第3章――3  【 キミ(アナタ)と結ぶ思い 】

第113話  同棲しない?

 濃密だったご褒美タイムも終わり、今はゆったりとしながらも甘い時間に身を委ねていた。


「ふぁぁ。藍李さんの腕の中至福だなぁ」

「そうそう。お姉さんに思いっ切り甘えようね」

「はぁ~い」


 日毎にカノジョに甘えることに抵抗がなくなっている俺は、母性本能の塊ともいえる柔らかな双丘に赤ん坊のごとく顔を埋めていた。


 そんな堕落した俺を、藍李さんは聖母の如く柔和な笑みを浮かべながら優しい手つきで頭を撫でてくる。



「――ねぇ。しゅうくん。同棲しない?」

「ぇ?」


 そうやってカノジョがくれる無償の愛情に浸っていると、不意に耳を疑うような単語ワードが聞こえた。


「……今、なんて言いました?」

「夏休み。この家で同棲しない?」


 聞き間違いかと思って再度訊ねてみたが、どうやら俺の耳と脳は正常だったらしい。


 同棲。その単語を頭の中で何度も反芻はんすうさせながら、俺は眉間に皺を寄せる。


「……それは、俺個人としては嬉しい提案ですけど、でも藍李さん側の負担になりませんか?」

「全然。もうお父さんにはこの提案を伝えてあるし、しゅうくんと李乃さん、久遠さんが納得すれば構わないって許可してくれたから」

「相変わらず用意周到だなぁ」


 どうやら緋奈家側の準備は既に整っているらしい。あとは俺と両親がこの提案を承諾すれば、この夏休みは藍李さんと四六時中一緒に居られるという訳か。


 それはなんとも魅力的だが、しかし俺としてはいくつか懸念点もあって。


「藍李さんと同棲できるなら、もちろんしたいです。けど、そんなことしたら藍李さん、確実に俺をダメ人間に堕とそうと画策しますよね?」

「うん」

「さらっと認めないでくれます?」


 なんでこの人は躊躇ためらいなく肯定できるんだ。


 天使のような笑みを浮かべながら悪魔然とした思考のカノジョに俺は頬を引きつらせつつ、


「藍李さんに四六時中お世話なんてされたら、俺、本当に堕落しそうで怖いなぁ」

「べつに何も怖くないよ。しゅうくんはただ、私に思いっ切り甘えて、お世話されて、私とイチャイチャしてくれるだけでいいの」

「マジでヒモ野郎じゃん!」

「しゅうくんが理性を保てさえすればヒモにならなくて済むよ。まぁ、私はしゅうくんが私のヒモになろうがペットになろうがどっちでも構わないけどね」

「できれば藍李さんに頼り甲斐のあるカレシだと思われたいんですけど?」

「ふふ。安心して。しゅうくんはちゃんと、私の王子様だよ」

「きゅんときた⁉ ……キスしていい?」

「うん。好きなだけどーぞ」


 胸に込み上がった感動を伝えたくてそう懇願すると、藍李さんはくすくすと微笑みながらまぶたを閉じた。


 ん、と小さな吐息を互いの唇から漏らしたあと、俺は高揚感に促されるように呟いた。


「本音をいえば、俺も藍李さんと同棲してみたいです」

「その気持ちがあれば十分だよ。私は夏休み、しゅうくんと会えない日があるのが嫌でこの計画を立案したんだから」

「どんだけ俺のこと好きなんですか?」

「どれだけ愛してるかはキスで教えてあげる」

「――んっ」


 そう言って微笑んで、藍李さんは自分から唇を押し付けてきた。さきほど俺側からしたソフトタッチな口づけとは違って、積極的で情熱的なキス。


 蛸の吸盤のように強く吸い付いてくる唇を存分に堪能したあと、慈愛を灯して揺れる双眸は恋人を見つめながらこう言った。


「私がしゅうくんと同棲したいたのは、キミをお世話したいって欲があるのはもちろんなんだけど、けれど純粋にしゅうくんと過ごす時間を増やしたいと思ったからなの」

「…………」


 静かな空間の中で、ひたすらに彼女の銀鈴の鳴るような声音が耳朶に響く。


「私にとっても、しゅうくんにとっても今年の夏休みは特別になる気がする。もっとたくさん、二人の思い出を作りたいの」

「……二人の、思い出」


 お互い、初めてできた恋人に夢中になって浮かれている。その熱が望むのは、今よりももっと一緒の時間を共有したいという純粋な愛慕。


 そしてそれは、藍李さんだけの願望じゃなくて、俺も一緒で。


「嬉しいです。藍李さんが俺といることを特別だと思ってくれてるなんて」

「キミと一緒にいる時間は私にとっては全部が特別だよ。今この瞬間も、この会話も、温もりも、私に幸せをくれるキミが大好き。そんな大好きな人と一緒に生活がしたいな」

「なんて可愛いおねだりなんだっ」

「ね、だからしようよ。最高に甘くて、楽しくて――〝えっち〟なこともたくさんある疑似新婚生活」

「ごくり」

「あははっ。えっちに反応するんだ?」

「べ、べつにそこに反応したわけじゃないです。ただ、どういったことをしてくれるのかなぁ、と。ちょっと、すこーしだけ気になっただけです」

「嘘下手だね」

「……ノーコメントで」


 下心がすけすけの俺を、藍李さんは純粋だと言っておかしそうに笑った。


 わざとらしく〝えっち〟を強調したのは藍李さんの方なのになんだか上手く乗せられてしまった気がして悔しげに頬を膨らませると、そんな膨らんだ風船を両手で優しく萎ませながら藍李さんは言った。


「そうだねぇ。同棲してやってみたいことといえば、やっぱりお風呂に一緒に入りたいよね」

「お風呂!」

「そのあとにしゅうくんの髪を乾かしてあげて、一緒にアイスを食べるの」

「なら俺は髪を乾かしてくれたお礼に藍李さんにマッサージしてあげたいです」

「それはえっちな方の?」

「り、リラックスの方ですよ!」


 悪戯な笑みを浮かべながら問いかけてくる藍李さんにぎこちなくそう返せば、彼女は分かってるよと口許を綻ばせた。


 またいいように弄ばれたなと奥歯を噛みしめつつ、俺は彼女の優しく穏やかな声音に耳を傾ける。


「私はこの夏休みをフル活用してしゅうくんを私無しじゃ生きられない身体にするつもりだから。しゅうくんが私でしたいこともさせてあげるつもり」


 何がしたい? と藍李さんは妖艶な笑みを浮かべて問いかけてくる。


「私はしゅうくんが私を求めてくれるならなんでもいいよ。ご飯も食べたいもの作ってあげるし、デートしたいって言うならどこにでもついていく。えっちなことをしたいって言われたら、好きなだけこのカラダを堪能させてあげる。」

「――ごくり」

「夏休みは一ヵ月あるんだから、同棲すれば一晩だけじゃなくて一日中愛し合えることだってできるんだよ。――しゅうくんの精魂が尽き果てるまで、私は何回でも何十回でも付き合ってあげるよ」

「……俺、そんなに持続力ないです」

「ないなら私が作ってあげる。精のつく料理をたくさん作って食べさせてあげる。疲れたら私が代わりに動いてあげるし、ご奉仕だってしてあげるよ」

「それ、もう完全に藍李さんが一日中したいだけじゃないですか」

「あはは。バレた?」


 もう同棲したい真の目的を隠す気もないらしい。この人、見事に恋人の営みにハマってる。というより、俺を犯したくてたまらないのだろう。


 やっぱりちょっと怖くなってきた。でも、それ以上に彼女と一緒に生活できることに興味をそそられている自分がたしかにいて。


「――今年の夏は、えっち三昧になりそうですね」

「大丈夫。加減はするつもり」

「つもり、じゃなくてしてください。流石に俺も体力持ちませんので」

「ふふ。それじゃあその予定も明日から決めて行こうよ。でも、その前にしゅうくんのご両親から同棲する許可をもらわないとだけど」

「その前に俺の返事をまだ聞いてないはずでは?」

「えぇ。ここまで話進めて却下するの?」


 口を尖らせる藍李さんは、わざとらしく拗ねた顔をした。そんな婚約者からの苦言に、俺は「たしかに」と思わず吹いてしまいながら、


「今年の夏休みは藍李さんとずっと一緒にいたい。もっと、たくさんアナタのことを知りたいです」


 そう、慈愛を灯して見つめてくる紺碧の瞳に素直な想いを吐露すれば、


「――うん。私も同じ。だから、お互いをより深く理解するために同棲しよっか」


 淡い微笑みを浮かべた婚約者は、一週間後の夏休みに胸を馳せながら俺をぎゅっと抱きしめた。




【あとがき】

というわけで三章の大本命でもある同棲編が始まります! その前にもう一つ書かなきゃならない話があるので、同棲編とそのお話の更新をお楽しみあれ。


あ、あとひとあまが☆1000越えました。常日頃から応援してくださっている読者様、改めて感謝申し上げます。ホント、よく行ったよ。トホホォ。


Ps:伝え忘れてたけど3月も普通に更新していきます。

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