第107話 穏やかな日常
「あれ、しゅうくん」
「あ、藍李さん」
結局あれからは真雪の心境を配慮して話題を逸らすことになり、最近使っている化粧品や夏休みについての話を少しだけしてファミレスでの女子会は終了した。
わずかに委縮している清水さんと梓川くんに気を取られていると、しゅうくんが心寧と鈴蘭に挨拶をしていた。
「心寧さんに鈴蘭さん。ご無沙汰してます」
「よっ。久しぶり弟くんっ」
「キミが元気にしてるのはここに居る恋人ちゃんからもう聞いてるぞよぉ~」
「あはは。……何か余計なこと言ってませんよね?」
「大丈夫。ありのままの事実を伝えただけだから」
「絶対余計なこと言ってるやつだ⁉」
むぅ。恋人を信じないとは心外ね。これはあとでお説教が必要かしら、なとど思案はするけど実際しゅうくんの懸念は当たっているのでそれは微笑みで誤魔化すことにした。
カノジョに弄ばされて阿鼻叫喚としているカレシを横目に、私は彼の友達に会釈する。
「こんにちは。清水さん。梓川くん」
「「こんにちは。緋奈先輩」」
挨拶すると二人も礼儀正しく会釈を返してくれて、私は気付かれぬようほっと安堵に胸を撫で下ろした。
『未だにこの二人とどう接していいのか分からないのよねぇ』
というのも、一人は私の恋敵でもあった子で、そしてもう一人は私としゅうくんの交際を快くは思っていなかった子なのだ。梓川くんのほうは正式に付き合った数日後に『あの時は生意気なこと言ってすいませんでした』と律儀に謝罪しに来てくれたが、清水さんとは和解……というよりそもそも距離感を掴めなかった。
当然だ。だって私は、彼女がしゅうくんに抱いていた淡い三年間の恋慕を横取りした女なのだから。恋は戦争。先に好きなった相手を奪った方が勝ちとはいえ、私が彼女が大切に培ってきた恋慕を終わらせてしまった要因であることに変わりはない。その罪悪感というものは、この胸にしこりとして残り続けていた。
「ええと、皆はどこかに遊びにいってたの?」
「あ、はい。しゅうが今日はたまたま暇だったので、三人で久しぶりに遊びに行ってました」
ぎこちなく訊ねれば、応じてくれたのは清水さんだった。
こうして清水さんの方から歩み寄ってくれると
いつかでいい。私は、清水さんとも仲良くなりたい。だってこんなに可愛い子くていい子、世の中探したってそうそう巡り合える機会はないのだから。中身が真っ黒な私とは真逆もいいところだ。
いつか友達になるため。その小さな一歩を踏み出すように、私は清水さんと会話を続けた。
「そうなんだね。いつもしゅうくんがお世話になってます」
「い、いえいえ! こちらこそこんなダメ人間を厚生させてくれてありがとうございます」
「おい。誰がダメ人間だ」
「実際緋奈先輩と付き合わなかったらしゅうはいつまでも無気力人間だったでしょ」
「……うぐ、それは否定できない」
「ほらね。ちゃんとこれまでダメダメ人間をお世話してた私と神楽に感謝してよね」
「ダメが一個が多くなってる!」
「ふふっ」
悪戯する猫を捕まえるように、清水さんはしゅうくんの襟を抓んで叱責する。それにしゅうくんはバツが悪そうに顔をしかめた。
友達にしかみせない一面、まだまだ私の知らないしゅうくんの一面を容易に引き出す彼女にちょっとだけ嫉妬心を抱きながらも、それりもそんな表情を引き出してくれてありがとうと胸中で感謝した。
そんな微笑ましい光景に自然と口許が
「藍李さんの方はファミレスに行くって言ってましたけど、今はその帰りですかね?」
「うん。皆と女子会」
こくりと頷けば、今だしゅうくんの襟を掴む清水さんが羨望交じりの吐息をこぼした。
「ほへぇ。これだけ美人が勢揃いだとどんな場所でも華になるだろうなぁ」
「おやおやぁ。私たちを美人とな? この子はお目が高いですなぁ」
「ですねですねぇ。しかもよく見るとこの子めっちゃ可愛いな⁉」
「あまり後輩を揶揄っちゃだめよ」
「「藍李には絶対言われたくない」」
「なんでよ!」
どうやら清水さんに興味を示したらしい陽キャギャルの二人。そんな二人に囲まれた清水さんは猫が警戒するようにビクッと肩を震わせた。それが余計に陽キャギャルの可愛いものセンサーに触れてしまったらしく、心寧と鈴蘭は委縮する清水さんを両サイドから抱きしめた。
「うわやばっ⁉ めっちゃいい匂いするんですけど⁉」
「ふぉっふぉっふぉ。どうだい後輩ちゃん。先輩二人のフレグランスの香りは?」
「ちな心寧と私は同じ香水使ってるんだよん」
「すごい! 花畑にいるみたいです!」
「ふぉぉぉ。なにこの子めっちゃいい子! お持ち帰りしたい! 名前はえっと、柚葉ちゃんで合ってるっけ?」
「は、はい。清水柚葉です」
「じゃあ今からゆずゆずで呼ぶね! ねね、ゆずゆず、さっそくレイン交換しよ!」
「いいんですか!」
「もちだぜ! なんなら今度遊びに行かない? ゆずゆずとお洋服買いに行きたい!」
「ナイスアイディア心寧! 今度私ら五人で遊びいこっ!」
「これが本物ギャルのノリなのか⁉」
気に入った相手には異常なまでに好奇心を示し、持ち前の卓越したコミュニケーション能力で瞬く間に距離を詰めるのが心寧と鈴蘭だ。
その才を遺憾なく発揮し凄まじい手際の速さで清水さんと連絡先を交換した二人は、そのままぬいぐるみでも愛でるかのように後輩の頭を撫でていた。
……私はその羨ましくも微笑ましい光景を眺めながら、
「ぽー……」
「しゅうくーん? なーんで清水さんを羨ましそうに見てるのかなぁ?」
「うげぇ⁉」
「その、うげぇ⁉ は何かなぁ? やましいこと考えてたっていう証拠かなぁ?」
陽キャギャルに絡まれる友人を羨ましそうに眺めていたカレシの首根っこを掴んでそのまま引き寄せると、しゅうくんは露骨にびくっと背筋を震わせた。
「べ、べつにそんな目で見ていたつもりはないです! ただちょっとあそこだけオアシスだなと思っただけで」
「しゅうくんにラブコメ的ハーレム展開は一生訪れないよ。あとあんな風に両サイドからギャルが抱きしめてくれる展開もね。何故なら私がしゅうくんを一生独占するから~」
「ひえっ」
「そこは喜ぶところだと思うけど?」
「い、いつもなら嬉しいんですけどね。今日は何故か、悪寒が凄まじいというか南東うか」
「そっかそっかぁ。なら、これは次の休日、調教が必要かな~?」
「お、俺次の休日お腹壊す予定なんで藍李さんの家行けないです。ざ、ザンネンダナァ」
「じゃあ私がお腹壊す予定のしゅうくん看病しに行ってあげるね。一日中付き添ってあげるから、すぐに元気になるよ? 元気になったらその精気全部搾り取るけど」
「逃げ場がねえ上に命まで刈られる⁉」
神楽ヘルプ! と友人に助けを求めるしゅうくん。しかし、親友に救援要請を送られた梓川くんは、にこっと笑うと、
「真雪先輩。あっちに美味しいたこ焼き屋があるので一緒にどうですか。奢りますよ」
「いいの⁉」
真雪を巧妙に使って修羅場から目を逸らした。
「はい。
「分かってるね梓川くーん。あんなバカップル放っておいてたこ焼き食べにいこ!」
「裏切ったな神楽ぁぁぁぁぁぁぁ!」
「柊真はせっかく会えたカノジョさんと仲良くやってなよ。終わったら電話してくればいいからさ」
「藍李もしゅうの説教終わったら電話してぇ」
「うん。調教終わったら連絡する」
「調教でもお説教でもどっちでもいいよー」
「このクソ姉とクソ親友――――っ!」
世界にたった一人の姉と親友に裏切られて癇癪を起すしゅうくん。そんな世話の焼ける男子の猛抗議を適当に受け流した二人はそのまま本当にたこ焼きを食べに行ってしまった。
そうしてこの場に残った光景は、なんとも
「はわわ! おっぱいが! 柔らかいおっぱいを両腕に当たってる!」
「ゆずゆず本当に可愛いなぁ。こういう妹マジ欲しかったぁ」
「それな! きっと天使なんだろうな」
「私もお二人のようなお姉ちゃんが欲しかったです!」
「「この愛い奴め~!」」
一つは女の花園のような天国で。
「それで、さっきはどうして心寧と鈴蘭に挟まれている清水さんを羨ましそうに見てたかのなしゅうくん? ちゃぁんと説明しないと、本当に次の休みは私に調教されちゃうよ?」
「いやだからあれは誤解ですって! 決してやましい目で見ていたわけではないんですよ! ……ただ、どんないい匂いがするんだろうってちょっとだけ気になっただけで」
「じゃあ今週末、たっぷり私の匂いをその鼻孔に刻み込んであげる。他の女の匂いなんて興味失くすくらい、たぁっぷりとね?」
「お、お手柔らかにお願いできないでしょうか⁉」
「ふふ。だーめ」
「柚葉助けてー!」
もう一つは、今週末カレシを調教すると決めた、嫉妬深い女の愛に振り回される年下男子が悲鳴を上げるという地獄絵図で。
――今日も今日とて、私たちの日常はこうして穏やかに過ぎていく。
【あとがき】
不憫なしゅうも可愛いなぁ。
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