第111話  背徳キス

「はい、あーん」

「あーん」


 日を追うごとにカノジョの従僕ペット化が進行している俺は、学校でカノジョに食べさせてもらうという行為に羞恥心はありながらも、しかし欲求に抗うことはできず、結局この背徳的な行為プレイに頬を緩めていた。


「どう? りんご美味しい?」

「めちゃくちゃ美味しいです」

「あはは。ならよかった。はい。もう一個」

「あーん」


 やばい。俺、マジで藍李さんに堕落させられてる。


 このまま行くと完璧に藍李さんのペットコースだ。一日中彼女の傍から離れない駄犬になってしまう。


 それだけは人間の尊厳的に阻止すべきなのだが、藍李さんが俺を甘やかすのが上手うますぎて中々この沼から抜け出せない。


「あぁ。ほんとしゅうくんは可愛いなぁ」

「子ども扱いされてるこの状況で言うのもあれですけど、俺は藍李さんにカッコいいと思われたいです……」

「ちゃんとそうも思ってるよ。背もこの三ヵ月で伸びたよね?」

「そうですかね? 四月にあった身体測定の時以外測ってないので自分じゃよく分からないです」

「伸びたよ。だって前よりしゅうくんのこと見上げるようになったもん」

「藍李さんが言うならそうなのかもしれませんね」

「顔つきもより男の人になってきたし、益々男前になってきたね」


 しゅうくんはカッコよくて可愛い子、と藍李さんは紺碧の双眸を細めながら頭を撫でてきた。


 その心地よさをくれる手の温もりに思いっ切り甘えつつ、俺はわずかに憂いを帯びた視線を彼女に向けて訊ねた。


「藍李さんはカノジョにベタベタ甘えてくるカレシは好き?」

「うーん。他の人は少し抵抗があるけど……でも、しゅうくんは別だよ」

「なんで?」


 他の男と俺に対する彼女の態度。その差異を追求すると、藍李さんは顎に一つ指を当てて小さく唸った。


 しばし考える時間があって、


「それも一度自分の中で考えてみたんだけど、よく分からないのよねぇ。たぶん、私に向ける好意の差なのかな?」

「どういう意味ですか?」

「ええとね、しゅうくんは知ってると思うけど、私ってよく告白されてたでしょ」

「うん」

「それが完全に下心ありの告白だったのよ。私、自分が嘘吐きだったから多少なりとも他人の真偽を見抜けるようになってね。それで、あぁこの人はたぶん私の身体目的だなとか、周囲に自分の威厳を知らしめる為に利用する気なんだってそういう不純な動機が判っちゃうの」

「それは俺もあったと思うんですけど」


 俺は他の男性と違って藍李さんから告白された側だ。しかし、その告白を受け入れた背景には彼女が嫌悪する者たちと何ら変わらない邪な動機はたしかにあった。


 わずかな罪悪感覚えながら正直に伝えると、藍李さんは柔和な笑みを浮かべて首を横に振った。


「しゅうくんは違うよ。キミはちゃんと私を見て、下心よりも愛情を大切にしようとしてくれた。私といることを誰よりも楽しそうにしてくれたから、私はしゅうくんに告白したんだよ」

「――藍李さん」

「だから私は、キミのことを心の底から愛してるし、世界で一番大好きなの」


 他者と俺の、彼女に向ける純粋な好意。胸に生じた不安や焦燥が、大好きな人の言葉でどこかへ軽く吹き飛んで行った。


 そうやって全幅の信頼を寄せられると、カレシとしてはもっとカノジョのことを愛したくなってしまうし、同時にもっと愛して欲しいと思ってしまう。


『――藍李さん認められるってやばいな。全部に自信が湧いてくる』


 恋人がくれる信頼と親愛の眼差し。それに胸の奥が熱くなって、全身が震えだした。


 少し手を伸ばせばすぐ最愛の人に触れられる。故に、俺はこの胸の奥に込み上がる激情を伝えるように、おもむろにカノジョをぎゅっと抱きしめた。


「ずるいです。そんなこと言われたら、藍李さんのこともっと愛したくなっちゃいます」

「あははっ。可愛いしゅうくん」


 藍李さんは急に抱き着かれてほんの少し驚きながらも、けれどすぐに嬉しそうに声音を弾ませた。


「キミといる時間が私にとっては一番幸せだよ」

「じゃあ、今日藍李さんの家に泊っていい?」

「おぉ。しゅうくんの方から泊まりたいって言ってくれた⁉ ちょっと感慨深いかも」


 感動に打ち震える藍李さん。俺はそんな彼女の耳元で甘えるように囁いた。


「俺も、藍李さんと一緒にいる時間が一番幸せを感じる。だから、その幸福をもっと共有したいです」

「――――」


 その言葉の意味を数秒かけて理解した藍李さんは、ふへっ、と嬉しそうに頬を緩め、


「そうだね。今日は金曜日だし、明日はゆっくりできる。だから、夜はたくさん愛し合えるね」

「それってオッケーってこと?」

「うん。私もしゅうくんとたくさんイチャイチャしたいです」


 なら今夜は藍李さんの自宅に宿泊決定だ。たぶん、母さんから反対されることもないだろう。


「こういう時、両家公認の恋人同士って立場便利ですよね」

「違うよしゅうくん。私たちは両家公認の婚約者だよ」

「ふはっ。ですね。俺たち、将来結婚するんですもんね」

「うん。お互い、一生愛し合っていようね」

「愛が重いなぁ」

「サバサバしてるよりはいいでしょ」

「そう言われたらたしかに。でも、付き合う前の藍李さんは恋愛もスマートにこなしそうな印象でした」

「私が激重こうなったのはしゅうくんのせいなんだよ。キミが可愛くて私に一途でたくさん愛してくれたせい。だから、ちゃんと受け止めてね」

「あはは。はい。ちゃんと受け止めますから安心してください」

「へへ。こうやって甘えて甘えられるの、私大好き」

「俺も大好き」


 抱き合う温もりが、夏の暑さよりも熱い。なのに、心は幸福で満たされて、言葉にはし難い心地よさをくれる。


 その心地よさも、幸せも、何もかもを藍李さんと共有したい。


 だから――


「藍李さん。ごめん。俺、今めちゃめちゃ藍李さんにキスしたい」

「奇遇だね。私も、しゅうくんとキスしたい」


 抱き合って、好きって気持ちを伝え合って、心を満たすほど甘い時間に浸ってしまってはもう我慢できない。

 

 数秒見つめ合って、お互いにゆっくりと顔を近づけていく。そして、微熱に浮かされるように俺たちは、


「「――んっ」」


 ここは学校で、この教室の外には他の生徒たちがいる。それを頭では理解わかっていながらも、けれどカノジョカレシとキスしたいう衝動を抑えられなかった俺たちは、結局放課後まで待ちきれずに唇と唇を重ねてしまった。


 そして、それは一度きりだけでは満足できず、


「……しゅうくん。もう一回しよ」

「うん。もう一回」


「「――んんぅ」」


 この胸に湧く愛情は、本当に際限がない――。




【あとがき】

あぁ。いいなぁ。羨ましいなぁ。俺にも学生時代にこんな甘い青春を送れたらなぁ。

藍李さんは本当に可愛すぎて書いてる作者が口から血を吐く。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る