたくさん食べちゃおっ!」
「「――いただきます」」
そしていつか必ず、俺はこの人と結婚するんだ。
【あとがき】
式場の予約は僕がしておきますね。結婚式には皆も参列しろよ?
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