第110話  天使のような、悪魔の微笑み

 週末の昼休み。


「「いただきます」」


 藍李さんと仮の交際期間中に時々利用していた人気のない教室で、俺久しぶりに二人きりの昼食を取っていた。


「なんだかここを利用するのも随分と久しぶりな気がするねぇ」

「ですね。そもそも、最近は昼休みに二人でいること事体まれでしたし」

「私としゅうくんと真雪の三人で食べる日がほとんどだもんね」

「おかげで男子からの視線が痛いです」


 俺と藍李さんが正式に付き合い始めた以降、昼食は姉ちゃんを含めた三人で取る日が増えた。というよりも、元々は藍李さんと姉ちゃんの二人で朝食を取る日がほとんどだったらしいので、それを藍李さんの恋人である俺が横入したと言った方が正しいかもしれない。


 そんな藍李さんの親友であり俺のやかましい姉は、本日はカレシさんと昼食を取るとのことで不参加となった。なので、本日の昼休みは久しぶりに藍李さんと二人きりの時間を過ごせていた。


「そういえば、しばらく海星さんと会ってないですけど、やっぱり仕事忙しいんですかね?」

「まぁ会社のトップだからね。でも先月に重要な仕事を終えてるはずだから、そろそろ落ち着く頃だと思うよ」

「そっか。なら近々また会えそうですね」

「私のお父さん、気に入ってくれたんだ?」

「はい。優しい人でしたし、それになんとなく俺のお父さんと雰囲気が似てて話しやすいんですよね。だから、もっと仲良くなりたいなって」

「それ、お父さんが聞いたら嬉しさのあまり明日にでも家に帰って来るだろうなー」

「俺、ちゃんと海星さんに気に入られてますかね?」

「もちろん。私に絶対しゅうくんを手放すなって念押しするくらいには気に入ってるよ」


 それはなんだか嬉しいような照れくさいような評価だ。将来義父ぎふとなる人からお墨付きをもらえたことがたまらなく嬉しくて、思わず頬がにやけてしまった。


 それと同時、こうも思って。


「……やっぱり。藍李さんの判断は間違ってなかったんだな」

「?」


 ぽつりと呟いた言葉に、藍李さんははて、と小首を傾げて、


「どういう意味?」

「早々に海星さんに俺を紹介させたことです。あの時は時期尚早だと思ってたけど、でも、そのおかげで俺は海星さんに認められて、気に入ってもらえた。俺がまだ海星さんと面会できてなかったら、俺はずっとまだ見ぬカノジョの父親に怯えて自分の行動に制限かけてたかもしれません」

「――――」

「藍李さんが俺に一歩踏み出す勇気をくれなかったら、俺は海星さんと会える日をこんなにも待ち遠しく思うこともなかったかもしれない」


 藍李さんの行動はいつも大胆で、いつも俺を振り回す。けれど、最終的には彼女の判断が正しくて、いつも感謝させられる。


 海星さんと出会わせたくれたこともそうだ。


「俺は、もっと海星さんと色んな話をしたい。話だけじゃない。もっと色々なことを教わりたいし、俺の好きなものを知って欲しい」


 俺って変わり者なんだろうか。

 

 恋人の父親のことを尊敬して、もっと距離を縮めたいと思うのは。


「俺、一つ夢ができました」

「どんな夢?」


 淡い微笑みを浮かべる婚約者が慈愛を灯した双眸を細めてその先を促してくる。それに、俺は思い描いた未来に胸をせながら告げた。


「いつか、海星さんと釣りにいきたいです」


 今すぐには望まない。海星さんが時間にゆとりができた時でいい。その時、俺の方から海星さんを誘うんだ。


 その未来はきっと、破顔一笑の幸福に満ち足りているはずだから。


「――ふふ。その夢なら、案外すぐ実現できるかもよ」


 そんな思い描いた未来を、婚約者は笑って肯定してくれて。


「本当ですか? 俺、めっちゃ期待しますよ」

「うん。お父さんに言えば、是非一緒にってスケジュール調整するはずだよ」

「じゃあ今度会ったら誘ってみようかな」

「遠慮せず誘ってあげて、それでお父さんに趣味作ってあげてよ。私も、義子むすこの趣味に染まっていく父親の姿を見るの楽しみにしてるから」

「緋奈家が雅日家色に染め上げられることに抵抗ないんですか?」

「雅日家は個性豊かな人たちが多いから、むしろ緋奈家の方からもっと巻き込んで欲しいと思ってるくらい」

「カノジョに自分の家族が個性豊かだと思われてるの、その一員としては複雑な気分です」

「ちなみにその筆頭はしゅうくんだからね」

「俺なんですか⁉」


 てっきり姉ちゃんだとばかり思っていた俺としては、藍李さんの発言は予想外の衝撃だった。恋人に変人扱いされてるとかすげぇ複雑だ。


 姉よりも異端児扱いされていることに不服と顔をしかめていると、そんな俺を藍李さんはくすくすと笑いながら見つながら言った。


「そうだよ。だって、恋人の従僕ペットになることを自分から望んでるなんて、世の中そうそういないと思うよ」

「そ、それは藍李さんがそうなるように俺を甘やかしてくるから……」

「でもしゅうくんは私の従僕ペットになれて嬉しいんでしょ?」

「そ、そりゃ、こんなに美人で可愛くて、おまけに愛情深い人に可愛がられてるんですから、嬉しいに決まってますよ」

「なら何も否定できないね」

「……うぐ」


 悪戯な笑みを浮かべながら見つめてくるカノジョに、俺はバツが悪そうに顔をしかめる。


 藍李さんに身も心も懐柔かいじゅうされた結果、俺はもはや手遅れなほど藍李さんに依存状態になってしまっていた。この人無しでは生きられない身体に、たった数ヵ月で改造されてしまったのだ。


 それでも藍李さんはまだ俺のことを堕とし足りないらしいけど。


「一昨日も凄かったもんね。可愛い顔して私にたくさん懇願してきて」

「あ、あれは藍李さんが焦らすからで……」

「だってあの時のしゅうくん凄く可愛かったんだもん」


 ナニがとは言わないが、一昨日はご機嫌斜めだった藍李さんに終始弄ばされた。足で気持ちよくさせられ、上にまたがれれて気持ちよくさせられて、最後は徹底的に精気を搾り取られた。


 あの時の藍李さんはまさしく女王だったと身震いすれば、そんな俺に向かって彼女は双眸を細めながら嘲笑するように言った。


「こんな風にカノジョにいつも揶揄われて、日に日に堕落させられていってるのにそれを喜んでるなんて、しゅうくんはとんだ変態マゾさんだね」

「あれ⁉ 言われてみればたしかに自分がとんでもねぇ変態に思えてきた⁉」


 自分を常識人だと思っていただけに、恋人にそう指摘されて納得してしまったのは中々に応えるものがあった。……俺って変態マゾだったのか。


 自分でも知らない間に開花しまった後ろめたい性癖に悄然しょうぜんとしていると、そんな俺の頭を華奢きゃしゃな手がなぐめるように撫でてきた。


「ま、私はしゅうくんがどんな変態さんでもウェルカムだよ。ちゃんと、どんなしゅうくんも愛してあげるからね」

「藍李しゃん!」


 自分の変態性すらも寛容に受け入れてくれた恋人――否、女神の微笑みに、俺はぱぁっと顔を明るくした。やはり俺のカノジョは女神で天使で世界一の理解者だ。と、盲目さが悪化したカレシにカノジョはというと、


「うんうん。しゅうくんは私が死ぬまで可愛がってあげるからねぇ」

「一生可愛がってください!」

「……あはっ。もぉ。しゅうくんはほんとに素直で可愛いなぁ。もっと堕としたくなっちゃう」


 天使のような微笑みの裏で、悪魔のような一面を覗かせるのだった。




【あとがき】

いいなぁ。俺も藍李さんにお世話されてよぉ。24時間管理されてぇ。


☆1000まであと30ちょっと!

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