第104話 ……わん
放課後。そのまま藍李さんの自宅へ赴くことになった俺は、彼女と恋人繋ぎで帰路に就いていた。
「それにしても本当に凄いね。中間から一気に順位上げて、学年7位になるなんて」
「手応えは感じてましたが想像以上でした! ……まぁ、慢心するつもりはないですけどね。せっかくなら頂点の景色を拝んでみたいです!」
「あはは。しゅうくんならいつか本当に主席獲っちゃいそうだね」
話題は期末テストの順位。浮かれながらもより上を目指す志を伝えると、藍李さんは柔和な笑みを浮かべながら応援してくれた。
「でも、無茶は禁物だよ。しゅうくん頑張りすぎると周りが見えなくなる癖があるから」
「うっ。それは重々承知しております」
「ちゃんと自覚してるならそれでよし。それに、今は私がずっとしゅうくんの傍に居てあげられるから、何かあった時はすぐに止められる。私の言う事はちゃんと聞けるいい子だもんね?」
「はいっ」
「よろしい」
強く頷けば、藍李さんは従順なカレシにくすくすと笑いながら、
「だから、しゅうくんはそのまま、成りたい自分に向かって走り続けていいよ」
「見守っててくれる?」
「うん。一生私がしゅうくんを見守っててあげる」
お世話してあげるって約束したでしょ、と見つめる紺碧の双眸が慈愛を灯しながら揺れた。俺はそんな彼女の想いに応えるように、静かに絡み合う指をきゅっと硬く握りしめた。
この人が傍に居てくれるなら、見守ってくれるなら安心して前を見て進める。不思議とそう思えて。
「……まぁ、あまり私の下から離れると部屋に閉じ込めて監禁したくなっちゃうから、ほどほどにしてね」
「監禁は流石に御免だなぁ」
お互いを想い合ういい雰囲気だったはずなのに、やっぱり独占欲を抑えきれなかった藍李さんの一言でその空気は瞬く間に霧散してしまった。
やれやれと肩を落とす俺に、藍李さんはむっとした表情でこう言った。
「あら。我ながらに魅力的な提案だと思うけど? こんなに美人で可愛くて家事全般ができる完璧な女、世の中探してもそうそういないわよ?」
「藍李さんが誰にも代えがたい至高の存在だってことは理解してます。でもやっぱり、男としての意地といいますか、
「ふふ。それじゃあ私のペットとして飼われるのはどう? 一生死ぬまで愛してあげる」
「で、できればペットとしてではなく、恋人として大切にしてもらいたいです」
「でもしゅうくん。時々私に飼われたそうな顔するよね?」
「どんな顔ですかそれ⁉」
「大型犬が仕事から帰って来たご主人様を見つめけて喜んでるみたいな顔」
「そんな顔したことな……」
……いや、何回かそんな顔になったことがある気がするな。
藍李さんの言葉に反論しようとしたが思い当たる節があって、反論する途中で声が途切れた。
それが露骨過ぎて、藍李さんは黙った俺を見て嬉しそうに口許を緩めた。
「ほら、自分でも思い当たる節があったでしょ?」
「……ないとは言い切れないですけど、でも、それを認めるといよいよ藍李さんのペットだと自分で認めているような気がして、嬉しい反面、カレシとしての威厳は完全に死んだみたいで複雑で」
「カノジョのペットになったことを嬉しいと思う時点でもう手遅れだと思うけど?」
「ちょ、ちょっとだけですって!」
まぁ、そのちょっとも大分手遅れな気がするけど。
このまま藍李さんに甘えていると本当に忠犬・雅日柊真が誕生してしまいそうで、そうなるとようやく半人前になれたのにまた無気力かつ自堕落な自分に戻ってしまいそうで悪寒が背中に走った。
たしかに藍李さんのペットになるのも悪くはない。しかし、例えカノジョのペットになっても、俺はカノジョを支えたいのだ。これだけは譲れない。
「……藍李さんに甘えてばかりいるとマジで自堕落極めそう。苦肉の策だけど、夏休み一旦藍李さんと距離置いた方がいいのか?」
そんなこと最初からできもしないのは分かっているし、藍李さんも俺が離れられないことなんて分かり切っているはずだ。
それでも、わずかでも俺がそんな思案したのが不服だったのか、藍李さんは拗ねた子どものようにつまらなそうに鼻息を漏らした。
「ふーん。私はべつにそれでもいいけど? でも、果たしてしゅうくんはこんな可愛いカノジョと離れることに何日耐えられるかしらね」
「たぶん一日も持ちません!」
「ふふ。よくできました。ご褒美に頭撫でてあげる」
「くぅん……は⁉ また藍李さんの手のひらで踊らされてしまった⁉」
「くすっ。しゅうくんが私に叶うわけないでしょ」
「ちくしょぉ。一生藍李さんから離れられねぇ」
どうやら藍李さんのペットになる
「……家に着いたら、もっと甘えていい?」
「くすっ。しゅうくんのお願いなら、私は全部受け入れるよ」
「じゃあめっちゃ藍李さんに甘えよ」
「あはは。素直になったしゅうくんの可愛さと破壊力すごいな。自分を抑えられなくなっちゃう」
男としては情けないばかりの懇願。けれど俺の恋人はちょっと変わっていて、そんな情けない部分にむしろ興奮していた。
口唇から熱い吐息をこぼす藍李さんは、恋人が向ける強請るような視線にぞくりと身震いして。
「――今日もたっぷり愛してあげるね」
「……わん」
そう、指先から甘い蜜を垂らすのだった。
【あとがき】
ちくしょぉ! 改稿に2~3時間掛かっちまうよぉ!
ほぼ書き直しじゃねか!
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