第118話  推し。ご来店

 どうにか心寧さんと鈴蘭さん(ついでに藍李さんのクラスメイトたちにも)の誤解をあと、俺たちは予定通りペアリングを選びにとあるジュエリーショップに足を運んでいた。……まぁ、結婚する約束。その意思を通す為に買いに来た訳だから、教室での二人の反応はあながち間違っていなかったんだよな。


 とにもかくにも早速ペアリング選びの開始だ。


「……とはいったものの、種類が色々あってよく分かりませんね」

「あはは。だね。予備知識くらいは入れておけばよかったかも」

「少し急ぎすぎちゃいましたね」


 今日はあくまで下見のつもりで来たのだが、藍李さんの言う通り事前に二人で調べてから来ても遅くはなかったかもしれない。


 こういうのはできるだけ早めがいい、そんな思惑が二人揃って働いた結果、ショーケースの前で頭を抱える羽目になってしまった。


 そうやって茫然と立ち尽くしていると、


「――何かお探しですか?」


 なんとも絶妙なタイミングで店員さんが困ってる高校生ペアに声を掛けてくれた。


 柔和な笑みを浮かべながら悩めるカップルに手を差し伸べてくれた女性店員さんに、藍李さんと俺は苦笑を浮かべながら首肯した。


「私たちペアリングを見に来たんです。ただ、種類が思ったより多くて」

「何がいいのか全然分からなくて途方に暮れてたところでした」

「なるほど。それでしたら私が少々ご説明いたしましょうか?」

「「いいんですか?」」

「もちろんです」


 俺と藍李さんは一度お互いの顔を見合って、


「「よろしくお願いします」」

「承知致しました」


 特に拒否する理由もなければむしろ有難い申し出に、俺と藍李さんは店員さんの厚意に素直に甘えることにした。


 そうして俺たちのペアリング選びを手伝ってくれることとなった女性店員――ネームプレートを見ると『椎名』と記載されていたのでここからは勝手に椎名さんと呼ばせてもらうことにして、俺たちは彼女の説明に耳を傾けた。


「ではまずはお二方はどういったご関係をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「えっと、婚約者です」


 照れながら告白すれば隣で聴いていた藍李さんは誇らしげに胸を張って、椎名さんは「あらぁ!」と恋する乙女のように目を輝かせた。


「高校生でもうご結婚する約束を交わすなんてすごくロマンチックですね!」

「やっぱり珍しいですかね?」

「いえ。意外と多いですよ。……ただ、多いといっても大学生のカップルの方々で、高校生の方となるとたしかに珍しいですね」

「「ですよねー」」


 お互いに自覚はあるので、椎名さんの言葉に揃って苦笑い。


「ちなみに、もう一つお伺いしたいことがあるのですが……」

「何でしょうか?」

「そ、その、お二人は婚約者と仰られましたが、もしかして……幼馴染なのでしょうか?」

「? ……いえ。付き合い始めたのは最近ですけど……」

「でも出会ってからはけっこう経つよね」

「ですね。仲良くなったのもつい最近からですけど」


 淡い思い出に自然と口許が綻んで、俺と藍李さんは微笑みを交換し合う。そんな初々しいカップルの思い出話に、椎名さんはというと、


「幼馴染でもなければ付き合い始めたのも最近⁉ ……仲のいいカップルはこれまで幾度となく見てきたけど、こんなに相思相愛オーラを放っているカップル初めてみた……まさしく運命の相手じゃないですか⁉」


 凄まじく興奮していた。それはもう、推しを見つけた時のオタクばりに。なんとなく不穏な予感がする。


 ……というか、店内で『運命の相手』とかすげぇ恥ずかしいこと言わないでほしいんすけど。


 自分たちも頻繁にその言葉を使うことがあるが、身内ではなく全くの赤の他人にそれを指摘されてしまうとどうにもむず痒さを覚えてしまう。


『学校の中とか身内だけにしか指摘される機会なかったから分からなかったけど、俺たちって、やっぱり他人からも仲いいカップルに見えるのか』


 ちらっと横を見れば、公共の場では滅多に凛然とした姿勢を崩さない藍李さんが珍しく羞恥に打ち震えていた。そしていわずもがな、俺も顔が真っ赤である。


 ――カノジョカレシを溺愛してるのって、やっぱり抑えててもバレる(気付かれちゃう)ものなんだなぁ。


 そうやって羞恥心に悶えていると、興奮気味に鼻息を荒くしていた椎名さんがハッと我に返って慌てて頭を下げた。


「す、すいません! 急に変なこと言ってしまって!」

「い、いえ。気にしないでください」

「そ、そうです。他の恋人たちより仲が良い自覚はあるので」

「さらっと惚気を! くはぁぁ。てぇてぇです」


 ロックバンドのヘドバンかと錯覚するほどの勢いで謝罪する椎名さん。そんな彼女を俺と藍李さんは必死になだめる。


 少しずつ礼儀正しくて優しい、仕事ができる系お姉さんという印象がメッキのように剥がれていく様子に苦笑していると、


「――いやぁ、こういう仕事してるとカップルを見る機会が多くて。でも今日は特段供給多めなカップルに出会えて至福の極みですぅ……あ、興奮し過ぎて鼻血出そう」

『あ、この人オタクだ』


 確信的な一言を吐いた椎名さんに俺は思わず失笑。この人、合法かつ合理的に推しを見る為にこの仕事を選んだ人だ。


 でも、こういう人なら妥協せず俺たちが欲しいものを見繕ってくれる。オタクという人種は、好きなこと、好きになったもの、推しの為には私欲を満たす為にとことん追求する存在なのだ。……まぁ、好きが募り過ぎて暴走することもしばしばある存在でもあるけど。目の前のこの人みたいに。


 そんな彼女なら俺たちが求める最高のペアリングへと導いてくれる気がする。この人は信用できる人だと、勘が教えてくれている。


 だから、


「藍李さん。最初にこのお店に来て正解だったかもしれないです」

「ふふ。だね」


 奇跡的に出会えた、推しの為に張り切る女性店員さん姿に、俺と藍李さんは口許を綻ばせた。




【あとがき】

しゅうと藍李さんのペアリング選びを手伝ってくれる女性店員さんのお名前は『椎名楓』さんです。年齢は26歳。可愛いより美人系のキャリアウーマンで朗らかな雰囲気の持ち主。基本的には礼儀正しく丁寧な接客をしてくれるけど、オタクスイッチが入ると我を忘れる典型的なオタク女子。ちなみに、好みの関係は『幼馴染カプ』で部屋にはそれ系の漫画と同人誌専用の本棚がある。


しゅうと藍李さんに出会った時の椎名さんの心境~


椎名さん「美男美女で相思相愛カプはヤバいぃぃ。というかカノジョ美人過ぎない⁉ スタイルもうモデルじゃん! まぶちぃ! ……男の子の方は塩顔イケメンって感じね。

 え、え、どっちが先に告白したんだろぉ~? カレシくんの方はしっかりして見えるけどちょっと弱気に見えるし、やっぱカノジョさんから先に告白したのかなぁ。どっちにしろてぇてぇ。お互い大好きって雰囲気がこんなにも感じたの初めてなんだけど! くはぁぁぁ。新しい推しカプ発見しちゃったぁ……絶対このお店で指輪買ってもらお」


なんてことを思いながら二人の接客してました。




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