第109話  足でシてあげる。

 今日はこのままお家に来なさい。


 放課後に拒否権の行使されない命令を下された俺は、結局逃げることもできずに彼女の部屋に連行されてしまった。


 そして現在はというと、


「……どーして私がご機嫌斜めなのか、カレシであるしゅうくんなら分かるよね?」

「はい。藍李さんという世界で一番大切なカノジョがいるにも関わらず、他の女子と話してしまったからです」

「その解答は正解の一割かな」

「うそ一割なの⁉」


 俺は現在、彼女の部屋で正座しながら、ご機嫌斜めなカノジョに詰問されていた。


 愛しの恋人であるはずの俺を藍李さんは怜悧れいりな視線で睥睨へいげいする。ベッドの縁に腰を下ろし、腕を胸の前で組んで黒タイツの足を交差させている様は、さながら女王のようだった。


 そんな女王様は俺の回答に納得いっていないようにため息を落とした。


「もう一度だけチャンスをあげる」

「あ、ありがとうございます」

「よーく考えて、思考を張り巡らして答えなさい」

「はいっ」


 解答を間違えた愚者にラストチャンスを与えてくださった女王様に平服しながら、俺は死ぬ気で解答を模索もさくする。


 たぶん、正解したところで藍李さんの機嫌が直るわけじゃない。それを理解していながらも、俺は脳裏に浮かんだ『たぶん正解』と思う答えをぎこちなく彼女に申告した。


「ええと、それじゃあ――告白されるかもしれないと分かっていながらも、ちょっとだけ期待して話を続けてしまったこと、でしょうか」

「ふぅん。告白されるかもしれないって分かってたんだ?」


 やべ違うみたいだ。


「い、いえ! 全然気づきませんでした!」

「どっち?」

「……嘘です。めちゃくちゃ調子に乗って吉崎さんと話してました」

「ふーん」

「…………」


 藍李さんの凄まじい視線に耐えられず、俺は土下座しながら馬鹿正直に白状してしまった。


 もうこの際言い訳と思われても仕方がないが。俺はこれまで女子と無縁の人生を送ってきていたのだ。柚葉だけが唯一、俺に臆することなく話しかけてきてくれた女子で、他の女子は軒並のきなみ無気力な俺を不気味がって近づいてさえこなかった。


 そんなバラ色の人生とはかけ離れた日常を過ごしていた俺が、ある日を境に女子から異様に話しかけられるようになったのだ。それなら多少浮かれてしまっても無理はない。……ただ、その転機となった日が藍李さんと付き合い始めた日からというのが複雑なのだが。


「へぇ。調子に乗ったんだ?」

「だって今までまともに女子と話すような機会なかったから」


 男子は少なからず、女子は本当に柚葉くらいしか話すような相手がいなかった。


「……つかの事を聞くけど、しゅうくん。小学校と中学校の時にちゃんと友達いた?」

「さ、流石にいましたよ。片手で足りるくらいですけど」

「……なんだろ。急に虚しくなってきた。抱きしめて慰めてあげたい。……まぁ、私もしゅうくんのこと言える立場じゃないか」


 恋人の悲しい黒歴史を聞いて女王様の顔にわずかに同情が立ち込める。すいませんね、ずっとボッチだったカレシで。


 藍李さんは一瞬だけ弛緩した空気を仕切り直すようにコホン、と咳払いしたあと、


「しゅうくんがボッチで女の子に話しかけられて浮かれた事情は理解したわ。べつにそこを責めてるわけじゃないしね」

「え? それじゃあなんでそんなに不機嫌なんですか?」


 俺はてっきり藍李さんという奇跡みたいな存在を差し置いてクラスメイトの女子と話していたことに憤慨していたのだとばかり思っていたのが、どうやらそれは勘違いらしい。


 そうなると俺としては彼女がご機嫌斜めの原因が本当に分からない。


 そんな眉根を寄せながら首を捻る俺を見て、藍李さんは心底落胆したような嘆息を落とした。


「はぁ。ならあれは男の性ってやつなのかしらね」

「?」


 零れ落ちた独り言に疑問符を浮かべる俺――


「っ⁉」


 ――俺の下半身に、ふと温かい何かが押し付けられた。


 下半身の一部。そこから瞬間的に伝播するように全身を襲った刺激に目を剥く。思わず口から喘ぎ声がれると、俺にそれを与えた女性が睥睨しながら言った。


「私がご機嫌斜めな理由はね――しゅうくんがその吉崎さんって人の胸を見てたことだよ」

「――がっ」


 実に不愉快そうに答えた藍李さんは、伸ばした足で俺の下半身をぐりぐりとイジメながら不満を吐露していく。


「私の胸を散々綺麗だとか最高だとか言ってたくせに、私以外の女の人の胸を見て鼻の下伸ばすなんて不誠実じゃない?」

「ちがっ……あ、あれは吉崎さんがわざと見せてきて……っ」

「それでも見た事実は変わらないでしょ」


 たしかに見た。というより吉崎さんに視線を誘導されてしまったといった方が近いか。


 あの時、吉崎さんは自分の胸を机に意図的に押し付けて、ワイシャツの襟の隙間から覗く谷間を見せつけにきた。自分に乗り換えろという意思を込めて。その誘惑に、俺の男の性というやつが無意識に反応しまったのだ。


 藍李さんはそれが不服だったと伝えるように、下半身をイジメる足にさらに力を入れた。


「それは男性なら生理現象とでも言えばいいのかしら。つい魅惑の谷間に視線がいってしまって、ついまじまじ見てしまった」

「く、うっ……べ、べつに見たくて見たわけじゃないです。あと、まじまじ見てもない……っ」

「言い訳はいいよ。見た事実に変わりないもん」


 たしかにそうだ。不可抗力とはいえ、俺は一瞬でも吉崎さんの母性の塊に惹かれてしまった。ならば、彼女が不機嫌になるのは仕方がない。


 くねくねと器用に足を動かして、藍李さんは俺の下半身を徹底的にイジメる――否、お仕置きする。


「あ、藍李さん! あ、足……動かすの、止めてっ」

「止めないよ。これは私以外の胸に一瞬でも惹かれたしゅうくんへの罰だもん」


 時に押し付けるように、時に優しく擦るように、緩急をつけてぐりぐりと足を動かす藍李さん。悶える情けない駄犬の姿に、段々とその凛々しい表情に朱みが差し始めていく。


「あはっ。しゅうくんの、足でも分かるくらい元気になってるね」

「そ、それは藍李さんがイジメてくるからで……っ」

「ふーん。しゅうくんは足でイジメられて興奮するんだ?」


 とんだ変態だね、と口ではさげすんでおきながら、しかしその表情には恍惚こうこつとした笑みが浮かび上がっていて。


「気持ちいい?」

「の、ノーコメントでっ!」

「いいよべつに。しゅうくんの顔見たら分かるから」

「――っ」

「このまま限界越えちゃったら、ズボンが大変なことになっちゃうねぇ」

「そう思ってるなら……足動かすの、止めてください……っ」

「だーめ。言ったでしょ。これはお仕置きだって」


 駄犬をしっかりしつけるのがご主人様の役割。そう言いたげに藍李さんは口許の端を歪めた。


「でも、さすがにこの程度の刺激じゃ我慢できちゃうよね。それでも私はしゅうくんの可愛い顔ずっと見ていられるからいいんだけど……しゅうくんはどうかな?」

「どう、って?」

「このまますっきりできないまま終わるか、それともすっきりするか」

「すっきりしたいですっ」


 そんなの考えるまでもない。襲ってくる快感を必死に耐えながらそう懇願すれば、女王様はそんな情けない従僕ペットの姿を見て少しだけ満足そうに吐息をこぼした。


「そうだよね。このままは辛いよね?」

「……は、いっ」

「私に気持ちよくしてほしいよね?」

「藍李さんに気持ちよくしてほしいですっ!」

「ふふ。うんうん。しゅうくんを満足させてあげられるのなんて私以外いないもんね」

「藍李さん以外は眼中にないですっ!」

「それを今からたぁっぷりしゅうくんのカラダに刻み込んであげるから安心してね。私以外どうでもよくしてあげる」


 それを人を何と言うか。簡単だ。


 人はそれを――『調教』と呼ぶのだ。


 襲ってくる刺激と快楽に荒い吐息を吐き続ける俺を見ろしながら、藍李さんは嫣然えんぜんとした笑みを浮かべる。その表情はまさしく、女王だった。


 はっ、はっ、と乱れた息遣いの中で、ふと鼓膜がこんな音を捉えた。


 それは何か、めていたものを開けていく音だった。ぷち、ぷち、と焦らすようにその音が聞こえる。


 それに反応して俯いていた顔を上げると――そこにはワイシャツをはだけさせて、純白の下着ブラジャーをわざとらしく魅せてくる小悪魔の姿があって。


「色気ない下着でごめんね。でも、しゅうくんが大好きな私のおっぱいだよ」

「――――」

「あははっ。分かりやすく興奮してくれてる。そうだよね。他の女の見れない胸なんかより、キミが望めばいつでも見れて、触れるおっぱいの方が興奮するよね」

「そんなの、当たり前っ……でしょ!」


 こくこくと無言で何度も頷けば、既に余裕のなくなった恋人を見て小悪魔は嬉しそうに口許に浮かべる笑みを深くした。


「触りたい?」

「触りたい」


 何度も頷く。懇願するように。切望するように。手を伸ばしても触る事のできない禁断の果実に触る許可を求めてただ首を上下させた。


 そんな情けないカレシの懇願を見下ろす小悪魔は、実に滑稽こっけいだと言いたげに嘲笑して。


「でも残念。今日は触らせてあげませーん」

「んな⁉」


 藍李さんは指で×を作りながらくすくすと笑った。


 恋人に懇願を拒否されて、露骨に落ち込む従僕ペット。そんな情けない俺の姿が藍李さんにはたまらなく垂涎もので興奮の材料になるのだろう。


「おっぱいは触らせてあげないけど……」

「――?」


 愉悦に熱い吐息をこぼす藍李さんは、依然として下半身を弄ぶ足を止めることなく、押し寄せる快楽に必死に耐える俺に向かってこう言った。


「でーも、今日は代りに、この足でしゅうくんを満足させてあげる」

「――っ!」

「だからほら、早くチャック開けて」

「……う、ん」


 茹だる思考はすでに自我を放棄し、ただ快楽とその発散を求めて彼女の命令のままに動く。


「あはっ♡ こういうプレイもぞくぞくするねっ」

「……愉しんでるのっ、藍李さんだけですよ」

「嘘つき。しゅうくんだって実は楽しんでるでしょ。じゃなきゃ、しゅくんのそんなに元気になってないはずだよ」

「――――」

「ふふ。図星だ」


 ふい、と視線を逸らした俺を見て、藍李さんは「変態さんだね」と口許に象る笑みをより一層深くする。


 ――やっばぁ。しゅうくんの悶えてる顔。すごく可愛いぃ。興奮する。

 ――これもう、俺からすればご褒美な気がする。


 お互い。胸に変態性を抱いて、それを隠しながら、


「――さ、今からたぁくさん足で気持ち良くなろうね。――しゅうくん」

「ありがと、ございます……っ!」


 やっぱりこれはご褒美タイムだったと、お仕置きのあとの一つに交じり合った吐息の中で俺は悟るのだった。




【あとがき】

藍李さんに蔑まれながらの足ぐりぐりとか男目線だとご褒美でしかないんだよなぁ。

あ、余談になりますが、ナニがとはいいませんがこの日は藍李さんが終始しゅうくんの上に乗ってました。藍李さんが足だけで満足するはずないからねっ。

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