第119話  想いを結ぶ指輪

「コホン。……では、気を取り直しまして。一口にペアリングといっても、その種類や形状は異なります」

「みたいですね」

「ウェーブ状にダイヤがまっているもの、これはキャラクターデザインのものかな?」


 推しカップルを発見した椎名さんの熱もようやく冷めて、今は仕事モードに切り替わった椎名さんの説明に耳を傾けながらショーケース内の指輪を観察している最中。


「ペアリングはカップルになられた方々が相手をより身近に感じられるように、そんな意図が込められて作られたものです。ペアリングをお求めになられるのはお二人のように学生様のカップルが多いですね。結婚指輪や婚約指輪よりも安価なためお買い求め易く、恋人をより身近に感じられるアイテムとして非常に人気なんですよ」

「やっぱり恋人とは同じものつけたくなるよねー」

「考えることは皆同じってやつですね」


 言われてみれば、ちらほらと学生カップルらしい男女が店内に設置されたショーケースを眺めていた。中には俺たちと同じく高校の制服を着ているカップルもいて、そんな彼らに不思議と親近感が湧いた。


 そうして周囲を観察していると椎名さんが説明を続けていて、俺は慌てて意識を切り替えた。


「そしてペアリングは安価で求め易いだけでなく、様々な工夫が施されているんです。……お二人は金属アレルギーをお持ちでしょうか?」

「俺はたぶんないかな」

「私もありません」

「それでしたらご心配要りませんね。一応、念の為説明しておきますと、アレルギー対応の指輪も当店では取り扱っています」

「へぇ。そんな指輪もあるんだ」

「はい。ステンレス素材でできたものや金属に特殊なコーティングを施したものなど、ペアリングそのものだけではなく材質にも様々な工夫が施されています。種類も多く素敵なものも多いので、肌を考慮してこちらをお買い求めになられるカップル様もいらっしゃいます」

「本当に多種多様だなぁ」


 すげぇ、と感嘆とすれば、そんな素直な反応が可愛かったのか藍李さんと椎名さんが揃ってくすくすと笑った。


 熱くなった頬を必死に冷やしていると、椎名さんが羨望せんぼうを孕むような双眸を細めて先の言葉の続きをつむいだ。


「恋人、といってもその人たちによって在り方は変わるものですから、故に指輪も一つの形に留まらず、その一つ一つに込められた意味も想いも違うんです。皆同じじゃつまらないでしょう?」

「「たしかに」」


 向けられた柔和な笑みに、俺と藍李さんは深く共感するように相槌を打った。


 人の好みは千差万別。十人十色。例え恋人であっても、個と個であり、人それぞれ持つ価値観は違う。


「そんな価値観が違う者同士の絆や愛を形にするもの、それがペアリングなんです」

「「なるほどぉ」」

「まぁ、指輪でなくともネックレスやピアス、とにかく相手とお揃いのものを付けることそれを感じることもできますが、私個人の意見をいえば、ペアリングはその中でも最も互いの距離を身近に感じられる装飾品だと思っています。指に填めるものですから、周囲にも関係性をアピールできますしね」

「……お互いの距離を身近に感じられる装飾品」

「なんかそれ、分かるかも」

「俺もです。なんか、指輪って他のアクセサリーと違って想いの強さが別格な感じがします」

「だよね」


 俺と藍李さんはすでに一つ、ペアのアクセサリーを持っている。ピンクと青のイルカのペンダント。それはまだ俺たちが仮の恋人だった頃に、初めて行った水族館の帰りに俺が藍李さんとの繋がりを少しでも感じたくて贈ったものだ。そして、それは今も大切にそれぞれの鞄とリュックに付けられている。


 これでもお互いの繋がりを感じるには十分なアイテムだが、やはり指輪の安心感というものは絶大に違ないはずだ。実際、まだ身に付けているわけではないがこうして藍李さんと一緒に選んでるだけでもかなり胸は満たされている。想い合っていられているのだと、そう、胸に自信が湧いてくる。


「……私がしゅうくんを愛してる形」

「……俺が藍李さんとの絆を感じられる形」


 椎名さんの説明の中で、互いに胸に残った言葉を復唱する。


 俺は絆を。藍李さんは愛を――互いの想いを一つに結んでくれるもの。それが、ペアリング。


 元々父さんから提案されたことだが、今は藍李さんとの絆をより強く感じたくてそれを求めている自分がいた。


 会えない時間でも相手を感じられるために。お互いをいつも想い合っていられるように。


 これから歩んでいく人生を思えば、ペアリングは俺と藍李さんには絶対に必要なものになる。


 だから、


「藍李さん。妥協せず、俺たちにとって最良になるものを選びましょう」

「――うん。二人で見つけよう。私にとって唯一無二と思える指輪ペアリングを」


 小さな声でお互いの意思を確認する。確認して、同じ気持ちであることを共有する。


 見つけよう。二人で。これしかないって思える、そんな最高の指輪ペアリングを。


 二人でなら、きっと見つけられる。


 決意を新たに。気合いを入れ直して、俺たちは椎名さんの説明に傾聴けいちょうしていく。


「当店で一番人気なのはこちらの『♡』のペアリングですね。お互いの指を合わせることで『♡』の刻印が浮かび上がるんですよ」

「わあ! 可愛いし素敵だね!」

「藍李さんこういうの好きそうですもんね」


 やっぱりというかなんというか、流石は愛を象徴する形なだけあるなと驚きよりも納得感の方が強かった。そしてどうやら藍李さんも興味を惹かれているみたいだ。たぶん、『♡』型というよりは、互いの指を合わせると『♡』型になる仕様にときめいているんだと思うんだけど。


「こちらをお求めになるのは主に学生のカップル様が多くて、一方で20代のカップル様はこちらのシルバーリングをお求めになる方が多いですね。せっかくですからお手に取ってご比べください」

「ありがとうございます」


 眺めているだけてば価値は知れないというとことで、椎名さんがショーケースの施錠を外してますば勧めてくれたペアリングを試着させてくれた。


 藍李さんが惹かれた『♡』のペアリングを填めて実際に『♡』を象ってみたり、大人に人気のあるシルバーデザインのペアリングを填めてみる。


「俺はシルバーこっちの方が好きかも。着飾らないでありのまま、でも大切な感じがするみたいで」

「そうですね。こちらをご購入される方々はおっしゃられた通りシンプルでありながら繊細、かつ流麗なデザインを好む方が多いですね。イニシャルの刻印はどちらの指輪も可能ですので、そこはもうお客様の好みになってしまいます」

「悩みますね」

「だね。どちらも捨て難い……どっちも買う?」

「それ欲しいと思ったやつ全部買うパターンじゃないですか。富豪じゃないので一つにしましょう」

「ふふ。ごっゆくりお選びください」


 眉間に皺を寄せて悩む俺と藍李さんを、椎名さんはくすくすと微笑ましそうに眺めていた。


「もちろん、そちらの二品だけでなく他のペアリングもございますよ。誕生石を填めた指輪に、こちらのハワイアンジュエリーなども人気ですね」

「「ハワイアンジュエリー?」」


 聞き慣れない指輪の名前に藍李さんと揃って首を捻ると、椎名さんはわずかに声音を高くして説明してくれた。


「はい。こちらのハワイアンジュエリーは一つ一つのデザインが違うだけでなく、|彫刻《ちょうこく』されたデザインにそれぞれの意味があるんです。たとえば、こちらのウェーブ状の指輪の意味は、波のように絶え間なく押し寄せる幸せを。こちらの華と波を彫刻した指輪は先ほど紹介したシルバーリングとは対照的に、どこから眺めても美しいデザインが目を惹く造形になっています」

「一つ一つのデザインが違うだけじゃなくて意味も違ってくるのか」

「宝石が填まってるものもあるし……目移りしちゃうね」

「いいのがたくさんありますねぇ」


 椎名さんの丁寧な説明も相俟って、余計に沼に嵌っていく俺と藍李さん。


 ショーケースに飾られた、燦然と輝くペアリングの数々。


 一つ一つに意味と想いが込められたこの中から、俺たちはこれから自分たちにピッタリな一つを選ばなきゃならない。


 ……これは、


「……なんか、俺たちの想像以上に難航しそうですね」

「あはは。だね。楽しいけど、ちょっと想定外かも」


 妥協する気は毛頭ないけど、これだけの種類の中から自分たちが求める『一つ』を選ぶのは骨を折る作業だ。お互い、その気配を感じて苦笑を象った。


「とんでもない課題を出してくれたな、父さん」


 夏休みに出された課題ですら大変なのに、その前にまた一筋縄ではいかなさそうな課題を出してきた父さんに、俺は心の中で舌打ち。……好き勝手する『責任』を俺に学ばせてやがる。


 でも、それが俺のことを何よりも信頼している証拠だということは、もう言わずとも分かるから。


 ――見てろよ父さん。ぜってぇ最高のペアリング見つけて、魅せつけてやる。


 かくして、俺と藍李さんのペアリング選びが本格的に始まったのだった。




【あとがき】

本話改稿しまくってたら更新遅れました。すまん。


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