第102・5話  手懐け完了

 中学三年生の頃から憧れていた女性とお付き合いすることになり、そこから互いの信頼や愛情を深めて、そして昨夜。俺は遂に彼女と真の意味で結ばれることができた。 


 幸福を感じさせた肌と肌の触れ合い。お互いを貪り合うような激しい行為後、俺は死んだように眠りに就いてしまったわけなのだが。


「……いたぁ」

「おはよう。しゅうくん」


 翌朝。彼女のベッドで深い眠りに就いていた俺は、妙な違和感とともに目を醒ました。


 重い瞼をこじ開けて部屋を見ると、昨夜まではずっと隣にいてくれた藍李さんがいないことに気付いた俺は、倦怠感の残る身体を無理矢理起こしてリビングに向かうと、先に目を醒まし、着替えまで済ませて今はキッチンでポッドを沸かしている藍李さんを見つけた。


 まだ意識は完全に覚醒しておらず寝ぼけた状態のまま、しかし身体は本能的に最愛の人の下へと歩み寄っていた。


「おはようございます。藍李しゃん」

「あはは。まだ寝ぼけてる。でも、そんな状態でも私を求めてくれるようになったのはいよいよ完全に私に落ちた証拠かな」

「ふへぇ。藍李さんいい匂いぃ」

「しゅうくん犬みたい」

 

 鼻孔をくすぐる藍李さんの甘い香りとコーヒーの香り。一方は心に安寧をくれて、もう一方は朝の気配を意識の覚醒を促してくれた。


 そんな好香に誘われるがまま、俺は最愛の人の温もりを求めるように距離を詰めて、ぎゅっと抱きついた。ご主人様大好きな大型犬にじゃれつかれた藍李さんはというと、完全に自分に篭絡したペットを見て嬉しそうに微笑みをたたえた。


「……身体、平気ですか?」

「うん。平気だよ」 


 心配してくれてありがとう、と藍李さんは俺の頭を撫でながら口許を緩める。


 お互いに昨夜が初めての〝アレ〟だったわけだが、なんだかんだ盛り上がって二回戦まで突入してしまった。


 俺の方は身体にそこまで負荷は掛からないが、女性である藍李さんは違う。藍李さんは処女。つまり破瓜はかの痛みというものを経験したわけだ。


 そんな中で二回。その二回目は彼女の方から求めたとはいえ、無理をさせてしまったかと懸念はあった。が、どうやらそれは杞憂だったようだ。


 俺はほっと胸を撫でおろしながら、


「改めて。童貞貰ってくれてありがとうございます」

「――ふふ。こちらこそ。しゅうくんの初めてを奪わせてくれてありがとうございます」


 にこっ、と笑った藍李さんはそう言って俺の頭を撫でた。


 優しい手つきに俺は思わず「くぅん」と犬のような鳴き声をらしてしまう。


「これからエッチの方も少しずつ上手くなっていくから、だから期待しててください」

「あはは。その意気込みは嬉しいけど、でもちょっと違うかな」

「――?」


 藍李さんをもっと満足させてあげたい。そんな想いを吐露すれば、しかし彼女は俺の言葉を柔和な笑みを浮かべて否定した。


 はて、と小首を傾げる俺を、藍李さんは紺碧の瞳を愛しげに揺らしながら告げた。


「それも一緒に、だよ」

「――――」

「お互いに昨日が初めてなんだから経験不足は当たり前でしょ。それを、これから二人で積み重ねていこうよ。二人でたくさん愛情を交わし合って、満たし合っていこ?」

「――ふはっ。そうですね」


 見つめる女性の言葉が正論すぎて、俺は思わず吹き出してしまった。

 

「俺の経験人数は生涯藍李さんただ一人だけですもんね?」

「そうそう。しゅうくんはこの先も誰にも渡さないんだから。逆もまた然りだけどね」

「はい。藍李さんを愛するのは生涯俺一人がいいです。ううん。他の男なんて目移りしないくらい、もっとアナタを虜にさせてみせます」

「あははっ。これ以上しゅうくんのこと好きになったらそれこそ本当にこの家に監禁したくなっちゃうよ」

「笑顔でそんな物騒なこと言わないでくれますか。冗談なのは分かってますけど、でも軽く引いてます」

「あらやだ。冗談だと捉えられちゃった」

「本気なんですか⁉」


 途端に目からハイライトが消えたヤンデレ属性持ちのカノジョから慌てて距離を取ろうと遅かった。細いウエストを抱きしめていた腕を両手でガッチリ掴まれて、逃げようにも逃げられなくなってしまった。


 怪しげに光る双眸に、俺はごくりと生唾を飲み込んで――


「「――ぷ」」


 ごくりと生唾を飲み込む寸前、この険悪な空気に我慢しきれずそんな素っ頓狂な吐息を漏らしてしまった。それは俺だけじゃなく、藍李さんもほぼ同時に同じ反応をみせて。

 

 やがて堪え切れなくなって、俺たちは思いっ切り笑い出した。


「「あはは!」」


 キッチンに俺たちの笑い声が木霊する。今の自分たちに、険悪な空気はおろか、神妙な空気を創り出すことすら叶わなかった。


 当然だ。

 

 だって、俺たちは今、幸せしか感じていないのだから。


 相手を想い、想われる。好きって気持ちを際限なく伝えられる相手と険悪になる方が無理な話だ。


 俺にとって、藍李さんといることこそ、かけがえのない大切な時間なんだ。

 

 そしてそれは、きっと藍李さんも同じなはずで。


「藍李さん。今日はこうして、一日中藍李さんに甘えたいです」

「私は最初からそのつもりだよ。今日は二人でのんびりして、いっぱいイチャイチャしようよ」

「はい。俺、今日は藍李さんから離れませんから」

「ふふ。たくさん甘えてきてください」

 

 ぎゅっと抱きしめる。世界で一番大好きな人を。世界で一番、心の底から愛してる人を。


 その想いに呼応するように、


「ね、しゅうくん」

「なんですか?」

「愛してる」

「――へへ。俺も、藍李さんのこと世界で一番愛してます」


 俺はいま、間違いなく世界で一番幸せな男だ。そう断言できる自信があるのは、心の底から愛してる女性が俺にだけ幸せを象った微笑みを魅せてくれているから。

 

 それが嬉しくて。好きだって気持ちが溢れて止まらなくなる。


 止まらないから、

 

「「――んっ」」


 昨日あれほどキスをして、それでも足りない俺たちは数秒見つめ合ったあと、恋人の想いに惹かれるように口づけを交わした。




【あとがき】

今話。最初は1000文字程度だったのに改稿終了後には倍近くなってた。


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