第117話 ペアリング選びの始まり
月曜日。その放課後。
「失礼します」
「おや」
「おやおや」
中庭での告白の一件以来、俺こと雅日柊真という存在は、校内一の美女こと緋奈藍李を口説き落としたほぼ全生徒に認知されてしまった。その中でも特に、二年生の一部には良くも悪くも印象深く俺の存在は刻まれていた。
その一部というのは藍李さんが在籍している2年6組。そして、俺は今まさに彼女と姉ちゃんがいるクラスに足を踏み入れた。
放課後ということもありいくらか生徒数は少なくなっているが、それでも教室に残っている生徒は多い。それらから好奇と露骨な敵意、嫌悪の視線を浴びながら強引に足を進めると、既に俺の存在に気付いていた藍李さんが姉ちゃんたちと共に少し動揺した様子で寄って来た。
「弟くんが自分の方から藍李を迎えに来るって珍しいねぇ」
「それな。今から藍李が弟くんを迎えに行こうとしてたのよ」
「そうだったんだ。こんにちは。鈴蘭さん。心寧さん」
「「やっほー」」
ぱちぱちと目を瞬かせる心寧さんと鈴蘭さんに短く会釈しつつ、俺は二人の疑問に答えるように言った。
「今日は俺の方から藍李さんを迎えに行きたくて。いつもは迎えに来てもらってるし、たまにはいいかなって」
「くぉぉ。なんだこのかわ
「かわ尊いって……どこからどう見ても高校生じゃないですか」
「ピュアピュアの化身だよキミは!」
「そこまでピュアじゃないですって」
藍李さんとはまた別ベクトルで可愛い年下扱いしてくる陽キャギャルの二人に、俺はほとほと困り果てたように微苦笑を浮かべる。
相変わらずテンションの高い二人にそうやって振り回されていると、いつもならそろそろフォローに来てくれる人が今日は何故か静かだった。どうしたのかと絡んでくる陽キャギャルの人差し指攻撃をどうにか躱しながら彼女たちの背後を窺うと、俺が迎えに来た女性、藍李さんは両手で顔を覆っていて、
「……しゅうくんが可愛すぎる。早く私の夫に迎えたい」
「結婚はまだできないぞ、
「弟くんを私にください、
騒がしい陽キャギャル二人のせいで上手く聞き取れないが、藍李さんが悶えている原因は俺だということは何となく分かった。
しばらく藍李さんが落ち着くのを待つつ心寧さんと鈴蘭さんの相手をしていると、たっぷり一分ほど時間を掛けて藍李さんはいつも通りの凛々しくも愛らしい表情に戻った。
「はいはい。私のカレシを揶揄うのもその辺にしてちょうだい」
「うへぇ。もう少し弟くんと話させてよぉ」
「心寧の言う通りだー。二人のラブラブ話を聞き出すまで私らは引かないぞー」
「その話はまた今度時間を設けて一日中聞かせてあげるから、今日は……」
「「あやっぱ面倒になったんでいいです」」
「なんでよ!」
それまではしゃいでいた二人が藍李さんの不穏な言葉を聴いた途端、一気に熱が冷めたように自分の爪をいじり始めた。露骨な二人に苦笑しつつ、
「ほら、早く行かないと見る時間がどんどん減っちゃいますよ」
「…………。はぁ、それもそうね。この二人に構ってるだけ時間のムダだわ」
美人とは思えない形相で陽キャギャルを睨みつける愛しのカノジョに帰ろうと促せば、藍李さんは大仰なため息を吐いて鞄を肩に掛けた。
と、そんな俺たちの会話が気掛かりだったのか、心寧さんと鈴蘭さんは同時に首を傾げて、
「なに? 二人ともこれからどっか行くの?」
「はい」「うん」
心寧さんの問いかけに、俺と藍李さんはお互いの顔を見合ってから、少し照れた風に頬を朱に染めて同時に頷いた。
「ほんと、しゅうはお父さんに甘やかされるよねぇ」
「むしろその逆。ちゃんと誠意見せろって意味でこれから二人で選びに行くんだよ」
「? 二人だけ? まゆっちは一緒じゃないんだ?」
姉弟の会話に違和感を覚えた鈴蘭さんがそう
「そうでーす。私はしばらく二人のお邪魔者でーす」
「
「尻蹴っ飛ばしてでも家に帰らせるわ」
「そういうこと」
邪魔されたくない心情は同じだということを理解して欲しかったのだが、やはり弟と義妹(予定)の買い物についていけないことに疎外感を感じているのか姉ちゃんは顔をしかめるばかり。
そんな姉を説得できるのはやはり親友である藍李さんだけで。
「もし私たちだけで決めかねなかったらその時は真雪の力も借りるから。だからその時までは私たちで考えさせてほしいな」
「……分かった」
拗ねた子どものように頷いた姉に、藍李さんはほっと
「藍李さんの言うことは素直に聞くんだから全く」
「ふふ。姉弟そっくりだね」
「うっ」
思わぬカウンターを恋人から喰らって、俺はバツが悪くなって顔を背ける。
「しょーがないから今日は心寧たちと帰る」
「うん。また明日ね」
「帰ってきたらお詫びにケーキ買って帰るから。モンブランでいい?」
「……ティラミスも」
「分かったよ。モンブランとティラミスな」
「あとぷ――」
「いい加減にしろよ?」
「あうぅ! 姉虐待だっ!」
「うるせっ! しれっと三個目いけると思うなよ!」
「いいじゃん! 今回は
「限度を知れっ! 限度を!」
「しゅうのケチぃ~!」
「ケチじゃねえ!」
今すぐ
図々しい姉の頬を思いっ切り抓ってやると、そんな姉弟のじゃれ合う光景を藍李さんたちは微笑ましそうに眺めていた。
それから一分ほど頬を抓ったあと、姉ちゃんは赤く染まった両頬を手で押さえながら心寧さんと鈴蘭さんの方へ逃げるように俺たちから離れていった。
「はあ。……そんじゃ、俺たちはもう行くから」
「はいはい。せいぜい楽しんできなさいよ。あとしゅう、ケーキ忘れるなよ?」
「分かってるよ。フルーツタルトとブルーベリーチーズケーキだろ」
「それどっちも私が食べられないやつだから!」
モンブランとティラミス! と怒りながら念押ししてきた姉ちゃんに適当に返事しつつ、俺は藍李さんの手を握って教室を出ようと歩き出す。
ばいばい、と藍李さんが姉ちゃんたちに別れの挨拶を交わそうと瞬間だった。
「そういえば結局、二人はなに見に行くの?」
「あー。そういえばまだ心寧と鈴蘭には言ってなかったわね」
姉ちゃんを説得するのに夢中ですっかり二人の質問に答えることを忘れてしまっていて、俺と藍李さんは一度互いの顔を見やって微笑みを交わした。
そんな俺たちの様子を不思議そうに見てくる二人に、俺は照れくさげに頬をぽりぽりと搔きながら、告げた。
「実はこれからペアリングを買いに行くんです。俺たち」
「「…………」」
二人の質問に答えたら何故か二人が
心寧さんと鈴蘭さんは目をぱちぱちと瞬かせ、お互いの顔を見合い、頬を抓み合って、親友同士にしか分からない意思疎通をし、揃って相槌を打った。
長い沈黙が続く。微妙な空気に耐え切れず何か反応が欲しいと二人に声を掛けようとした、その直後だった。
心寧さんと鈴蘭さんが「っ⁉」と愕然とした表情を浮かべ、頬を朱くしているカップルに向かって叫んだのは。
「「ガチで結婚するのかよ⁉」」
そんな陽キャギャルの雄叫びが、放課後の校舎に響き渡った――。
【あとがき】
更新ペース上げたら〇ぬけど、ラブコメランキング20圏内に舞い戻りたいからギア上げたい気持ちがせめぎ合ってる。
2話更新できる週をお楽しみに。日、じゃねえぞ。週だぞ。
Ps:週2話更新、アレやべぇんだよなぁ。楽しいけどほんと〇ぬ
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