過去話finalchapter  ほんのちょっとの勇気

「……縁日やってる」

「本当だね」


 あれだけ高く晴天に座していた太陽も西へ傾き始め、茜色の空が街を染め上げていた。


 柚葉の足の負担も考慮してそろそろ駅に戻ろうかとそんな街を歩いている道中。一際に賑わっている場所に自然と目が惹かれた。


「少し見ていくか?」

「うん。せっかくだし見て行こっか」

「足、大丈夫?」

「へーき。心配してくれてありがと」

「……どういたしまして」


 今日は何度、彼女の笑みに心をかき乱されただろうか。


 気まずくなって顔を合わせられず、けれどやはり彼女の左足が気になって度々様子を窺うように視線を隣で歩く少女に戻してしまう。


 柚葉の顔を直視できないまま、俺は屋台が連なる祭り場に着いた。


「縁日の雰囲気ってなんかいいよね。テンションが自然に上がらない?」

「俺はそういうのわりとどうでもいいタイプだなー」

「言うと思った。だからしゅうは友達いないんだよ」

「いないって言うなっ。少ないと言えっ」

「ふふっ。そうだね。私はしゅうの数少ない友達だもんね」


 顔をしかめる俺を見て、柚葉がおかしそうにくすくすと笑う。


 浮かび上がる笑みにほっと安堵の吐息をこぼして、俺はゆっくりと、柚葉の歩幅に合せて立ち並ぶ屋台の道を歩く。


「……今日はありがとね」

「ぇ?」


 何か話題を切り出そうと必死に頭を回転させていると、不意に感謝の言葉が耳朶を震わせた。


 反射的に隣を振り向けば、柚葉が淡い微笑みを浮かべながら俺を見つめていることに気付いて。


「しゅうが私を買い物に誘ってくれた理由。ずっと分からなかったけど、でもさっきやっと気づいた」

「――――」

「しゅうなりに私のこと励まそうとしてくれたんだよね」


 柚葉はゆっくりと歩きながら穏やかな声音で言った。

 俺はそんな彼女の問いかけを肯定するように答えた。


「友達が落ち込んでるんだ。放っておくわけにはいかないだろ」

「優しいね、しゅうは」

「これが優しいかはよく分からない。でも……」

「でも?」


 一瞬。これを伝えるのに逡巡しゅんじゅんが生じた。


 照れ臭いとか、歯の浮いた台詞過ぎるとか、そんな我ながらに呆れる感情がこの先に続く言葉を羞恥心が止めた。それが下らないのは分かってる。頭では分かってても、やっぱり身体が抵抗してしまう。


 それでも。


 揺れる瑠璃るり色の双眸そうぼうが、その喉につっかえて出てこない感情を引っ張り出してくれて。


 この子にはちゃんと伝えないといけない。そんな自分でも理解不能な強制力が働いて、気付けば口唇が震えていた。


「柚葉が落ち込んでる顔を見たくなかったんだ」

「……どうして?」


 問いかけた柚葉に、俺も答えが分からず口をつぐんでしまった。


 柚葉の落ち込んでいる顔を見たくない。それだけが分かって、でもその理由が分からない。


 俺たちはほんの少し仲のいい友達なだけのはずで。それ以上の関係じゃない。


 それなのに。嫌だった。


 あの時悔しそうに泣いていた顔も、皆に強がって見せていた笑顔も、全部、全部が嫌だった。


 柚葉に暗い顔は似合ない。それが押し付けで、あくまで個人オレの感想でしかないのは理解している。


 ――あぁ。そっか。


 だからこそなんだ。


 俺は――


「俺は柚葉お前の笑ってる顔が好きだ」

「~~っ⁉」


 自分の中でその答えを出せた瞬間、それまでずっともやが掛かっていた思考が晴れたようにスッキリした。


「今日一緒に遊んで分かったけどさ、やっぱり柚葉に暗い顔は似合わない。お前は笑ったりテンパったり、一生懸命何かに打ち込んでる顔のほうが似合ってる」

「ちょ、ちょっとま――」

「だから俺は柚葉に元気になってもらいたかったんだと思う。柚葉は俺の大切な友達で――それに約束したから。俺はお前を応援するって」

「っ!」


 それは一年生の時。何度目かの大会の時に交わした約束だ。


 頑張って結果を出そうとする『清水』に憧憬しょうけいを抱いて、無力だとしても、ほんのわずかでも必死に前へ行かんとする小さな背中を押してあげたいと思った日。


 向かい風が彼女のことを襲うなら、俺は彼女の追い風になってあげたいと思った日。


「俺はひたすらに一生懸命な柚葉を尊敬してる」

「――――」


 それがそよ風であれ何であれ、背中を押してあげられることに変わりはないから。


 だから、俺は柚葉の隣にいるんだ。


 それは義務感でも使命感でもない。ただただ、柚葉の友達として、彼女を尊敬する一人の友達として、その背中を押してあげたい。

 


「――ほんと、そういうとこなんだよね」

「?」


 顔を俯かせて何やら独り言を呟く柚葉。


 はて、と小首を傾げながらそんな少女を見つめていると、予備動作なしに勢いよく上がった顔は何故か眉が吊り上がっていて。


 一瞬また何かやらかしてしまったかと身構える俺だったが、しかし、それはすぐに杞憂に終わった。


 こちらを見つめる膨れっ面は、ふっと笑ったあとに柔和な面持ちへと変わって。


「ありがと、しゅう。ずっと私を応援してくれて」

「お、おう」

「これからもちゃんと、私のこと見ててよね」


 あぁ。その顔だ。俺が好きなのは。


 ひたすらに真っ直ぐで、悔しい気持ちを乗り越えて前に進もうとするその顔が俺にこう思わせる。


「あぁ。俺はずっと柚葉の味方だ」


 ようやく吹っ切れた『親友』の笑顔を見て、俺も釣られて笑みを浮かべたのだった。



 ***



「ちょっと人多くなってきたな」

「――――」

「柚葉。だいじょう――」


 中学二年生の夏。


「……はぐれたら大変だし……それに、足疲れちゃったから」

「そ、そうか」

「だから、今日だけ。ううん。今だけ、手、繋いでいい?」


 これまでは偶然の出会いから繋がった友達とばかり思っていた少女との関係は、この日を境に変わった。


「柚葉が嫌じゃないなら、俺はいいけど……」

「そっか。なら、このままでいさせて」

「……お、おう」


 ただの友達から、かけがえのない大切な親友へと変わる。


「へへ。しゅうの手って意外と大きいんだね」

「そういうお前の手は意外とちっちゃいな」


 ぎゅっと強く小さな手を握り締めたのは、はぐれないようにするため。


 それ以上の理由はない。


 ないはずなのに。


 今夜だけ握った少女の手の温もりに、俺の心臓は未だかつてないほど高鳴って。


「――大好き」


 小さく零れた少女の本音は、祭りの音頭と賑わう人々の声に掻き消された――。

 



【あとがき】

本編再開までの過去話にお付き合いいただきありがとうございました。

次回から本編に戻りますが、また運営様から指摘されないかドキドキしてます。


Ps:柚葉は男女の友情は成立しないタイプで、柊真は柚葉の影響で成立しちゃったタイプ。でも彼女が大切であることに変わりないです。


  柚葉がカノジョルートはひとあまが書籍化しなかったら書きます。理由はアレがなしでもいいけど、でもアレがないとつまらないからです。甘いだけでいいならいくらでも書けるけどネ

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