第105話 二回目。
その蜜は毒だ。
甘くて芳醇で、舌先で触れればたちまち快楽が全身を犯してくる。
そして、一度飲み込んだら最後。身体はその蜜を求めることを止められず、歯止めが効かず甘露に全身を侵食される。
そんな小悪魔の指先から垂らされる甘い蜜は、最近更なる効能を手に入れた。
それはなんとも刺激的で、情熱的で、胃に流し込むとたちまち全身が沸騰するような錯覚に陥らせてくる。
まるで媚薬のような効能を蜜に加えた小悪魔は、遂に捕えた獲物に自分が生成したその特濃甘蜜をたっぷりと注ぎ込んでいた。捕えた恋人を、外側からも内側からも支配するために。
「んんぅ」
藍李さんの自宅に着いてすぐ、俺たちは舌を絡ませ合うキスをした。一応説明しておくと、それをしたのは俺の方からではなく、藍李さんの方からだ。
たぶん、部屋に着くまで我慢できなかったのだろう。玄関扉を閉めるや否や俺を壁際に追い込んで、そのまま無理矢理唇を奪ってきた。
「ぷはぁ! あ、藍李さんここまだ玄関です!」
「ごめん襲いたくなっちゃった」
「せめて部屋に着くまでがま――」
「やだ」
「んっ⁉」
息を整える暇もなく二度目の口づけ。柔らかな肉の感触が熱とともに伝って、そのまま吐息が一つに交わる。
「ふへっ。嫌がってるわりに……舌は絡めてくれるんだ」
「んぅ……っ」
べつに嫌ってわけじゃない。ただちょっと動揺してるだけ。だから拒絶ではなく、巻き付いてくる舌を受け入れるように絡ませる。
従順になってしまった身体が、否応なくカノジョの欲望を受け入れてしまうのだ。
「ぷはぁ。あはは。しゅうくん。顔真っ赤ぁ」
「ぷはっ……そ、そりゃいきなりこんなキスされたら顔赤くなりますよ」
「だね。私も、今ので身体がもっと火照ってきちゃった」
もっと、ということはキスをする前から火照っていたということか。一体いつからこの人は興奮状態だったんだこの人。
「我慢できなくなるほど俺を求めてくれるのは嬉しいですけど、でもいくらなんでも痴女気が強いです」
「こんな私は嫌い?」
「うっ」
その表情はずるい!
上目遣いで瞳を潤ませて、雨に濡れた子犬のような眼差しを向けられてしまえば誰が否定できようものか。
「き、嫌いじゃないけど、でも欲情し過ぎでは?」
「だってしゅうくんともっとイチャイチャしたいんだもん」
「んっ! ……可愛すぎて心臓飛び出るかと思いましたよ」
「へへ。今日は少ししゅうくんに甘えたい気分かも」
ちくしょぉ。きゅんときちまったぁ。藍李さんのあねだりは毎回破壊力が抜群だから本当に心臓が悪い。
とりあえず彼女の肩を掴んで一旦距離を保つ。それから、俺は今すぐにでも襲い掛かってきそうなカノジョに冷静になるよう諭した。
「一旦深呼吸しましょう、藍李さん」
「すぅーはぁ……よし、呼吸も整ったしもう一回しようか」
「その為に深呼吸させたんじゃなくて! 落ち着いてくれってお願いしてるんです!」
「? 私は冷静だよ?」
「冷静なのに恋人襲いに掛かって来るとかもう完全に痴女じゃないですか」
「否定はしないかな」
「そこは否定しましょうよ」
デジャブを感じるやり取りに辟易しながら、
「はぁ。この前初めてしたばかりじゃないですか」
「もうしたくなちゃった。てへっ」
「てへっ、じゃないですよ。やっぱ痴女だこの人。その、嫌とかは……なさそうですねその顔は」
「ふふふ。ご明察」
どうやら藍李さんは早く二回目のエッチをしたくて辛抱堪らないらしい。俺もしたいという思惑は正直あった。けれど、まさか藍李さんの方がその気持ちが強いとは想像していなかった。
――そういうことならいいのかもしれない。そんな、ほんの一瞬、意思が揺れた瞬間。
「隙あり」
「――っ!」
それまで均衡を保つために肩を掴んでいた手を藍李さんは無理矢理振り払って、そして一気に距離を詰めて三度目のキスを、何度味わっても飽きない柔らかな唇を押し付けてきた。
咄嗟のことに瞠目する俺。そのカレシの全てを犯すように藍李さんは身体を密着させて、抵抗は許さないとでも言うように両手首をガッチリ掴んで濃密な口づけを強行する。
「もう誰も私たちの邪魔しない。お互いの家族だって婚約者だって認めてくれた。これで私はようやくキミを自分の好きなようにできる。なら、躊躇う理由も臆する理由もない。――好きなだけ、しゅうくんとこうしてイチャイチャできる」
「んんぅ」
「はふっ。私はしゅうくんを篭絡させてるって決めてるの」
その覚悟が唇と絡み合う舌先から伝わって来る。恋人を堕とす、本気で懐柔して虜にしようと、一切の枷がなくなった彼女はもう止まらない。
暴走――否、これは暴走は暴走でも、理性も持った暴走だ。
自らが生成した特濃甘蜜を、たっぷりと伴侶にしたい相手に無理矢理注ぎ込む。
「ふふ。しゅうくんの下半身。制服越しからでも分かるくらいおっきくなってる」
「……そんなとこ、触らないでっ」
「いーや。今から私にご褒美をくれる大切なしゅうくんの一人息子だから」
「……っ」
ふへへ、と重なる唇からこぼれた熱い吐息が頬を擦れる。その度にぞくりと背筋に怖気が走り、下半身が反応してしまう。
「テスト頑張ったご褒美、一緒に堪能しようよ」
「……はぁ、はぁ。それ、俺だけのご褒美になりませんか?」
「全然。しゅうくんと愛し合うの、私にとってもご褒美だから」
「……言っとくけど、今日はゴムありですからね」
「うん。今日はそれありでしようよ。色々と試していかないといけないからね」
「これから藍李さんの家に行く時は用心しないとな」
「何言ってるの。しゅうくんは私から逃げられないよ」
「ひえっ」
くすくすと艶美に微笑む小悪魔は、艶やかな声音でそう言いながら首筋に熱い吐息を当てた。それにぶるりと背筋に震えが走って、ごくりと大きな音を立てて生唾を飲み込む。
「そういえば、しばらくキスマークの方はご無沙汰だったね」
「ごくりっ」
「あはっ。なにその表情。期待してるんだ?」
「……ノーコメントで」
「べつにいいよ。しゅうくんの顔見ればみれば分かるもん」
「俺、どんな顔してますか?」
「すごく刻み込んで欲しそうな顔してる」
「そんな顔絶対にしてな――」
「かぷり」
必死に否定しようとするもしかし、その声は首筋に噛みついてきた小悪魔によって遮られる。
久しぶりに首筋に感じる、柔らかな唇と滑らかな舌触りの感触。
全身を雷に打たれたような衝撃に溜まらず喘ぎ声が洩れると、それを聞いた彼女は心底嬉しそうに微笑んで、
「しゅうくんのえっちな声。たまらない。身体がぞくぞくする」
「……へん、たいっ」
「カノジョにキスマークつけられて喜ぶしゅうくんもかなり変態さんだよ」
つまりお互い様で、俺たちは似た者同士ってことか。
……いや、どちらかと言えば、俺の方が藍李さんより少しだけ狂ってる気がする。
藍李さんの言う通り、彼女にキスマークを付けられて喜んでしまっているのだから。
この付けてもらった
「――ベッド、行こっか」
「はぁ、はぁ……このお礼、絶対にベッドでさせてもらいますからね」
「うふふ。それはとても楽しみ」
このままやられぱなしではいられない。荒い息遣いを繰り返しながら涙目で睨む俺に、藍李さんは紺碧の瞳に期待と興奮を隠すことなく魅せてきた。
そんなカノジョのご期待に応えるべく、俺はやる準備万端だと伝えてくる手を握り締めしながらベッドに向かい、そこで勢いよく押し倒してやった。
「きゃっ。……ふふ。大胆なしゅうくんも素敵だね」
「――っ! ……散々煽ってくるってことは、めちゃくちゃにして欲しいという解釈でいいんですよね?」
「それはしゅうくんのご想像にお任せします」
「じゃあ俺の好きなように藍李さんを堪能させてもらいます」
「好きなだけどーぞ。くすっ。やる気満々なしゅうくんも魅力的だよ」
「~~~~っ! ……俺を煽ったこと、絶対後悔させてやる」
「へぇ、それは楽しみだね。私で童貞を卒業したばかりのしゅうくんの手腕。このカラダで教えて欲しいな」
「上等です。藍李さんのカラダにたっぷり刻み込んであげます」
「いいね。その意気だよしゅうくん――キミのせいで昂ぶり続ける熱を、キミで沈めて」
あぁ、これダメなやつだ。溺れる。快楽という、果てのない奈落に。
頭はこれ以上先を望む事に警鐘を鳴らしてくれているのに、けれど止められない。それは仕方がないことだ。
だって、最愛の人が一緒に快楽に溺れることを望んでいるのだから。
しかもそれを、俺も望んでしまっているのだから。
ごめん。理性。
止められない。
止まらない。
もっと。
もっと彼女と愛し合いたい。
「――それじゃあ、お互いにご褒美あげましょうか。たくさん」
「うん。今日は何回できるか楽しみだね」
「……泊りは勘弁で」
「くすっ。それはしゅうくん次第だよ――んっ」
胸に込み上がり続ける熱と欲望。それを相手で発散させるかのように、俺と藍李さんは初めてからわずか二日後に、再び恋人の営みを始めたのだった。
【あとがき】
ひとあまブクマ3000人超えました。これが多いのか少ないのか分からないけど、とりあえず今後も頑張ります!
改稿前はここら辺がアウトだったので、ここを乗り越えればようやく夏休み編に一歩近づける!
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