第１０８話 言っておくけど、拒否権ないから
「ねぇねぇ、雅日くんて緋奈先輩とまだ付き合ってるの？」
「う、うっす」
藍李さんと正式に付き合い始めてからというもの、こんな質問が絶えず続いていた。
質問者は主にクラスメイトの女子。それまでは同じ空間にいるだけで
「へぇ。緋奈先輩と上手くいってるんだ？」
「ま、まぁ。一応順調に交際できてると思うけど……」
ぎこちなく肯定すると、その子、名前は確か、吉崎さんだったと思う。前に一度、理科の実験で同じ班になったことがあるから覚えてる。
その吉崎さんは俺の反応を蛇のような鋭い目つきで見届けると、つまらなそうな吐息をこぼした。
「ふーん。でもあの人と付き合うってなんだか大変じゃない？」
「まぁ、周囲からの目（主に男子）はたしかにキツいけど、それで別れるくらいなら中庭で告白なんてしないからな」
「あははっ。私、あれ廊下から見てたよ。カッコ良かったけど、傍から見るとしんどって思ったわ」
中庭での告白。あの一件の反応は先に吉崎さんが言ったように様々な意見が飛び交っていた。
ロマンチックな告白だったと肯定的な意見もあれば、告白する男側の立場を配慮してないと否定的な意見もあった。
当事者である俺はあの告白は既に答えが決まっていて、藍李さんが俺の『他人に認められたい』という意思を汲んでセッティングしてくれた舞台だと理解したから特段気に留めていなかったが、やはりあの舞台は少々派手過ぎたらしい。
「あんな告白させるくらいなんだし、緋奈先輩って超重いでしょ？」
「否定はできないな」
「やっぱり。そうなると毎日大変じゃない？ あんなに美人な先輩の要求に応えないといけないの」
「大変は大変だけど、その分ご褒美ももらえてるし俺としては
「ひょっとして雅日くんてＭ？」
「……それはノーコメント」
女子に性癖を晒されることへの嫌悪感から咄嗟に答えを濁したが、吉崎さんはそれを気にも留めずにけらけらと笑った。
「そっかぁ。雅日くんて成績通り真面目でカノジョにも一途なんだね」
「バカにしてる？」
「してないしてない。むしろそういう所、女として好感持てる」
なんだろうか。藍李さん以外の女性の好感度を上げても喜ばない自分がいる。
そんな心情を表現するように淡泊に「へー」と返せば、吉崎さんは「冷た」とそれすら気にも留めずに笑った。
これは一体何の質問を受けているんだろうか、とそろそろ飽きてきた頃、吉崎はわざとらしく机に〝胸〟を押し付けながら――俺に魅せつけるようにして、予想外の一言を放った。
「ねね、私と付き合ってみない？」
「はい？」
嫌な予感がするな、とは思っていたが、やはり的中した。
藍李さんほどではないが中々にご立派な谷間を魅せつけてくる吉崎さんは、小首を傾げる俺に向かって続ける。
「緋奈先輩と一緒にいるとぶっちゃけ気苦労絶えないと思うのよ」
「べつに感じないけど」
「それはまだ付き合ってから日が浅くて浮かれてるからじゃない？ でも、段々慣れていくうちに冷静になって気付くと思うよぉ？ 緋奈先輩のカレシでいることの大変さに」
「…………」
「私らの高校で一番人気な女子。噂じゃファンクラブまであるアイドルみたいな人と付き合い続けるって、ぶっちゃけ相当ストレス溜まると思うんだよね」
「それでも付き合うって決めたのは俺だから」
「あははっ。めっちゃ頑固。つか意固地？ まぁそんなことはどうでもよくて……ね、そんな人と一緒にいるより、同級生と付き合った方が気楽じゃない？」
あー。これあれか。自分に乗り換えろって言ってるのか。
校内一の美女として有名な藍李さん。そのカレシを務めることのプレッシャーを負い続けるより、同級生で話も合いやすい自分と一緒に居た方が絶対に満足できる。そう吉崎さんは言いたい訳だ。
まぁ、彼女の言いたいことも理解できないわけじゃない。
たしかに藍李さんと一緒に居るのは色々な意味で苦労が絶えない。周囲からの視線は未だに痛いし、影で陰口を叩かれていることも知っている。
彼女自身も愛が重くてそれを受け止めるのに毎日必死だ。この愛情に応えなければ呆れられてしまうという恐怖も感じている。
でも、それ以上にだ。
俺自身が藍李さんの傍にいたくて、大好きで、心の底から愛しているから一生傍にいたいと思ってる。
気苦労が絶えない日々なんて仮の交際を始めた時からとっくに覚悟完了済みだ。愛が重くて上等。その重たい愛が俺を絶対に裏切らないを教えてくれている。
それに何より、俺は緋奈藍李の婚約者なのだ。既にこの恋慕はずっと彼女と共に在り続けることを決めている。
「悪いけど、俺は藍李さんと別れる気は――」
ない。そう断言しようとした刹那だった。
「残念だけど、しゅうくんは誰にも渡さないわよ」
「――っ⁉」
「ひっ⁉」
突然、背後から静かな怒りをはらんだ声音が
それにびくっと肩を震わせながらおそるおそる首を後ろに回すと、この教室にはいないはずの女性が、守護霊の如く――いや。悪霊を彷彿とさせる剣呑なオーラを放ちながら俺の背後に佇んでいて。
「藍李さん⁉」
「げげっ！ 緋奈先輩⁉」
いつの間にか俺のクラスに襲来していた藍李さんに、俺と吉崎さんは揃って目を剥いた。
驚愕を隠し切れずに唖然とする俺を、藍李さんは自分から大切な恋人を寝取ろうとしている
「しゅうくんが愛してやまない止まない女の子は誰かな？」
「そ、それはもちろん、藍李さんです」
「ふふ。よくできました」
まるで蛇のごとく鋭い双眸を吉崎さんに向けながら、藍李さんは俺に一瞥もくれることはないまま首筋を細くしなやかな指先でなぞった。その煽情的な感触にぞくりと背筋を震わせながら答えると、彼女は満足そうに口許の端を歪めた。
「しゅうくんがとても魅力的な男性ということは共感できるけど、でも私からこの子を奪おうだなんていい度胸してるわね」
「は、はは。べつに奪う気は……ただちょっと、雅日くんと仲良くなりたかっただけで……」
「へぇ。残念だけどそれも叶いそうにないわね。だって私が他の女の子と仲良くすることを認めないから」
清水さんは例外、とぼそっと耳元で呟いた藍李さん。彼女が柚葉のことを俺の親友として認めてくれているのは嬉しいが、非常に複雑な心境だ。
自分の友人関係すら彼女に徹底的に管理されている。そんな気がして、俺は頬を引きつらせるしかなかった。
「……藍李さん。束縛激しすぎ。クラスの皆が引いてます」
「そんな私が好きって言ったのはしゅうくんでしょ？」
だから止めない、と藍李さんはお気に入りの玩具を他人に
「そういう訳だから。しゅうくんはアナタにも、ましてや他の女にも渡さないから。もし私から奪おうとする輩がいたらその時は――」
「うひぃ⁉ わ、私家の用事があるんだった！ じゃあね雅日くん！」
ただでさえ鋭い双眸をより一層細めた藍李さんに、吉崎さんは瞬間的に危機感を感じて猛ダッシュで自席に戻ると、慌てて荷物をまとめて教室から去った。
そんな緋奈藍李に徹底的に釘を刺された少女の一部始終を見ていたクラスメイトたちはというと、
「「――ふい」」
「あぁ⁉ せっかくクラスメイトと打ち解けてきたのに⁉」
俺には関わらない方が賢明だと直感的に理解したのだろう。俺のことを憐憫の目で見ている神楽と柚葉以外、全員が露骨に視線を逸らした。
こうしてまた友人関係がほぼ白紙に戻ってしまった俺。愕然と肩を落とす俺を、藍李さん慰めるように頭を撫でながら、
「今日はこのままお家に来なさい」
「――ひっ」
「たぁっぷり私の魅力をしゅうくんに刻み込んであげるわ」
慰めるような優しい手つきで頭を撫でているのに、声音は冷ややかで。
不機嫌なカノジョはそのまま、胸に湧いた嫉妬心を隠そうともせず、
「言っておくけど、拒否権ないから」
「誰か助けてくれぇぇ」
俺を助けようとしてくれた神楽と柚葉だったが藍李さんの凄まじい威圧に屈したのか、こちらとは関わらないのが身の為だと悟って視線を逸らした。
ついに親友にまで見捨てられて泣き叫ぶ年下のカレシを、藍李さんはというと、これから調教することになんとも愉しそうに笑みを深めるのだった。
「覚悟してね。しゅうくぅん」
【あとがき】
というわけで次回はお仕置き回です。……お仕置き回というの名のご褒美回か。
休載した時は☆1000はもう無理かと半ば諦めてたけど、今950超えて意外と立て直すもんなんだなと嬉しくなってる今日この頃。
また予約投稿できてなくて変な時間に更新されちゃったぁ。
本話は2/28日（水）の更新内容なので、28日に更新されたと思ってください。
もしかしたら、109話の更新があるかもしれないし、ないかもしれないです。てか、ないよりです。
でも、皆読みたいなぁ。だって藍李さんがお仕置き=ご褒美くれるんだもん
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます